責任の重さ
コンラートは素直にゾフィーが泊っている宿の名を口にした。
「ゾフィーも了解済みだ、手荒な真似をしなければ、抵抗はしない」
「元より、彼女を傷つけないようお連れするのが私たちの任務よ、心配しなくていいわ」
「……ありがとう」
「けど、ここまで逃げといて、何で今さら出てきたんだよアンタ」
まだ不機嫌なままのケントがそう疑問を投げかける。それはそうだ。ここを出ればもう国境は目と鼻の先なのだから。アイヒェ王国を捨てて一般人として生きる覚悟を固めていたふたりが、なぜ今になって?
「もういいんだ。すべて終わった」
「それはつまり?」
「クラウス殿下の側近が来ている。ゾフィーと話し合って決めた、もう逃げないと」
「そう」
クラウス殿下ならゾフィーを傷つけさせたりしないでしょう、少なくとも王都までは。話を聞いたコンラートが殿下にお任せするというのなら、ひとまずは安心できる。
「それと、バキシム・グラン殺害についても今ここで認める。あの男を殺したのは俺だ」
私は静かに頷いた。
きっとそうだと思ってはいたけれど、彼が自白したことによって容疑は確実なものとなった。
「やっぱりな。けど、アンタの部下だったんだろ? なんでだ?」
「……あの男は、卑劣にも寝入っているオーディリアに狼藉を働こうとしていた。だから殺した。他に理由はない」
「……そうかよ」
「あの夜、俺はオーディリアが泊っているホテルと部屋を調べ、侵入した。幸いにも窓が開いていたのでな、壊す必要はなかった。お前たちの警備が生ぬるくて造作もなかったぞ」
「おい!」
「オーディリアにすべてを打ち明けたかったが……どうしようもなかった」
「コンラート」
あの手紙のことは黙っていろ、とそう言われたような気がした。それはコンラートなりの贖罪だったのかもしれない。けれど、私は……。
「あの窓を開けておいたのは私よ。コンラートからの手紙を受け取って、彼が来るのがわかっていたから」
「オーディリア!」
「オーディリアさん!?」
「オーディリア、どうして……。黙っていれば、君は咎められずに済んだ」
コンラートは私の両肩に手を置いて、私の顔をじっと覗き込んできた。だから私も、彼の琥珀色の瞳を見つめ返す。
「私の罪は私の罪、よ。わかっているでしょう?」
私が、こういう人間だってこと。
コンラートは悲しげに目許を歪め、それでも頷いて私から離れた。動揺しているときのいつもの癖で、髪を後ろに撫でつけているけれど、コンラート、貴方の髪は今、すごく短いわよ?
「笑ってる場合じゃないっスよ、オーディリアさん! やっぱ知ってて庇ってたんじゃないスか!」
「ごめんなさいね、ケント」
「そんな謝罪、聞きたかないっス。ってか、黙ってりゃ良かったのに……。でも、そんなとこも、オーディリアさんなんスよね……。わかりました、伝えときます」
「ありがとう、ケント」
呆れ顔のケントに微笑みを向けると、苦笑が返ってきた。私はコンラートに向き直ると、居住まいを正して騎士の顔を作った。
「それじゃあ、コンラート」
「ああ」
「コンラート・ザラストラス。アイヒェ王国の騎士オーディリア・ツェラーの名において、貴方を逮捕します」
「手数をかけてすまない。よろしく頼む」
「行きましょう」
私がコンラートの手を取ると、ケントがすかさずそれを外した。
「ケント?」
「オーディリアさんは男爵令嬢のところへ。コイツはオレが連れていきます」
さっきまで殴り合っていたのに、私がいなくて大丈夫かしら。また取っ組み合いにでもなったら……。
「ご令嬢をそのままにしとくわけにいかないっスよね。事情を聞くにしたって、一度顔を見て確かめないとなんないし。アポも取らなきゃかもしれないし」
「でも……」
「心配しないでくださいよ、オーディリアさん。ザラストラスは逃げるつもりないでしょうし、オレだって今さらぶん殴ったり、喧嘩なんてするつもりないっスから」
「…………」
それは……、当たり前のことなのだけれど……。
いえ、それよりも私に彼女を迎えに行く資格があるのかどうかも問題だわ。
それを伝えると、ケントは朗らかに笑って言った。
「じゃあ、フツーに会いに行きゃいいんじゃないスかね。ただの、兄貴の知り合いとして! そんで、騎士団の人間と話すよう言付けてくれたらそれでいいっスよ」
「そんな適当な……」
「いいじゃないスか。まだ本部に戻ってないオーディリアさんは、騎士としても動けるし、騎士じゃない個人としても動けるんス。だから、今しかないんっスよ? ……行きますよね?」
ウィンクしてニヤッと笑うケント。そのセリフは、私が一時的に騎士としての資格を剥奪されていることを遠回しに教えてくれていた。
そして、彼が私のことを見逃してくれている状態だということも。私はありがたく彼の厚意に甘えることにした。
「ケント。後で必ずお礼をするわ。だから待っていてね」
「期待してまっす!」
背を向けた私に、コンラートが呼びかける。
「オーディリア! 今となっては信じてもらえないかもしれないが、君を愛している……。昔も、今も、同じ熱量で」
「…………」
私は、振り向かなかった。




