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暗転

 コンラートがすぐ近くまで来ている……!


 この手紙の真の意味は『窓を開けて待て』ということ。きっと彼の言う事情というヤツを聞かせてくれるつもりに違いない。

  

 そうするとこのお酒も、コンラートが私に自分からのメッセージだと気づかせるための演出のひとつなのだろうか。彼が好きなお酒の銘柄なんて、ラベルなしにはわからないけれど、種類くらいは見当づけられるものね。


 そう思うと、特に好きでもないお酒が違ったものに見えてくる。私はグラスを手に取り、ウィスキーを大きくひとくち含んだ。


 ……やっぱりキツイわ。

 あまり多く飲むものじゃないわね。


 ああ、でも、口をつけてしまった以上、残すのはよろしくないわ。


 チビチビとグラスの中身を舐めながら考える。コンラートは私が軟禁されていることに気づいていないのだろうか? 私が今さら彼の事情を知ったところで、何かしてあげられるとは思えないのだけれど。


「あの……」

「あ! ごめんなさい、グラスよね? すぐに返すわ」

「すみません。後で取りに来られれば良かったんですけど、グラスはその場で回収して来いって言われてしまって」

「わかっているわ。気にしないで。こちらの事情に付き合わせてしまって悪いわね」


 彼女は笑顔で「いいえ、とんでもありません」と答えて、私がグラスを空にするとすぐにそれを持って部屋を出て行った。接客の仕事って大変よね。手紙を届けろだとか、グラスはその場で確認して下げて来いとか、こんなことにも対応しなくちゃいけないなんて。


 私は窓の鍵を開けて、コンラートの合図があるまで待つことにした。ベッドに横になると、慣れないお酒が回って頭がふわふわする……。


 眠らないように気をつけなくちゃと思っていたのに、すぐに目を開けていられなくなる。いけない、横になるんじゃなかったかしら。でも、もう限界だったし。コンラート、ちゃんと起こしてくれるかしら?


 ………………

 …………

 ……





 夢の中でキスをされた気がした。激しく求められて、私は抵抗した……。 


 だって、貴方、もう私のことを愛していないんでしょう? なぜ私に構うの。なぜ私を抱こうとするの。


 腕で押しやって彼のキスから逃げようとしたけれど、コンラートは強引だった。顎を掴まれ、首筋を噛まれて……こんなに手荒に扱われるのなんて初めてだったわ。


 これは、夢の中だからなの。

 私はこんな風にされることを望んでいたというのかしら。それともコンラートに対する恐れの意識? 罪悪感?


 でもそれも長くは続かなかった。荒々しいキスだけ残して、彼は去っていった……。


 結局、コマドリが鳴いていたのかわからないまま、ナイチンゲールの歌を聞いた。私が瞼を開けたのと、ドアを開ける音がしたのはほとんど同時だったと思う。


「きゃあああああ!」


 絹を裂いたような悲鳴が上がる。お酒の影響で痛む頭を持ち上げて、ベッドから起き上がろうとすると、床についた足がぬるりと滑った。


 違和感と不快感。

 目をやった床の上は、血の海だった。


 そしてそこに沈んでいたのは、なぜかラフな格好のバキシム・グラン。カッと目を見開いたままうつ伏せに倒れている彼は、間違いなく死んでいた。


 血に染まったシャツにはいくつもの穴が開いている。背後から何度も、何度も刺されたのだろう。そして喉元も裂けていた。こちらはおそらく、とどめの一撃か。


「オーディリアさん!?」

「いったい何が……バキシム!」


 ホテルの女性スタッフに続いて、ケントと見張りの男が入ってきた。ケントは隊服は着ていなかったけれど顔色も良く声の勢いもあって元気そうだった。回復が順調なようでホッとする。


 ケントはまず床の死体を見て唖然とし、そして次に私を見て顔を赤く染めた。


「オーディリアさんっ……!」


 口がポカンと開きっぱなしになっていて少しマヌケだわ。


「ふ、服! 服着て!」

「あら」


 ケントに言われて自分の体を見下ろすと、なぜか上半身だけはだけていた。下はきちんと穿いているのに。


「何してるんスか、オーディリアさん!」

「そんなこと言われても困るわ」


 私はシーツを引っ張って、自分の体に巻きつけた。ふたりして緊張感のないやり取りをしてしまったけれど、私たち以外の人間は緊迫した空気のままだ。女性スタッフは青い顔でへたり込んでいるし、バキシムの部下は彼の側に屈んで現状の把握に努めている。


「くそ、バキシム……。オーディリア・ツェラー、アンタを逮捕する!」

「仕方がないわね」

「オーディリアさん!? 本気っスか!」

「この状態では当然でしょう」


 ため息をついて逮捕に応じる私にケントが食って掛かる。でもよく考えて、この状況なら貴方でも同じことをするはずよ、ケント。


「でも、でも……! オーディリアさんは犯人じゃない!」

「ンなことはわかってるんだよ! だがこの女は犯人を知っているはずだ、必ず吐かせてやる!」


 ケントの言葉に被せるように、バキシムの部下はがなり立てた。感情のままに犯人を私と決めつけていないのは、彼もまた騎士ということかしら。ただ、残念ながら私は彼の期待には応えられない。


「私は犯人を知らない。見ていないの」

「そんなワケないだろう! あの状況で、アンタが犯人を招き入れたんでなきゃ、どうしてバキシムが死ぬんだ!」

「……それは私が犯人と共謀しているという告発かしら? いくら私でも、殺した男の側でぐっすり眠れる胆力はないわよ。それに、それを言うなら外で見張りをしていたのに、なぜバキシム・グランが私の部屋にいたの。貴方が招き入れたの?」

「…………」

「おい! ちょっと、それどういうことなんスか?」


 バキシムの部下は、私の部屋に彼を招き入れた。私がどうなるか、知っていただろうに。私がバキシムにレイプされずに済んだのは、たまたまコンラートがやって来て鉢合わせしたからだ。


 あちらもこちらも、黙っておきたいことがある分、そこから先はちっとも話が進まなかった。私はケントとは引き離され、別の部屋に軟禁された。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うおおお、良い展開!! レ◯プ寸前! 残ねn……げふげふ、あぶなかった! えーとえーと、手紙はコンラートで、お酒はバキシムだった……? この辺もどうなっているのか、気になる気になるー …
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