別れ、そして…
二話続けて更新しております。
読み飛ばしにご注意ください。
ゾフィーとリザを加えて、私たちツェラー小隊一行は王都への道を引き返した。
今度は急ぐ必要のない旅だし、せっかくなので一番良い馬車を借りて、女三人はそちらに乗っていく。おしゃべりに花を咲かせつつの、なかなかに快適な旅になった。
その途中、第二王子婚約の話を知ることになる。お相手は隣国カエントゥスの末の姫だとか。急に決まったおめでたいニュースは国中を矢のように駆け抜けていった。そしてその陰に隠れるように王妃様が政務から引退されたというニュースが小さく載っていた。これで、宮中の勢力図は完全に塗り替えられたことになる。
「仕事が早いわね。まるで最初からその予定だったみたいに」
「そデスね~」
新聞を折りたたみながらそう言う私に、リザが朗らかに笑う。ただ、言葉を失ったゾフィーが血の気のない顔でじっと俯いているのが痛々しかった。
彼女にはやはり、こういう世界は向いてないのじゃないのかしらと思う。やがて彼女は迎えに来た男爵家の者に連れられて、養家に戻っていった。
王都に戻ると仕事が山積みだった。王都を守る三つの小隊のうち、ひとつは任務で全隊員宿舎を空にしていたし、もうひとつのザラストラス隊はぐちゃぐちゃ。残るグウェンダル隊はこの状況でよく働いてくれたと思うわ。
ザラストラス隊はどうにか新しい小隊長を選出して、人員も補充し新しい隊に生まれ変わった。私のツェラー小隊もグウェンダル隊の応援に入りながら、再編成を終えて無事にいつもの生活に戻っていった。
コンラートの裁判は至極簡潔に終わった。
「三年間の国外退去、か。正直、ほぼ無罪放免っスね」
「ああ」
判決が下される日、私はリザと一緒に傍聴席にいた。なぜかケントも来ていて、私たちは裁判を終えたコンラートに会いに行った。コンラートには一定期間、身辺を整理する猶予が与えられ、その場で解放された。隊長としての職は解かれたけれど、騎士としての身分は保証され、財産も接収されない。確かにケントの言う通り、ほぼ無罪放免だ。
「国外任務に就くのと変わんないっスねぇ。もう外遊先は決まったんスか」
「まだ何も考えてない」
「ダメじゃん!」
まるで友達のような気安さでケントがコンラートの背中を叩き、肩を殴り返されている。いったいいつの間にこんなに親しくなったんだか。呆れた目で見ていると、コンラートが視線に気づいて私の方に一歩踏み出してきた。
「オーディリア」
「いつ、発つの」
「誰にも知らせず、独りで出て行く。見送りは必要ない」
「そう」
そっけなく言葉を返すと、コンラートは微笑んだ。誰も何も言わない。遠い雑踏の音だけが辺りにあふれる。
優しい琥珀色の瞳をじっと見つめても、そこには何も書いてはいない。ただ、昔と変わらない熱だけがあった。
「私、待たないわ」
そう、私が先に答えを切り出すと、コンラートは笑みを深めた。彼以外のふたりが息を飲む音が聞こえる。
「わかっていたでしょう?」
「……ああ、そうだな。君についてきてほしいだとか、待っていてほしいだなんて、そんな身勝手なことは口が裂けても言えない。ゾフィーの命がかかっていたとはいえ、俺は許されないことをした。……すまない。許しを請う事すら、きっと君をわずらわせるだけだと……わかっていながら、しゃべるのを止められない」
「そうね。今日の貴方はとても、饒舌だわ。コンラート」
彼の微笑みに悲し気な影が差す。
……私たちの間には、あまりにも大きな隔たりが出来てしまった。距離を感じているのは、貴方だけじゃないわ。私の心の傷はまだ血を流している。それなのに、貴方を求めて疼くのよ。
愛しているわ、コンラート。
でも、同じくらい貴方のことを許せない。
この日までに何度も考えたけれど、それだけは無理なの。
私が、私であるために。
「オーディリア。……ひとつだけ頼みがある」
「何かしら」
「俺の持ち物は、財産もろとも処分してもらう手筈になっている。おそらく、そこそこまとまった金額になるはずだ。重荷になるのもわかっているが、それを君に受け取ってほしい」
