罪と罰
ゆっくりと語られるゾフィーの話を、頷きながら聞いていた。コンラートが言っていた黒幕はやはり、ストーリア伯爵家だった。
王宮内部の警備人事にさえ口出しできるほどの権力者であり、何よりゾフィーを排除したいと思っている層の筆頭だもの。問題はこの件に伯爵自身がどこまで絡んでいるかだろう。
それと、コンラートに下された処分についても気になる。すべてが明らかにされたのならば、死罪にならないのはもちろんだけれど、彼はどんな罰を受けるのだろうか。
「ゾフィー、気になったのだけれど、コンラートは結局どうなるのかしら。軽い処分で済むとは思うのだけれど、グランのことがあるから……」
王宮での茶会事件とバキシム・グラン殺害については別件として裁かれることになる。いくら茶会事件での処罰が軽くとも、殺人に対する罰の重さに関してはまったく読めないのだ。
私自身がバキシムを殺していたのなら、身を守るためということで、無罪もしくは遺族への賠償金くらいで済んだと思う。けれど、コンラートは違う。情状酌量で減刑されたとしても、実刑は免れないだろう。
「それが……それが、兄は……」
ゾフィーは涙ぐみ、言葉を詰まらせた。
「どうしたの、ゾフィー。バキシム・グラン殺害についてはまだ、裁判さえ行われていないのよ。良い弁護人がつけば、きっと軽い刑で済むわ」
そう慰めたのだけれど、ゾフィーはさらに泣き出してしまった。困惑する私に、クラウス殿下の側近がそっと近寄ってくる。
「ザラストラス殿ですが、殿下のおとりなしによって、国外追放の刑で済まされることになりましょう」
「国外、追放……!」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けて、私は彼の言葉を繰り返すことしかできなかった。
「なぜ……! そんなのおかしいわ!」
私はてっきり、謹慎処分や社会奉仕活動、ないしは一定期間の俸給返上くらいで済まされると思っていたのに。それじゃあまるで、本物の犯罪者じゃないの!
もしかして、やっぱり、バキシムを殺してしまったから……。
「私の、せいなの……?」
「そんなこと! いいえ、違いますわ、オーディリアお姉様!」
「でも……」
思わず目の前が暗くなり、私は掌で顔を覆った。そこに嫌味なくらい冷静な、アベル・シェルカの声が降ってくる。
「どうか、自分から説明をさせていただきたい。この場においては、殿下から話を預かってきた自分が一番状況をよくわかっていましょう」
「いいわ。聞きましょう」
「…………」
「お姉様……」
……思いの外、冷たい声が出てしまった。アベルの笑みは消え、ゾフィーは青ざめて声を震わせている。
でも、仕方がないじゃない?
コンラートを追えと指令を受けてから、こんなにも腸が煮えくり返るような思いは、もう何度目かしら……。納得の行く答えが得られないなら、私は冷静ではいられないかもしれないわ。
「んん……では、結論から申し上げましよう」
私の殺気を受けて固まっていたアベル・シェルカが、咳払いをしながら口を開く。そして彼は私の向かいの席に腰掛け、私の瞳をじっと見つめてきた。
「いいですか、今回の件はすべて、勘違いということで決着させることになったのです。誰も傷つかず何も壊れず、すべてを元のままにと。ザラストラス殿も、それでいいと仰ってくださいました」
「勘違い? それはどういうことかしら」
私はゆっくり首を傾げて微笑んだ。殿下の側近も笑みを崩さず頷いて、熱心な口調で私を口説き落とそうとする。
「あの茶会での出来事は、サプライズの演出だった、ということです。つまり、お芝居だった。ザラストラス殿はそれに気づかず、妹であるゾフィー様を守るために、その場から連れ去ってしまったのです。
何という悲劇、何というすれ違いでしょう! しかし、見事誤解は解け、事件は一件落着。ただし、宮廷を騒がせた責任は誰かが取らねばならない……」
芝居がかった口振りで、アベル・シェルカはそう言うと、ぐっと身を乗り出して私を見た。
「肝心なのは、ゾフィー様の今後です。ストーリア伯爵家に睨まれては、社交界にはいられません。そうなるとアルマ男爵家にも迷惑がかかってしまいます。
殿下はストーリア伯爵令嬢と結婚し、ゾフィー様を諦める代わりに、ゾフィー様の嫁ぎ先やアルマ男爵家の安堵を約束されたのですよ。そして、それこそザラストラス殿の望みでもありました」
慇懃男の言葉に、ゾフィーが俯きハンカチを目許に当てている。なるほど……そういうことね。
私はニコリと微笑んだ。
「わかっていただけましたか」
「ええ。わかったわ。貴方たちがゾフィーを人質にして、コンラート・ザラストラスにすべての罪を着せようとしているってことがね」
「なっ」
「ふふっ、おかしいわね。当事者が誰も責任を取らないなんて、こんな解決、聞いたことがないわ」
私の言葉にゾフィーは息を呑み、アベルは苦々しげに口許を歪めて目を伏せた。




