粗野な男と深まる疑惑
もうすぐサーフェスというとき、街道を私たちの後ろから騎馬の一団が駆けてきているのに気づいた。彼らはスピードを落とすことなく、私たちの側までやってくる。
追い越していくかと思いきや、先頭の男は私にピタリと馬を寄せてきた。
「よう、オーディリア」
「おい、隊長に近寄るな!」
ケントが険しい声で警告するけれど、まったく無視して涼しい顔をしている。ザラストラス隊の問題児……確か、名はバキシムだったかしら?
下品な笑い声と同じくらい大きい、張り出した鼻と狡そうな目許。金色の髪は陽に焼けてパサパサ、肌も荒れていてまるで蛮族のよう。六ペデース半(※約195cm)という高い上背も無駄そのものな、いつ見ても不快な男。
そもそも、私はそう呼んでいいなんて許可していないし、まともに会話をした覚えすらないのだけれど?
こんな馬鹿構っている暇なんてないわ。私はケントに声をかけた。
「ケント、急ぐわよ」
「了解!」
「つれねぇこと言うなよ、オーディリアぁ!」
「…………」
相手になんてしないわ。
その、つもりだったけれど、……これはかなりイライラするわね。
「ここまで大変だっただろ? だが、俺様が来たからにはもう安心だ」
「誰?」
「ぜ……?」
私が割り込むように返した言葉に、バキシムの口がポカンと開く。
あらやだ、ケントまで同じ顔をしているわ。
「お、俺様を知らねぇって言うのか……!」
こめかみを引きつらせ唇をプルプル震わせているバキシムに私は微笑みを向ける。
「知らないわ。話題の端に上ってこないもの」
「テメェ!」
「落ち着けよ、バキシム!」
馬上だというのに掴みかかりそうな勢いのバキシムを彼の同行の騎士が諌めている。べつに構わないのに。逆に馬から振り落としてやるわ。
「クソッ、コケにされて黙ってられるか! せっかく俺様が声をかけてやったっていうのに、お高く止まるのもいい加減しやがれ!」
「グラン隊長、ここはどうか抑えて!」
「隊長……?」
バキシムの同行者の言葉に引っかかり思わず口に出てしまっていた。それをどう捉えたのか、バキシム・グランは誇らしげな顔をして声高に説明してくれた。
「そうだ、隊を再編したんだ。俺様が隊長なんだよ。コンラートのヤロウはクビだ!」
本当に、イライラする。
コンラートのことまで呼び捨てにするなんて。実力のない者が思い上がる様は醜いわ。
だいたい、クビ以前にコンラートは王宮内で抜剣した上、近衛騎士に刃を向けて国を追われたの。犯罪者落ちしたのよ。そういう事情でもなければ騎士団長の座を降ろされることなんてありえない!
「……新隊長就任、おめでとう」
「はは、そう」
「でもおかしいわね、どうして副隊長のどちらかではなく貴方なのかしら。それに、すでに私がザラストラスを追う任務に就いているというのに、どうして貴方が隊を率いてくるの?」
「あン? 俺様の実力が認められたんだよぉ! 追いかけて来たのも、元々はこっちの隊の問題だからってんで責任を取るためだ。せっかく取り立ててくださったんだからよ、期待に応えねぇとな!」
あり得ない話ではない。
けれど、何かの裏を感じさせるほどには強引だ。私の中の違和感は強まった。
「そう。それで、貴方を取り立てたというのはどなたなのかしら。ぜひ私もお近づきになりたいわ」
その虚栄心からおしゃべりしてくれるかと思ったのだけれど、バキシムはスッと笑顔を消した。さすがに具体的な名前を出すほど愚かではないということね。
同じ騎士団に所属する者としては安心する資質だけれど、今だけはそれを発揮してほしくなかったわ。
コンラートが離反して王都を離れてすぐに私たちのツェラー隊が追いかけた。それなのに、すでに私たちに追いついているバキシムには疑問しかない。
いきなり隊長を失ったザラストラス隊を、新たに隊長を指名して再編、しかも捕縛部隊を派遣できるなんておかしいでしょう。最初から仕組まれていたと考えるのが自然だわ。
……コンラート、貴方、何に巻き込まれたの?
「ったく、小賢しい女だぜ」
「!」
バキシムの呟きにハッと物思いから覚める。バキシムは続けて言った。
「騎士団長の養女だってなぁ? だからテメェの役割じゃねえことにもクチバシ突っ込むのか? そりゃ、あんまりにも傲慢ってやつだぜ、オーディリア」
「傲慢で結構。あと、その汚い口で私の名を呼び捨てにしないでくれる? 虫酸が走るわ」
「なにっ!?」
バキシムの怒声に馬が驚きいななく。剣に手をかける私たちを同行者たちが口々に制止した。
「よせバキシム、もう行こう」
「隊長、さすがにここで剣抜くのはナシっスよ」
向こうはバキシムと同等の騎士がいるみたい。ケントはうるさいわね……たとえ法令違反でも相手が切りかかってきたら正当防衛よ。
諌められたバキシムは舌打ちして私の馬から離れた。
「あばよ。次会ったら、噂のそのデカパイ揉みしだいてやるよ! コンラートのヤロウに捨てられて欲求不満みてぇだからな! ガッハハハ!」
「………………」
よし、殺そう。
一度は戻した手をまたもや愛剣にかける。それをいつの間に横に来ていたのかケントが掴んだ。
「放しなさい、ケント」
「ダメっス。今放したらアイツに切りかかるじゃないっスか」
「当たり前でしょ。顎下から剣先突っ込んで脳みそ串刺しにしてやる」
「物騒! ぜったいダメっス!」
「放せ!」
「ダメ~~~~!」
ケントが全力で剣を掴むものだから、馬を足で操りながらその指を引き剥がしている間にバキシムたちを逃してしまった。まったくもう!