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停滞

「落ち着きました?」

「……ありがとう」


 水で濡らして固く絞ったタオルを受け取り、目許に当てる。わんわん泣いてしまって、瞼も鼻先もひどい状態だ。


「オレはお礼言ってもらえる立場にないんスけどね〜。だってオレのせいですし」

「まぁね」


 私が肯定するとケントは「ちぇ~」と言って笑ってみせた。

 彼の言葉がどこまで本気なのかは、わからない。けど、あの場で私を独りにしないでくれたことには感謝している。彼のせいでと言うけれど、本当はもういっぱいいっぱいで、彼のことがなくたって泣き出す一歩手前だったのだ。


 それに、そもそも泣くことも甘えることも下手くそな私は、彼と何事もなく別れた後、独りきりの部屋で泣けもせずにモヤモヤを溜め込んでいただけかもしれなかった。今の状態はきっと、それよりも何倍もいい。


 新しいポットに温かいハーブティーをもらってきたケントは、クッキーを添えて私の前にサーブしてくれた。


「軽く食べて、寝てください。何かあったら必ず起こしに来るんで」

「ありがとう、ケント」

「いいえ〜。んじゃ、オレはもう行きますわ」


 そう言いながらもケントは、ドアの所で私を振り返った。


「オレが呼びに来るんで、隊長は部屋から出ない、誰も入れないでくださいっス」

「どうして?」

「どうしても! この弱ってるときにそんな無防備なカッコで誰かに会っちゃダメっス!」


 弱っているのは認めるけれど、無防備な格好……?

 私は自分の身体を見下ろした。隊服の上着を脱いでいるから今はラフなシャツ、下は隊服、そして頑丈な戦闘用ブーツのままだ。無防備なのは上半身だけで、全力で蹴りをかませば成人男性の骨の一本や二本、余裕でブチ折れるのだけれど?


「まさか隊長のプレートが詰め物もなくそのままの大きさだと思わないじゃん……」

「なんですって?」

「いえ! 別に!」


 小声でケントがぼやく。

 たぶん悪口だわ。聞き取れそうでいてまったく何を言っているかわからない、そんな絶妙な声量と調子で呟くのが得意なの。だからよく叱られているのよ。だって、無駄口叩いてるっていうのだけはわかるんですものね。


「あ、そだ。リザさんに手紙でも届けましょうか。来てほしいって」

「ダメ。あの子、新婚なのよ。絶対にやめて」

「なんでっスか」


 そんなの決まってる。私の今の状況を聞けば、リザはきっと飛んできてくれるだろう。だからこそ、彼女には伝えられない。邪魔したくないもの。


「とにかく、ダメよ。行くならさっさと行ってちょうだい。私もすぐに立て直すわ」

「いいから、ゆっくりしててくださいよ。休めるタイミングなんてもうないかもしれないんスから……」

 




 その嫌な予言は、すぐに現実になった。


 まず、先遣隊が何の情報も持ち帰れなかったこと。そのため二日目の行軍は、かなり駆け足で駒を進めることになってしまった。


 コンラートの動きがこちらの予想よりかなり早いとなると、逃げ切られてしまう恐れがある。彼らを捕えるためには何よりもまず、彼らより先に最終予想地点であるサーフェスの街に辿りつき、街を封鎖して待ち伏せするしかなかったのだ。


 時間との勝負だ、当然、ついてこられない隊員が出てくる。彼らのことは非番の隊員を率いて追いかけてくるカクタス・グレイ分隊に任せ、私は足の早い者だけを再編成して先に進んだ。


「結局、最初に隊長が言ってた通りになっちゃったっスね」

「そうね……」

「ここまで予想できてたんスか?」

「いいえ。私には彼の動きなんて読めない。それに、ここまで何の情報もないとなると、何かを間違えているのかもしれない……」

「確かに。そうっスね」


 サーフェスの街までは通常の移動であれば馬車で十日ほどかかる。その長い距離を、馬を乗り捨てつつ全速力で駆け抜ければ三日と半日ほどに短縮できる。


 だが、あちらもこちらも、そうはできない事情がある。コンラートはともかく馬での移動は令嬢の身には過酷であろうし、寝食以外の時間をずっと駆け続けというのは現実味がない。


 こちらは人数の関係上、代わりの馬を用意するのが難しい。いくら王立騎士団とはいえ、街ごとに施設は持っていないし、あったとしても都合がつくとは限らない。馬は生き物、相性というものがあるのだ。


 それに騎手である人間にだって休憩は必要だ。馬と自分を休ませつつ進むしかない。私たちも、コンラートも。


 どう見積もっても丸四日は旅に費やすことになる。二日目、三日目と天候にも恵まれ順調に進んでいく。気持ちばかり逸るけれど、無茶をすればすべてが台無しになってしまう。作戦を遂行するためには、待機も休憩も立派な仕事だ。 


 それなのに、そうやってサーフェスの街を封鎖するべく馬を走らせていた四日目、あと少しで辿り着くという手前の町で、私は疲労困憊し倒れる寸前にまで追い詰められていた。

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