ケントの気遣い
「はぁ……もう、限界……」
ケントたちの勧めもあって、一足先に休ませてもらうことになった私は、部屋に入ってドアを閉めるとすぐにベッド脇のソファに深く身体を沈めた。
みんなの手前、平気なフリをしていたけれど、ずっと馬に乗っていたものだから、足もガクガクで歩くのがやっとだったもの。上手く隠し通せていただろうか?
半鎧を外して、汚れを落としておかないといけない。制服も、脱いでハンガーにかけておかないと……。
でも、もうすべてが面倒くさい。動きたくない。もういっそこのまま仮眠して、先遣隊の到着を待とうかしら。そう考えて目を閉じた私の上に影が差す。
「ダメじゃないスか、隊長。ちゃんと鎧外さねぇと、疲れが取れないっスよ?」
目を開くと、ティーセットが載ったトレーを片手に掲げ持った、呆れ顔のケントが私を覗き込んでいた。
「どうして貴方がここにいるの」
「そりゃあ、オレが副官だからっスよ。ほら隊長、立って立って。それちゃっちゃと外すんで。そんで、お茶飲んでから寝て」
「後でちゃんとするから、心配しないで。それと、わざわざ私の部屋まで来て世話を焼いてくれなくても大丈夫だから」
「いいから! こんなんで身体悪くされても困るんスよ。欲情なんてしねーから、鎧だけ、外させてクダサイ」
「…………」
横のローテーブルにトレーを置いて、ケントが言う。いまいち信用できない笑顔だけど、まぁ、上司でしかも五つも歳上のオバサンに不埒な気持ちなんて持ってないでしょう。本人もそう言っているし。
「ほら隊長、早く」
「わかったわ」
促され、私は仕方がなく重い腰を上げて立ち上がる。ケントに背を向けると、彼は手際よくベルトを弛めていった。
首と胸、背中を守ってくれるこの半鎧は、もちろん一人でも着脱可能なように作られてはいるけれど、やってもらった方が遥かに早い。近くに誰かがいるなら、手伝ってもらうのが一般的だ。
「隊長、ホントにもう休んでくださいよ。さっきからボーッとして、心ここにあらずじゃないスか」
「……まさに今の私にピッタリの慣用句ね。意外と学もあるじゃないの」
「失礼すぎる!」
軽口の応酬に思わず微笑が漏れる。
ケントは手際よく私の身体から半鎧を取り去ると、テーブルに広げた柔らかい布の上にそれを置いた。
次に私の制服の上着を脱がせ、そちらはハンガーにかけて吊り下げる。私に温かいハーブティーの入ったカップを押し付けると、ケントは私の半鎧を布で磨き始めた。
「私がやるわよ」
「いいんス。すぐ済むんで」
乾いた布で鎧の内側と外側を拭きながら、ケントは私の方を見ずに話し始める。
「ウィロー班長に怒られちまいました、さっき」
「そう……」
ウィロー班長は五年前に私が隊を任された時からいる古株で、引退までの時間を使って新米騎士の育成に力を入れてくださっている。
お小言の原因は、急に班ごと引き抜いてここまで付き合わせてしまったからだろうか? 年上からの受けが良くウィロー班長と懇意にしているケントでも、あの無茶振りはさすがにヒヤヒヤしたもの。
「皆の前で隊長のこと、あんな風に扱き下ろすなんてサイテーだ、って。あれじゃ隊長がワルモノになっちまうって。オレ、失敗しちゃいました。……ホントに、すんません!」
ケントは私の方に向いたかと思うと深く頭を下げた。
「ちょ、ちょっとケント、どうしたの。頭を上げてちょうだい」
「オレ、隊長が行軍の進みが遅いことに気を揉んでたの知ってたのに……。隊長があの決断を下す前に、オレがちゃんとしてれば、あんなことにはならなかったハズなんっス!」
ケントは眉間にギュッと皺を寄せて、拳を震わせて頭を下げ続けていた。