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ゾフィー

 ホテルに着いてカウンターへ足を向けると、その途中で私を呼び止める声があった。


「ツェラー小隊長」

「あら、貴方は」

「クラウス殿下のお側に仕えております、アベルと申します。お待ち申し上げておりました」

「私に敬語は不要です、アベル・シェルカ殿」


 私がそう返すと、フルネームを知られていたことに驚いたのか、彼は細い目を見開いた。しかしすぐに柔和な笑みを浮かべてみせる。


「そういうわけにも参りません。自分は仕事でここにおりますから」


 彼のことは知っていた。武官と文官で所属が違うから直接の交流はなかったけれど、よく名前が上がる人物だ。まぁ、王子殿下の側にいるくらいですもの、優秀には違いないわね。


 長い黒髪を後ろで束ねた、私より少し年上の男は慇懃に礼をしながらそう言った。胡散臭いことこの上ない。


 彼に連れられアルマ男爵令嬢の部屋に行くと、そこには変装姿を解いてドレスを身に纏ったご令嬢が待っていた。短く切ってしまった髪は黒く染め直されているが、長さだけはどうにもならなかったらしくヘアアクセサリで誤魔化している。


「お待ち申し上げておりました、オーディリア・ツェラー小隊長様」


 私を見てすぐに立ち上がり、淑女の礼を取るゾフィー。その顔は本当に私を待ちわびていたように晴れやかな笑顔だった。


 私は戸惑いながらも跪いて騎士の礼を取った。とは言っても今の私には騎士の隊服もなく、シャツにスラックスという格式高いホテルに似合わないラフな格好だけれど。


「お迎えに上がるのが遅くなり、申し訳ございません、アルマ男爵令嬢。私がオーディリア・ツェラーです。まずはご挨拶が先と思いお伺い致しました、お見苦しい点をお許しくださいませ。また、どうぞ私に敬称をつけるのはおやめください、私はただの騎士ですので」

「まぁ、お顔をお上げになってくださいませ、オーディリア様。そのように仰ってくださるなら、わたくしにも敬語はやめてください。わたくしは元は平民で、生まれついての貴族ではございません。縁あって男爵の養女として迎えられただけなのです。その点では、オーディリア様も同じのはず……」


 私は驚きに顔を上げていた。なぜ、この子は私についてそんなに詳しく知っているのかしら。思わずまじまじと見つめると、彼女は頬を染めて言い訳した。


「すみません、つい。兄が貴女のことでそう言っていたので……。あ、でも、兄もこんなときでなければ他所様のこんな個人的なことをペラペラしゃべる男じゃないんですよ?」

「そういうことでしたか……」

「はい、ご不快にさせてしまったら申し訳ございません。でも、それを聞いてわたくし、ずいぶんと勇気づけられたのでございます。本当に、お会いしたかった……。できれば、こんな機会じゃなければもっとよろしかったのですが」


 そう言ってゾフィーは、泣きそうになりながら笑っている。そういえばこんなにも近くで彼女を見たことがなかった。本当は銀色の髪に琥珀色の瞳のアルマ男爵令嬢ゾフィー。彼女の顔の特徴は、男女の差異はあるもののコンラートによく似ていた。


「私も……そうしたかったです。アルマ男爵令嬢」

「どうか、わたくしのことは妹と思って、ゾフィーと……そう呼んでくださいませ、オーディリア様。このしゃべり方だけはもう、癖になって治りませんけれど、わたくしもなるだけ合わせますから!」

「それは……」

「一生のお願いです! わたくしのことを思うなら、どうか今だけは……。もう二度とお会いすることができないのかもしれないんですもの! わたくしに、貴女を姉と呼ばせてください、兄の愛した貴女を……!」


 彼女の大きな瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。こらえきれなくなったのか、ハンカチを当ててシクシク泣き出してしまった彼女を肩に抱き寄せて思う。


 ゾフィーの言うことは決して大げさじゃない。私たちに接点はなく、事実これまでも遠くに見かけることはあってもこんな至近距離まで近づいたこともなければ、話をしたことなどなかった。


 次に彼女を見かけるとしたらそれは王宮の中でのことで、それすら何年後、もしくは何十年後になるかもわからない。


 ……せっかく会えたのに、堅苦しい敬語で距離を取って、ゾフィー自身と向き合わないなんてもったいないわよね。それに、こんなにも望んでもらっているのだから。


 私はきっと、彼女の期待に応えた方がいい。


「ゾフィー、と呼んでいいのかしら?」

「お、オーディリア、様……!」


 顔を上げたゾフィーがしゃくり上げながらコクコクと頷く。私はこすれて赤くなってしまっている頬を撫でて、ゾフィーに微笑んだ。


「なら、ゾフィー。私のことは好きに呼んでちょうだい。座っておしゃべりしましょうよ。コンラートのことや、今回の事件のことを。シェルカ殿も、それでよろしいわね?」

「もちろんです。元より、自分には口を挟む権利はございません」


 慇懃な殿下の腹心の部下はそう言うと、部屋のティーテーブルの椅子を引いて私たちをエスコートした。


「ありがとうございます、オーディリアお姉様……!」


 私たちはお茶を飲みながら話をした。彼女がしゃべれるようになるまでは、私がコンラートとの思い出話を。そして彼女の口からは、今回の話の全貌を聞くことができた。

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