真実の欠片
「オーディリアを放せ」
「なっ、ザラストラス!?」
ケントに組み伏せられている状態では、状況がわからない。けれど、その声は確かにコンラートのものだった。
争う気配がして、私は叫んだ。
「ケント! 私を放して、ザラストラスにちゃんと対応して! 生半可な覚悟で渡り合える相手じゃないわよ」
「くっそ……大人しくしててくださいよっ、二対一なんてゴメンっス!」
ケントはそう叫ぶけれど、私は最初から一切抵抗なんてしていない。
殴ったり殴られたりする音や苦しそうな呻き声は続いていて、何もできない自分がもどかしい。でも、私が動けばケントの誤解は解けないし……。
「ハッ、お前、オーディリアが俺と組んでいると思ってるのか。ツェラー小隊のくせに、自分の隊長が信じられないとは!」
「なんッ、……がっは!」
「ケント!」
ケントが殴り倒されて、不意に私は自由になる。
「大丈夫か、オーディリア」
「っ!」
コンラートが私の腕を掴んで引き起こす。私はその頬を平手で打っていた。パァンと軽快な音があたりに響き渡る。
「オーディリア……」
「私が疑われたのは、私の心が弱かったせい。ケントは忠誠心に厚い男よ、私の部下を侮辱しないでちょうだい。問題児ばかりの貴方の隊とは違うんだから」
「フッ……それはすまなかった」
私の言葉に冷笑するコンラート。でも、皮肉なんかじゃないわ、本当のことよ。そう言おうとしたとき、ケントのタックルで今度はコンラートが吹っ飛ばされた。
「ぐっ、貴様!」
「うるせぇ! 誰のせいで惚れた女に嫌疑を向けなきゃならなくなったと思ってんだよ! オーディリアさんとアンタがつきあってたのも気に食わなかったんだ……その上、他の女とデキて逃げたヤツが、でけぇ口叩くな!」
「……ゾフィーは妹だ」
「なっ」
コンラートの告白に、ケントも私も一瞬言葉を失った。倒れたカフェテーブルをどかしながらゆっくり身体を起こしたコンラートは、スッと立ち上がると服についた土埃を手で払い落とした。
「アルマ男爵令嬢ゾフィーは俺と母親を同じくする兄妹なんだ。……すまない、オーディリア。君に謝らなければならないことがいくつもある。俺は、妹を助けるためにすべてを捨てた。君のことも」
「いったい、何があったというの、コンラート。アルマ男爵令嬢が起こしたとされる事件は、おそらく冤罪なんじゃないかと思っていた……でも、それならばなぜ、私に話してくれなかったの」
クラウス殿下からの手紙を受け取ったとき、バキシム・グランが現れたとき、私は何度もこの可能性を考えた。
それでも、コンラートが彼女を庇って逃げたという事実が私の目を曇らせていた。なぜなら……彼女が悪者であってくれた方が、私の心の傷が浅くて済むから。
彼女がコンラートの恋人でなくて妹なら、彼女が本当に無実なら、せめて私にも言ってほしかった! そうしていたら、きっと……何かが変わったかもしれなかったでしょう!?
コンラートは頷いて静かな声で話し始めた。
「できれば誰かに相談したかった。だが、呼び出されて打診されたときから、俺の周りには見張りがついていたんだ。王宮で刃傷沙汰を起こしてゾフィーを犯人に仕立て上げるという計画……それを未然に防いだとして、では次はどうなると思う? あの一度で決めるしかないと思ったんだ。だが、上手く行かなかった」
「騒ぎは起きて、ゾフィーのせいにされてしまったのね」
「そうだ。だから俺は、ゾフィーを連れて逃げた。相手はあまりにも強大で、王宮の内部でさえ権力を振るえる。俺はゾフィーを救うことに成功しても失敗しても、どちらにせよ失脚していたはずだ。君のことは巻き込めなかった」
「そんな……」
コンラートの琥珀色の瞳が悲しげに光っている。私は胸が苦しくなった。今すぐにでも彼に駆け寄って抱き締めたい……!
でも、ケントの腕が邪魔をするように私の前に差し渡された。
「ちょっと待てよ。そっちの事情は理解した。けど、ならなんであのとき、オーディリアさんを本気で刺し殺そうとしたんだよ!」
「それは……」
「それはぁ?」
「ちょっと、ケント」
挑発的な口調で先を促すケントの背中を軽く叩く。騎士団の上下関係を抜きにしたって、年長者に対する態度がなってないわよ、貴方。
コンラートはそれに対して怒る素振りは見せず、というよりは気まずそうに視線を逸らしながら答えを口にした。
「あのときは……バキシム・グランに矢を射かけられ、俺は……! すまない、君を疑ってしまった」
「仕方がないわよ……。貴方も疲れていたでしょうし、命を狙われたんだもの」
本当は傷ついていたし、今でもまだ思い出すと心が痛いけれど、追い詰められていたコンラートの気持ちも理解できる。この件で彼を責めることはしたくなかった。
「ケッ、結局自分だってオーディリアさんを疑ったんじゃねぇか。オレが庇わなかったら、オーディリアさんは今頃墓の下だよ、アンタのせいでな!」
「ああ、そうか。君はあのときの死にぞこないか」
「あン!?」
「コンラート! さっきから貴方たちふたりとも変よ? みっともない争いはやめなさい」
今にも互いに殴り合いになりそうなふたりを手で制し、私はコンラートに一番大事なことを尋ねた。
「コンラート。アルマ男爵令嬢は、今どこにいるの?」




