未来を見据えて
ゾフィーはオロオロと視線をさまよわせ口許にハンカチを当てて狼狽えていた。私は彼女の隣に腰掛け、涙に濡れた琥珀色の瞳を覗き込みながらゆっくり話しかけた。
「ゾフィー。私の告発でアルマ男爵家は屋台骨がぐらつくかもしれないけれど、きっとそこまで影響は出ないと思うの。そこで問題は、貴女がどうしたいか、ということなのよ」
「わたくしが、どう、したいか……?」
「ええ。貴女はこのままでいいの? 男爵夫人が失脚したらあの家にいる理由がなくなるわ。もちろん、貴女は正式な養女なのだから、男爵家には貴女を不足なく養う義務があるし、結婚資金や年金も要求できるのよ」
これは当たり前のことではあるけれど、ゾフィーは知らないかもしれなかったから説明した。お金のことを話題にするのは下品だという向きもあるけれど、私はそうは思わない。
私が義務教育を終えて戻った十二の夏、養父は私に、私が果たすべき義務と行使できる権利のすべてを教えてくれたもの。
ゾフィーはまだ若いし、アルマ男爵家に恩を感じているから、直接金銭を要求することに抵抗を感じるかもしれない。でもお金は大事だわ。彼女がこれからどこかへ嫁ぐにしても、家を出て独立するにしても。
あのとき貰っておけば良かったと後悔するより、今ハッキリとさせておいた方が絶対に良い。
「ゾフィー、貴女は殿下とどうなりたいの? ストーリア伯爵令嬢との結婚が成っても成らなくても、殿下は貴女を求めるかもしれないわ」
「そんな、まさか……」
「そういう可能性もあるという話よ。いい、ゾフィー。誰にも貴女を拘束なんて出来ないのよ。それはたとえ殿下であってもそう。貴女は家を出てもいいし、出なくてもいい。殿下と添い遂げてもいいし、断ってもいいのけれど、どうしたいのかだけは今のうちに決めておくべきだと思うわ」
まだ十五歳の彼女には酷なことかもしれないとは思う。でも、彼女の人生の責任は、他の誰にも肩代わり出来ない。ゾフィーは自分で自分の未来を決めるべきなのよ。
「わたくし……お断りしても、良いのでしょうか。そんなことをしたら、ご迷惑がかかるんじゃないかと思って……わたくし、わたくし……ずっと……!」
「ゾフィー。もちろんよ。大丈夫」
「ううっ……! お姉様! わたくし、殿下を愛してなんておりません。何度言われても、やっぱり受け入れることなんてできません! 急なことで婚約者候補に上がりましたけれど、なんの心の準備もできていなくて……!」
「つらかったわね、ゾフィー。もう大丈夫だから」
私は大粒の涙を流すゾフィーを抱きしめて、思い切り泣かせてやった。その向かいではアベル・シェルカが頭を抱えていたけれど、そんなの知ったことじゃないわ。
思い切り泣いて疲れたのか、ぼんやりしてきたゾフィーを抱き上げ寝室へ連れて行く。ドレス姿では息苦しいだろうから、簡易的なバスローブに着替えさせベッドに寝かしつける。
起きたときにビックリさせてしまうかもしれないけれど、そこは置き手紙にでも事情を書いておきましょう。
居間に戻るとアベル・シェルカが恨めしそうな表情で私を出迎えた。
「自分はこれからザラストラス殿の答えを持って王都へ戻る予定だったのですが、まさか、ゾフィー様のあのお言葉まで殿下にお伝えしなければならないとは……。お恨み申し上げます、ツェラー小隊長」
「それは申し訳なかったわね、シェルカ殿」
「心にもないことを……!」
クラウス殿下はさぞやショックを受けることでしょう。でも、愛の言葉も伝えずに、いきなり外堀から固めようとするからこうなるんだわ。
腐っても第二王子、いきなり王室から追い出されたりはしないでしょうが、権力は王太子殿下に集中し肩身は狭くなるはず。まぁ、まだお若いのだから、上手い身の振り方を考えていただきましょう。
ゾフィーへの手紙を書き終えた私は、アベル・シェルカと共に彼女の部屋を後にした。ホテルにはシェルカが手配した、貴人専用の信頼できるスタッフが控えているから、あとは彼らに任せることにする。
早馬で戻るという彼と別れ、私は宿泊していたホテルへと戻った。一度部屋に戻って身支度を整え、ツェラー小隊の仮本部へと向かう。
そこにはほぼすべての隊員が揃っていて、私を見て敬礼した。
「おかえりなさい、隊長!」
「隊長、待ってました!」
温かい……。
彼らの笑顔と優しい心に触れ、鼻の奥がツンと痛くなる。
ようやく、事件が終わったのだと実感した。
「貴方たち……。ありがとう。ただいま」




