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窓にコマドリ 貴方の愛

 気がつくと、寝てしまっていたのだろう、部屋の中が薄暗かった。鍵を開けて外へ出てみると、廊下に座り込んで番をしているバキシムの部下と目があった。


「ああ、起きたのか。部屋に戻ってください、ツェラー隊長。あなたをここに軟禁することで合意が得られたんで」

「貴方、怪我しているわ」

「ハッ、誰のせいかなんてわかりきってるだろうに」


 男は鼻で笑った。彼はバキシムの部下であるにも関わらず、私を庇ったせいで怪我をしたのだ。


「食事と着替えを運ばせますよ。不自由させないようにっていう決まりなんで」

「構わないで。それよりケントは、私の部下がどうなったのか知らないかしら」

「……聞いてないな」

「そう。なら、いいわ」


 ケントがどうなったのかがわからないなら、これ以上彼と会話する意味もない。ドアを閉めようとする私に、彼はまたしても「食事を持ってくる」と念を押した。


 正直、どちらでも構わない。ひどく疲れて喉も乾いているけれど、施しを受けるくらいなら水道の水で済ませてもいい。お腹も空いていないし。


 でも、律儀なのか何なのか、彼は本当に私に食事と着替えを運んできた。彼がバキシムの部下ということで警戒心はあったけれど、意地を張って倒れるのもバカらしい。


 用心しながら食事を済ませ、備え付けの浴室で久しぶりにゆっくりと湯船に浸かると、蓄積されていた疲れが溶け出るようでリラックスできた。


 そして。何もないまま、何の情報も得られないままに夜は更けていった。廊下に出てみてもバキシムの部下の男はあれから一言も喋らないし、私の部下も誰も訪ねて来ない。


 ケント、そしてコンラート。

 ふたりはどうなったの?


 ケントの意識はもう戻ったのかしら。病院へ運んだのだもの、きっと大丈夫よね。せめて生きていてくれれば、もうそれだけでいい。


 コンラートは……彼はどうしたかしら。またしても説得に応じず逃亡したということで、裁判官の心証はすごく悪いでしょうね。


 でも、コンラートのあの口ぶり……何もかも承知の上で悪事に加担していたと言うよりは、罠に嵌められたアルマ男爵令嬢を庇ってのことと見えた。


 彼女に騙されているのか、それとも本当に男爵令嬢は無実なのか。彼ほどの男が騙されるとも考えづらい。……それならばなおさら、彼女を悪者にできない分、私が惨めね。


 彼の愛したお姫様は冤罪で裁かれそうになり、彼はそれを文字通りすべてを捨てて助けたというわけ。ふたり手を取り合って国外に逃れ、イチから生活を築いて幸せになる。


「めでたしめでたし、ね。……でも、そう上手くはいかないでしょう」


 なんと言っても、ゲートが閉ざされ、検問が強化されているのですもの。いくらバキシムが間抜けでも、自分の隊の隊長くらい見分けがつくはず。


 私にはもう手出しができない舞台になってしまったから、あとはもう、どちらの手勢もお手並み拝見と高みの見物だわ。悔しいけれどね。


 はぁ……。

 なんて虚しいのかしら。動けないのならせめて少しでも情報が欲しい! いっそバキシムでもいいから来てくれないかしら?


 そう思っていたとき、部屋のドアをノックする者があった。慎重にドアを開けると、そこにはホテルの若い女性スタッフが立っている。


「お届け物です。お部屋に入ってもよろしいですか?」


 彼女の手には金属製のカバーが被せられたトレー。どうしたものかと迷っていると、女性スタッフの背後に立っていた見張りが首肯する。どうやら受け取っていいものらしい。


「わかったわ。入って」

「失礼します」


 彼女は部屋に入るとトレーから銀のカバーを外した。そこにはウィスキーの入ったやや無骨なクリスタルグラスと、封筒がひとつあった。


「どうもありがとう。そこに置いておいて」


 いったい誰からの差し入れかわからないけれど、まったく趣味じゃないお酒だし、口をつける気になれない。


 でも、その若いスタッフは出ていこうとしなかった。私の出方を待っているみたい。


「ええと、返事の必要な手紙なのかしら?」


 私は気まずさを誤魔化すように、気乗りしないまま封筒を手に取った。淡い緑色と白の上品な封筒で、わずかに香り付きだ。


「返事は特に伺ってません。お酒をどうぞ」

「ウィスキーはちょっと……」


 コンラートは好んで飲んでいたけれど、私の趣味じゃないわ。もしかして、彼女が出ていかないのはグラスを持って帰るよう言われているからかもしれない。それならこのまま下げてもらおうかしら。


 手紙を開きながらそんなことを考える。便箋に綴られた言葉は、当たり障りのない挨拶と、「サーフェスに来ているなら会えませんか」というお誘い。でも差出人には覚えがない。


 便箋をひっくり返して、何か手がかりがないかと見ていたら、裏の隅の方に小さくイラストが描いてあった。窓枠に小鳥……これは、コマドリだわ!


 とたんに、懐かしい記憶が蘇ってくる。コンラートと初めてデートしたときのこと、彼は王都の音楽ホールで催されていた歌劇に誘ってくれたんだったわ。


 十六の夏の夜、夕飯後に家まで迎えにきてくれた彼と二人、音楽ホールまで歩いた。いつもよりオシャレをして、髪型もうんと大人びたアップにして。


 歌劇は本当に素敵だったけれど、行きも帰りもどちらもほとんど口をきかなくて、初デートなのに失敗しちゃった! と、思ったっけ。


 けれど別れ際、コンラートは劇のセリフを引用してこう言ったのよね。


『おお、今夜もまた宵っ張りのコマドリたちがせわしなく鳴いている。こんなにも賑やかならば、この中に僕の声が混じってもわかるまい。愛しい人よどうか窓を開けておいておくれ。愛の歌が聞こえるように』


 その歌劇の筋書きは、ロマンチックな悲劇だった。愛し合いながらも結ばれることが許されない二人が主人公で、彼らは逃げて愛を貫こうとするのだけれど、結局すれ違って死んでしまうの。


 劇の前半の甘い恋愛パートでのヒーローのセリフは、堅い感じのコンラートには似合わなかったけれど、こんな風に言ってもらえるなんて嬉しかった。


 照れながらも「いいわよ」って返事をしたら、彼も赤くなって笑ったわ。彼は本当に私の部屋の窓越しにおしゃべりしに来てくれて、このことがきっかけで私たちの交友関係が始まった。


 私にとってそのコマドリは幸せの象徴みたいなもの。そういえば、以前一度だけ、これと同じように便箋の裏側にラクガキをしたわ。


「ねぇ、貴女、この手紙を持ってきたのはどんな人だったかしら?」


 私は部屋の壁際に立つ女性スタッフに質問した。すると、彼女は少し頬を染めて答えた。


「背の高い黒髪の、とてもカッコイイ男の人でした! 琥珀色の瞳がミステリアスで、声も素敵で……!」

「……そう。ありがとう」


 間違いない、コンラートだわ。

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