行動開始
宿舎のグラウンドにツェラー隊の中ですぐに動ける者たちが集まっていた。非番の者を除いた、すぐに動ける二十七人の私の部下たち。
私は視線を巡らせ彼らの顔を確かめると、指令の内容を説明した。
「本日の薔薇の花宴の席で、ご令嬢が刃物を振り回す事件が起こったの。被害者のストーリア伯爵令嬢は怪我もなく無事だそうよ。犯人はアルマ男爵令嬢で、すぐにその場から逃走したわ。私たちの任務は彼女の捜索と連れ戻しよ」
私の説明に隊員たちがガヤガヤ騒ぎ出す。
「ストーリア伯爵令嬢って言えば第二王子の婚約者候補筆頭じゃないか」
「アルマ男爵令嬢って、あの? 最近ようやく社交界デビューした?」
「王子の本命はアルマ嬢だって話だぜ」
「ドロドロじゃん」
「こりゃ明日の紙面見出しトップ間違いなし!」
殺しきれないため息が漏れる。
まったく、うちの隊は暇人ばっかりなの? できれば王室のスキャンダルだけじゃなくて政治のニュースを耳に入れてほしいものだわ。
「あのね、貴方たち……」
「でも、何でオレたちのツェラー隊なんスか? べつに他の隊でもよかったのに」
ケントがそう言うと、隊員たちも口々に不満を吐いた。他の隊と言うのは具体的にはザラストラス隊のことだ。
有事の際に招集される小隊のうち、王都に配属されている小隊は三つ。私のツェラー隊、コンラート率いるザラストラス隊、そして今シーズン王都の巡回警備を担当しているグウェンダル隊だ。
私たちの隊は今、隊員の再編成をしている途中だ。本来ならザラストラス隊が動くのが定石。今回の急な任務に疑問を抱くのは自然な流れだ。
私は深呼吸して目線を彼らに戻した。
「聞いてちょうだい。アルマ男爵令嬢は単独ではないの。花宴の警備の応援に行っていた、ザラストラス隊の隊長、コンラート・ザラストラスが彼女の逃亡を手引きしているわ」
ザワ、と空気が揺れた。
「ザラストラスは近衛騎士に刃を向け、その場からアルマ男爵令嬢と共に逃走した。ザラストラス隊の騎士たちは、何も知らされておらず、この逃亡計画には関わっていないと証言しているわ。けれど、隊長が離反したとあっては小隊としての動きは期待できない。だから私たちが動くのよ」
「そんな……けど、隊長は……」
うろたえるケントの言葉がグサリと刺さる。
コンラートとの関係は周知の事実だった。だからこその気遣いがつらい。
私は首を横に振って髪の毛を振り払うと、彼を無視して話を続けた。
「ザラストラスは南方へ向かったという情報がある。国境の警備を抜けたらその先はヘイダル王国で、あそこは隣国の中でもうちとの仲はよろしくない。逃亡犯の受け渡しは望めないでしょう。彼らもそれを見込んでいるはず」
「けど……」
「もちろん、そう見せかけて直前でカエントゥスへ密入国するということも考えられるわ。ただ、事ここに及んで馬という有利を捨てるなんてあり得ない。どちらにも進路を取れるサーフェスの街までは確実に街道を行くわ」
私の言葉に全員口を閉ざした。異議なしということだろう。
「私たちはすでに二時間も遅れを取っている。今回の事件が計画的犯行かどうかはわからないけれど、仮にそう想定しておきましょう。相手の規模も動きも確実なことは何もわからない、でも、全員が力を尽くせば彼らの足取りを掴めるはずよ。何としてでも、サーフェスの街までに彼らに追いつく……! いいわね?」
「ハイッ!」
声を揃えた返事に私は頷いた。