卑劣漢
私が身支度を整えてホテルの部屋を出てきたところに、バキシムが仲間を連れて待ち伏せていた。
マズイと思ったときには、すでに廊下に出ていて部屋のドアを閉じてしまっていた。
「オーディリア・ツェラー。お前をザラストラスの逃走幇助の罪で逮捕する! さぁ、こっちへ来い!」
居丈高に嘲笑を浮かべて、バキシムは私の胸元に手を伸ばしてきた。半鎧"に守られているとはいえ気分が悪い。私はその手を叩き落としてバキシムを睨みつけた。
「逃走幇助ですって? 彼を逃したのは貴方ではないの、バキシム・グラン。私に罪をなすりつけることで責任逃れしようというわけね。先手を打てて満足かしら?」
「相変わらず口の減らない女だ! だが、お前がザラストラスの情婦だったってことは皆が知ってる事実。示し合わせて国外へ逃れさせようとしていたんだろう」
あんまりな言い草に思わずカッとなる。
けれど今回は、剣に伸びそうになる手を必死で抑え、拳を握り締めるに留めた。
さすがに、反逆の疑いをかけられているときに、嫌疑をかけてきた相手に対して刃向かうのがどういうことなのかくらい、わかっている。
「お、いい面だな。まぁ、こんな場所じゃなんだ、移動しようぜ、オーディリア。俺様が直々に尋問してやる。名前すら覚えてないなんて言ったこと、せいぜい後悔するんだなぁ?」
「お断りよ。貴方には私を逮捕する権限なんてないでしょう。それに、こんなことのためにサーフェスの設備を利用するだなんて、領事が許さないわ」
私の言葉にバキシムが胸の悪くなるような笑いを浮かべる。取り巻きの部下たちを振り返り、彼らだけの間だけで通じるような仕草をして、私を嘲笑っている。
できれば早くこの場を立ち去りたいけれど、部屋を出た真正面にバキシムがいたものだから、ドアと彼らに挟まれて身動きが取れない。
軽くでも押しのけようとすれば反逆の意思ありと見做される危険があるし、かといって部屋に戻ろうとすれば彼らに押し入られそうで嫌だ。
とにかく、今の状態をなんとかしなくては……。
私はわざと苛立ちを露わにして怒鳴った。
「その無駄に大きな図体をどかしてちょうだい! 私は貴方が逃したザラストラスを捕らえなくちゃいけないんだから!」
「はっ、その必要はねぇよ。ゲートは封鎖して出入りをさらに制限した。領事にはお前の逮捕拘留権を請求してあると報告済みだ。お優しい領事サマはよ、逮捕状が届くまでは牢屋は使わせられねえって言うんだよなぁ。……だからよ、オーディリア」
「!」
ぬっと突き出された顔に思わず仰け反る。そのときにはすでに両肩を掴まれていた。さらに、示し合わせた部下二人が、私の左右から腕をひねり上げる。
「俺様の部屋に招待してやるよ。じっくり事情を聞かないといけねぇからな」
「放しなさい!」
「暴れるなよ。これはただの武装解除だ。ああ、そうそう、身体検査もしておかなきゃなぁ」
「ふざけるな! この!」
男たちの手が私の愛剣の帯を外し、ブレストプレートのベルトを弛めて取り去っていく。私は力の限り暴れたけれど、複数の男相手では勝ち目がなかった。バキシムの手が体中を撫で回す。あまりの気持ち悪さに背筋がゾワゾワして鳥肌が立った。
「くっ……!」
「ようやく観念したか? 何ならお前の部屋でもいいぞ? なぁに、俺様に従うなら悪いようにはしねぇよ。コンラートのヤツより満足させてやるぜ……」
私の顎を掴んで無理やり上を向かせ、バキシムは最悪のセリフを口にする。逮捕も尋問も、私をレイプするための方便だったというわけね。
「ふ……」
「あン?」
バカみたい。この男がマトモじゃないことなんて気づいていたはずなのに、こんな風に罠にかけられるなんて。部屋を出たときにすぐに気づいてドアを閉じていればよかった。……いえ、最初から、レイピアを抜いておけばよかったのよ。
「ふふふっ」
「なんだ? 酒でも飲んでたのか? ご機嫌だな、オーディリア」
違うわ。私自身が滑稽なだけ。
私はじっとバキシムの目を見つめた。
「な、なんだ」
私が微笑みを向けられたほとんどの男性がそうするように、バキシムも顔を赤らめ狼狽えた。私は微笑みを消さずに続ける。
「息が臭いのよ。顔を近づけないでちょうだい」
「なっ、こ、この〜〜〜っ!」
激高したバキシムが拳を握る。私は殴られるのを覚悟して歯を食いしばったけれど、痛みは襲ってこなかった。
押さえつけられていた手が解放され、同時に脇へ突き飛ばされる。見ると、バキシムの部下ふたりが必死になって彼を抑え込んでいた。
「馬鹿かアンタ! とっとと部屋に入れ、死ぬぞ!」
「邪魔するなクソが! ぶっ殺してやる!」
バキシムの部下に言われるがままに、自分に割り当てられた個室に入って鍵をかける。そのまま、私はドアにもたれかかってズルズルとへたり込んだ。
何度もドアが殴りつけられ、怒鳴り声と暴れる音が続く。いつ押し入られるかと体でドアを抑えつけて、私は嵐が過ぎ去るのを待った。
自業自得。それはわかってる。
それでも、あんな男に抱かれるくらいなら、死んだほうがマシだわ……。
私はぎゅっと膝を抱えて、これから先の出来事を思って憂鬱になった。




