たとえ理解されなくとも
「まず、私たちの目的はアルマ男爵令嬢を傷つけることなく連れ戻すこと。それには、彼女を連れて逃走しているコンラート・ザラストラスを捕らえることが必要になるわ」
皆を見回すと頷きが返ってくる。王子から追加の書面が届いて、アルマ男爵令嬢の身の安全が第一となったという認識は浸透したようね。私はそのまま続ける。
「国境までもうすぐというところで、捜索の手が広がっている後方に戻るとは考えられないから、その線は一旦、置いておきましょう」
「はいっス。そのために各ゲートに制限をかけてもらって、外へ出るゲートで検問するんスよね。入口を抑えないのは何でっスか?」
そう、できることならそうしたい。けれど、そういうわけにはいかない事情があった。
「残念ながら無理よ。入口ゲートを閉じるのは物理的に不可能ではないけれど。一方通行で最初から検問する体制が整っているふたつと違って、王都側のゲートは最初から開け放たれているもの。いくら堰き止めてもすり抜けられてしまうわ」
「そこを何とか封鎖して待ち伏せした方が確実じゃないスか? 今の作戦じゃ迂回路にゲート二つってキツいし」
「ケントだってあそこを通ってきたでしょう。平時であの交通量なのよ? そこを閉鎖するだなんて各方面に悪影響を及ぼすわ。しかも先遣隊が着いたときにはザラストラスがどこにいるかもわからなかった、先行されていたかもしれないと考えていたでしょう?」
「あっ……」
「そんなあやふやな情報で領事がうんと言うはずないわ。速やかに出口ゲートを張って検問を強化した、その手法に間違いはなかった」
「でも、それならやっぱり、迂回路で逃げた可能性だって否定できなかったんじゃないっスか」
……ケント貴方、さっき「あっ」て言ったじゃないの。
もしかして、負けを認めるのが悔しいのね?
「その顔もやめてクダサイ! だ〜んだん隊長の表情が読めるようになってきたっスよ」
それはどうだか。
「確実に捕らえようと思えば私だって、迂回路に兵を置いた上でサーフェスの前を封鎖、追い込まれてやってきたザラストラスに矢を射掛けてハリネズミにするわよ」
「うぇ……」
「そうやって待ち伏せされている可能性の高い、しかもかなりの難所なのよ。ザラストラスだって彼女を安全に国外に連れ出したいのでしょうから、同じ危険ならあえて迂回路を選ぶことはしないわ」
「隊長ならやりかねないっスもんね……」
「あら。ケント貴方、私が元恋人に対して情けをかけると思っているの? 殺さずに捕らえようとしていると?」
「えっと……」
「そうね、今回の任務ではザラストラスの生死は特に問われていないわ。令嬢さえ戻れば、彼が死んでいようと大怪我していようと関係ないの。殺した方が確実かもしれないわね」
席にしんとした沈黙が降りた。
大衆酒場だというのに、喧騒が遠ざかった気さえする。
私は私個人の前にまず騎士だから、殺せと言われれば殺すし、生かせと言われれば生かす。それだけなの。
でも、ここまで割り切れる者は少ないでしょう。
理解されようとは思わないわ。
……恨んでいないと言えば、それはきっと嘘になる。でも、復讐のために殺してやろうなんて激情は私にはない。ただ、裏切られた怒りが燠のように静かに熱を発しているだけ……。
コンラートと顔を合わせたとき、いったいどんな感情が自分の中から飛び出すのかわからないわ。それだけは、予測できない。
沈黙を破るように、ケントが笑った。
「へへ、なんつか、オレがザラストラスだったら……オーディリアさんになら殺されてもいいかな、なんて」
後ろ頭を掻きながら、そう言う。本当におかしな子ね。
「その冗談、面白くないわよ」
「そっスか?」
「ええ。ちっとも」
言葉とは裏腹に、私はおかしくなって思わず笑ってしまっていた。ケントのおかげでその場の雰囲気も柔らかくなり、私はまたしても彼に助けられた。
本当、いい子だわ。
どうして彼が私の副官に志願してくれたのかはわからないけれど、好意を持ってくれているのはわかる。
今までは考えたこともなかったのに、今の弱い私は、存外と頼りがいのあるその背中にすがりつきそうになってしまうときがある。年下の、それも部下の男の子になんて、そんなの良くないことよ。そんなのわかりきっているはずなのに……。
私は首を左右に振って心のモヤを振り払った。