反りの合わないふたり
私の号令で隊員たちが三々五々に散っていく。彼らは出発に向けて厩舎から馬を出したり、備品の最終チェックをしたりと、自分の仕事へ向かったのだ。
私はその中に目当ての若者を見つけ、声をかけた。
「カクタス、来て」
「は、はい、隊長」
彼、カクタス・グレイは私の隊の中では特に若い者のひとりだ。つい二年ほど前に成人を迎えたばかりの、二十の青年なのだけれど、その経験の浅さを補って余りあるほどの才能をすでに見せてくれている。
身に覚えもないのに急に呼ばれて緊張しているのだろう、彼の表情は固かった。
「カクタス、今から貴方を副隊長に昇進させます」
「えっ!?」
カクタスの大声に、近くの者たちも手を止めて私たちの会話に注目し始めた。私は彼らにも聞こえるように声を張りながら、カクタスに辞令を下した。
「カクタス・グレイ副隊長、貴方には非番の者を集めた別働隊を率いてもらいます。明朝、追加の装備を持って、本隊である私たちを追いかけてきて」
「それは、つまり……自分だけ置いていかれるってことですか。どうしてです? 副隊長ならケントさんがいるじゃないですか。ケントさんが別働隊を率いるべきです!」
「オレに振るなよ!」
「でも!」
横からケントが嘴を突っ込んできて、ふたりが睨み合った。このまま私の前で言い合いを始められて時間を無駄にするわけにはいかない。私は慌てず割って入った。
「通常であればそうするべきだけれど、今は非常時なの。ザラストラスが相手だというのに、ケントを残して戦力を分散させるわけにはいかないわ」
「ほらな! 隊長のことは任せとけよ、カクタス。このひとはオレが守るんで〜。ね、隊長?」
「なっ! 隊長、本当に自分じゃダメですか? 自分だって隊長のお役に立てます! 連れて行くなら自分を……!」
「やめなさい、ふたりとも。ケント、貴方の態度は懲罰ものだわ、帰ったら覚えていなさい」
「うへぇ」
「カクタス、貴方は私の決定に異を唱えるの?」
「あ、いえ、その」
腰に手を当てて見下ろすように睨みつけると、ふたりはとたんにおとなしくなった。
まったく……。
私は改めてカクタスに向き直って、口を曲げてしょげている若者の肩に手を置いた。
「それにね、カクタス。私は貴方なら上手くやれると信じているから、貴方に別動隊を任せるのよ。非番の者たちはほとんどが貴方と同期か下の子でしょう、貴方は彼らのことを良く知っている。その性格も、実力も。だから、無理をさせずに私たちのところへ連れてきてくれる。私はそう信じているわ」
「隊長……。頑張ります、決して隊長を失望させたりしません!」
「その意気よ。よろしくね、新しい副隊長さん」
「はい!」
カクタスは瞬く間に笑顔を取り戻し、宿舎へ走っていった。
若いって、いいわね。
「隊長~。オレぇ、あんな風に言われたことないんスけど……」
どこか眩しい気持ちでその背中を見送っていると、ケントが恨みがましい声でそう言った。振り向くと、あからさまにすねた顔にぶつかりそうになる。
「……あのね。嫉妬しているの?」
「してますねぇ! だって、あんなに若いのにオレと同じ副隊長に昇進ですしぃ? 隊長に信頼されちゃって、笑顔で肩叩いてもらって~~」
唇をとがらせたケントの様子に、自然と笑みが浮かんだ。彼もまたカクタスと同じくらいの若者なのだ。
「貴方の実力はもちろん認めているわ。新しく副隊長に任命したときにそう言ったでしょう?」
「そりゃ、まあ」
「今回も頼りにしているわよ、ケント」
「ハイッ、おっまかせください!」
調子よく敬礼して満面の笑みを見せると、ケントもまた走っていった。
「…………私も早く、行かなくちゃね。コンラート、貴方のところへ」
胸にたまった重たい空気を吐き出す。
今はもう、泣くときじゃない。