すべての真相
二話続けて投稿しております。
読み飛ばしにご注意ください。
今回の事件について、わたくしの知っていることをすべて、お話しします。
その前に、どうしてこのような状況が起こってしまったのかを理解していただくために、わたくしのことを知っていただきたいのです。とても遠回りで退屈かもしれませんが、どうか、聞いてください。お願いします。
まず、わたくしと兄の生まれについてお話ししましょう。わたくしと兄は母親を同じくする兄妹になります。母は、元は貴族の出でしたが、実家からは勘当されて平民の間で暮らしていました。
身持ちを悪くして追い出された母のことですから、わたくしたちの父親が誰かはわかりません。兄とわたくしで父親が同じなのか、違うのかもわからないのです。
早くに家を出た兄はどうかわかりませんが、わたくしの方は小さい頃に母から教えられ、兄のことは存じておりました。そしていつも、遠くから聞こえてくる兄の輝かしい功績に心励まされていたのです。
転機が訪れたのは数年前のことになります。わたくしはお手伝いをしていた教会で、アルマ男爵夫人に引き合わされたのです。男爵夫人はその頃、新しいコンパニオンの女性を探していらっしゃいました。
今まで側でつとめられていた方は、高齢のためにお役目を果たすことが難しくなっていましたから、夫人はまだ若い、体の丈夫な女性を求めて教会にいらっしゃったのです。
わたくしは小さい頃から教会のお手伝いをしており、体力には自信がありました。読み書きや算術も教会で習いましたし、熱心に学んだおかげで成績も優秀でした。
それに何より、勘当されてしまったとはいえ母には貴族の血が流れております。きっとそれが後押しになったのでしょう、男爵夫人はわたくしを選んでくれました。それだけでなく、養女としてお迎えくださったのです。
わたくしはその時になって初めて、母に感謝しました。アルマ男爵家でさらなる勉強と訓練をこなし、遅れてではありますが社交界デビューも果たしました。わたくしは新しい生活が本当に楽しくて、アルマ男爵家のためなら何でもすると、そう決意して日々を過ごしておりました。
でもまさか、それがあんなことになろうとは、思いもよらなかったのです!
皆様もご存じの通り、アルマ男爵夫人は爵位こそ高いわけではございませんが、昔から王妃派の中核の一角であり、王室の方々との交流の深いお方です。お人柄も良く、お茶会などの集まりに夫人が呼ばれない日はございません。
夫人のお優しさと助けもありまして、わたくしは、まるで家族のように皆様の輪に迎えられました。そしてその中でわたくしも、ご参加の皆様が気持ちよく過ごされますよう心を配ってまいりました。
クラウス殿下とも同じ趣味を持つ者同士として、他の方々と変わらない程度のお付き合いがありました。ところがある日、クラウス殿下がいきなりお茶会の席で……その、わたくしのことを王子妃候補に推薦したいとおっしゃったのです。
そこにいらっしゃる皆様も、夫人も王妃様でさえも、いいえ、わたくしもまったく知らない、考えたこともないことだったのです!
だって、わたくしなんかがクラウス殿下の婚約者候補にだなんて!
王位継承の順位を考えると、結婚の相手には特に制約はあられませんでしょうが……。クラウス殿下のお役目は自国の有力貴族、ないし他国の王族との縁を結ぶことにございます。
通常であれば、王室を支える貴族の層を厚くするための結婚なら、どんなお相手でもそこまで批判の目に晒されはしないでしょう。
しかし、クラウス殿下には昔からストーリア伯爵令嬢という立派な婚約者候補がいらっしゃいます。どんなに候補の者がたくさんいても、国内で最有力なのは彼のご令嬢です。
彼女がクラウス殿下にぞっこんなのはもう国中が知っていることです。ストーリア伯爵家は彼女のためにできることなら何でもされてきましたから。
だというのに、王妃様も夫人も、クラウス殿下のお言葉をお諌めしようとはいたしませんでした。むしろ、『結果は変わらないのだから、好きにしたら良い』と、わたくしを婚約者候補の末席に加えられたのです。
これにストーリア伯爵令嬢がお怒りにならないはずもなく、わたくしに対して小さな嫌がらせが始まりました。とはいえ、王妃さまと男爵夫人の公認であり、他の方々も賛成されたことでございます。大きなことはできません。
でもあの日は……あのお茶会の席では何かが違いました。若い貴族の子女だけでの集まりで、わたくしは嫌な目に会うのがわかりきっておりましたから、行きたくなかったのです。でも、ストーリア伯爵令嬢に皆の前で直接招待状を差し出されましたもので、行かざるを得ませんでした。
わたくしが孤立するのを可哀想に思われてか、殿下がわたくしを自分のいるテーブルへと呼んでくださいました。でもまさか、それに甘えるわけにも参りません。当然、席は決まっておりましたし、突然の変更だなんてとんでもありません。ご辞退申し上げましたが、より一層皆様の目が冷たくなっただけでした。
あのときのことは、わたくしにも何が何だかわかりません。皆さまお席を立ってお花を見ていたのです。人が入り混じっておりまして、わたくしは誰かにぶつかりました。そしてその瞬間に悲鳴が上がって……気がつくとストーリア伯爵令嬢が地面に倒れておりました。
側にいるご令嬢たちが、口々に……わたくしが刃物を振り回し怪我をさせたのだと……!
わたくしはすぐさま否定しましたが、誰も聞き入れてはくれませんでした。嘘の目撃者まで現れ、殿下もわたくしを庇ってはくださいましたが、疑いがかかることは免れず。
警備していた近衛騎士たちがわたくしの腕を掴もうとしたそのとき、兄がやってきて……剣を抜き放ったのです。そしてわたくしを連れて逃げました。
馬が待たせてあって、それで一気に王都を抜け、少し先の街で姿を変えました。兄はわたくしにこう言いました。
ストーリア伯爵家の手の者が、自分たちにとって都合のいい騎士を選び出し、会場を護衛する任務を与えていた、と。あの会場にいた人間たちは殿下を除けば招待客もすべて同じ側の人間だったのです。
兄は話が回ってきたとき、すぐにわたくしのことに気が付いたと言いました。そして、わたくしを守るために、護衛の任務を引き受けたのだと。
ですからどうぞ、兄をお許しください。
すべてはクラウス殿下へとお伝えできました。わたくしの疑いは晴れたのです。
兄も……兄は、死罪にはなりません。それは殿下が確約してくださいました。皆様、慈悲深くわたくしたちの起こした騒動をお許しになってくださったのです。
わたくしはもう、それだけで何もかも報われた思いでございます……。