「いらないわ」
「……そう言われるのも、わかっていた」
コンラートは今度こそ、ふはっと口を開けて笑った。諦めの混じった、でも少し晴れやかな苦笑い。後ろでケントたちが「もったいねー」と騒いでいる。まったく、うるさい外野ね。
「貴方からもらう物はないけれど、私から貴方にあげたい物はあるわ。これを……持っていてほしいの」
私はいつも身に着けているロケットペンダントを外して、コンラートに見せた。
「それは……君の大切な物だろう?」
「ええ」
「……いいのか?」
この金の小さなロケットには、私の名前が彫ってある。生まれてすぐに孤児院に預けられた私が、名前と一緒にもらったもの。私はツェラーの家に入ったからオーディリア・ツェラーという名になったわけじゃない。ツェラーという名であったから、養父に受け入れてもらえたのだ。
「オーディリア、これは、君の両親の手がかりだろう。いつか迎えに来てくれると信じて待っていたんだろう? ……だから俺は君の名を損ないたくなくて、結婚のことも言い出せなかった。君がその名であることが、騎士として名を上げることが、君の目的だと思ったから……」
「ええ、そうよ。でも、これは貴方に持っていてほしい。後悔したくないのよ」
私はコンラートに頭を少し下げてもらって、その首にロケットをかけた。彼の男らしい首に細い鎖は少し短くて、不格好になってしまったけれど。
「オーディリア!」
「コン……」
力強い腕に抱きしめられ、唇を塞がれた。
吐息まで飲み干すような情熱的なキスに身体が震える。
彼の体温、いつものフレグランス。たったのキスひとつで、今までのわだかまりが消えていくのを感じた。すべては夢で、何もなかったのだと錯覚しまいそう……。私の居場所はここなのだと私の全身が叫んでいた。
「ああ……!」
腰から抱き寄せられ、すべて身を預けてしまいそうになるのを、わずかに残された理性が引き留める。熱い涙が伝って頬を濡らした。
「愛している、オーディリア」
「ええ……私も、愛していたわ」
囁きと共に唇が離れていく。
コンラートの熱が遠ざかると、大きな喪失感が私を襲った。
「コンラート」
「……三年後、きっと君を迎えに来る」
コンラートはそう言うと、私に背を向けて歩き出した。「さよなら」は言わない……そうなのね。なら、私もそうしましょうか。
「またね、コンラート」
「あのっ、オーディリアさん!」
彼を見送っていると、いきなり手首を握られた。瞬間、身体に力が入るけれど、ケントだとわかっていたから殴らずに済んだ。
「うう……! あの、い、今言うのもアレなんですけど! オレ、その……!」
変に必死な顔をしたケントは、視線をウロウロとさまよわせて、口をパクパクさせている。その様子があまりにもおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「オーディリアさん、オレ……!」
「ケント。デートしましょうか」
「お……へぇっ!?」
「約束、したでしょう? 私になにか、言いたいことがあるのよね?」
「あっ……ハ、ハイッ! よろしくお願いします!」
ケントは顔を真っ赤にして直立不動になってしまった。
「よかったナ、ヘタレヤロー」
「っ、リザさんっ!」
「ふふっ、あはははっ!」
「オーディリアさんまで……、もう……許さないっスよ!」
顔をしかめていたケントも笑い出す。
見上げた空は快晴で、爽やかな青が広がっていた。まるで私の胸の内のよう。
一度はすべてを捨てようと思った。
誇りも命も、すべて。
だからこそ今の私は晴れやかで心も軽い。
もう、後悔はしないと決めたから。
未来は誰にもわからない。コンラートに再会したとき、彼をもう一度愛せるのか、許せるのかどうかも。
だから、歩いていこうと思うの。
自分の心に素直になって。
どんな道を選んでも私は私、オーディリア・ツェラーだわ!
お読みくださり、ありがとうございました!




