サーフェスの街
「も~~~、ほんっとに大変だったんっスから!」
大衆酒場のテーブル席に空のジョッキが叩きつけられる。イッキ飲みなんかして、安酒なんだから悪酔いするわよケント。
「隊長、思った以上にキツいし煽るしすぐ手が出るし!」
「出してないわ」
「実際に出てたら大問題でしょうが! 騎士同士でやりあうなんて、先に手を出してたら隊長の方が処分されてもおかしくないんスよ!?」
「でも決闘は届け出をすれば許可されるわ」
「じゃあまず決闘状書かなきゃでしょうが!」
それは……そう、なのだけれど。
そんな風に言われてしまうと、素直になれないわ。
黙って林檎酒の杯を口に運ぶ私を見ながら、ウィロー班長が笑う。
「ははは。隊長のお守りご苦労さま」
「もう、ウィロー班長ったら!」
お守りだなんて!
私はもう子どもじゃないのに!
でもこうやってからかわれるところを思うと、私はやっぱりやりすぎたのね……。
騎士学校に通う前からの付き合いである先輩騎士たちには私も頭が上がらない。反省しておくことにする。
「……ごめんなさい」
「えっ、ウィロー班長には謝るんスね!?」
「貴方にも悪かったと思ってるわよ……ケント。ごめんなさいね」
「……オーディリアさんがデレた」
「なにそれ」
ケントったら、馬鹿みたいにポカンと口を開けて。それにしても、どういう意味かしら。
「いやいや、あの顔は反則でしょ」
「言ってる意味がわからないわ」
ケントが嬉しそうにニヤニヤしているわ。変なの。
それにしても気になるのはバキシム・グランのことだわ……。
ザラストラスの失態を、ザラストラス隊で取り戻そうという気持ちは理解できる。だから、ちゃんと隊としての体裁が整ったのなら、後追いしてくるのもありだと思う。
けれど、バキシムは違う気がするわ。彼は隊長の器ではない。あんな傭兵崩れの横柄な男に騎士は付き従わない。
それに、彼が本当に王室の命令を受けての任務に就いているなら、あの場で私にその旨を書いた指令書を見せればよかっただけのこと。
あの男の背後に誰がいるのかはわからないけれど、『ザラストラスを捕らえる』という大義名分の下に動いているのなら、大っぴらに対立するのはよろしくない。
……よろしくないのよね。
彼とは同じ騎士団に仕える者同士。目的は同じわけだし、どうせどこかの貴族からの命令書は持っているはず。依頼人とは別の人間が書いたものかもしれないけれどね。
すでに到着している以上、無下にはできないと踏んでいるのでしょう。でも、あちらから勝手に抜けたり、合流しない選択肢を採るのは自由。
……彼らがこっちに来たら思い切り圧力をかけてやりましょう。それがいいわ。
「……隊長。隊長、聞いてます?」
「えっ? あ、ごめんなさい。耳に入っていなかったわ」
考え事をしていたところに、ケントが話しかけてきた。でも、何ひとつ頭に入ってない。私が正直に言うと、酔っているせいかケントはあからさまに嫌そうな顔をした。
「まぁまぁ。それはさておき、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
ウィロー班長がとりなすように手を振る。その言葉に私たちは全員頷いた。
私にケントにウィロー班の騎士たち、そして先遣隊の内の何名か。今このサーフェスにいる私の部下のすべて。
そもそもこうして集まっているのは、これまでの慰労の意味もあるのだけれど、今後のことを話し合うためだったのだから。
ケントのせいで話が脇に逸れたのよ。
まったく、しょうがない子ね。
とはいえ、サーフェスに着いてからはすぐに領事との会見、それからウィロー班長たちと新情報の共有、王都側の門警との顔合わせがあったんですものね。それに加えて宿の手配、馬の体調チェック、イダルとカエントゥスへ抜けるゲートの警戒態勢を見ておくのと手配書のチェックに、立て看板の用意もあったものね。
……思い返せば、よく働いたわね、今日の私たち。
ここまでしてもコンラートを捕らえられるかは賭けでしかない。でも、それを確かなものにするために、ひとつずつ問題点を潰していかなくては。