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馬車

出発の準備が整い、護符が取り除かれる。


数人が、警戒している中、護符は回収され丁寧に荷物の中にしまわれる。その中は不思議な水のようなもので満たされた箱があり、護符はその中に沈められる。そこでしばらく洗われることによって、もう一度使用できるようになるという。

だから、魔物と会わないように連続使用はできないし、移動中も護符に頼ることはできないのだ。

アッシュが険しい顔であたりを見回していた。

その警戒態勢に、亜優は背筋を伸ばす。

「魔物がいるんですか?」

魔物が出たら、まず逃げる。

昨夜、アッシュに言われたことだ。

彼らのことは全く見るなと。生きていたいなら、必死で街道まで走れと言われていた。

聞いた直後は、そんなことできないと思ったが、彼らの表情から……傍に居ることの方が迷惑なのだと悟った。

それしかできないのだから、頑張って走ろうと方角を探る。

しかし、アッシュから返ってきた返事は意外なものだった。

「いや……逆だ。魔物の気配がしない」

――それは、いいことではないのか?

こてんと首を傾げる亜優を見下ろして、アッシュは苦笑する。

「今まで、街の外に出てから……こんな日は無かった」

いつもと違うことに、いつも以上に警戒をしているのだと気が付いた。

「全く感じないのか?」

レキトが目を丸くして聞いてくる。

「ああ。ここが、いきなり普通の森になったようだ」

アッシュは、魔物の気配を感知することに長けているらしい。

だから、リーダーなのに、率先して探索に向かっている。

そのアッシュが魔物の気配を感じないと言っていることに、誰もが驚いている。

「俺も……今朝は、すごく調子がいいんです。魔物が傍に居ないからですかね?」

一番若いと言っていたライトが、おずおずと言葉を発する。

彼も、微弱だが魔物の気配を感じることができるらしい。

彼に同調して、全員が「いつもより調子がいい」という。

調子が良くないのは亜優だけか。

調子が悪いと言うか、起きた後、ものすごく疲れていた。

棚卸の翌日のようなぐったりとくる疲れが身体中を包み込んでいた。しかし、起きて朝ご飯を食べてからは、それほどではない。……お腹がすいていただけだったのかもしれない。


「このまま、魔物が出ないでくれたら」

小さな呟きが漏れた。きっと、誰もが願っていることだろう。

三か月間も、毎日毎日、魔物と戦い続けて、帰りたいのに帰れなくて。彼らが一人も欠けずにここに立てていることは、すごいことなのだろうと思う。

討伐隊として街の外に出た当初は、アッシュが気配を感じる方向へ行っていたという。

魔物を追い払うのが任務だからだ。

しかし、ここ最近は……魔物を避けて歩くという戦い方もしてきたという。

「何のために来ているのか分からないよな」と言いながら自嘲気味に笑うアッシュも、もう帰りたいのだ。

毎日毎日戦いに明け暮れて、休息を欲しているのだろう。

けれど、突然魔物の気配が消えたことが不思議で、理由が分からないので警戒を緩めることもできないらしい。

「……とりあえず、街道に向かおう」

これ以上考えても無駄だと思ったのか、アッシュが指示を出す。


しばらく行くと、亜優がしばられていたロープがぶら下がっていた。

魔物がいないにしても、こんな森の中で動けずにいるだなんて。もしかしたら、魔物が出なくて衰弱死していく方が逆に辛いかもしれない。

そんな未来を想像してしまってぞわっと背筋に寒気が走る。

本当にすぐに見つけてもらったことは奇跡だ。

そう思っていると、ぽんぽんと背中を叩かれた。

横を見上げると、アッシュが微笑んで亜優を見下ろしていた。

「何もなかったんだ。いろいろ思い出さない方がいい」

彼の言葉に、亜優は素直に頷く。

信頼していた上司・同僚から裏切られて捨てられた事実。

そんなもの、思い出したくもない。

「ありがとうございます」

亜優がもう一度お礼を言うと、アッシュはさらに笑みを深めた。

「アッシュ!」

前方から鋭い声がする。

すぐさまアッシュは反応して、亜優をその背中にかばう。

広い背中に隠すように守られて、亜優はそんな場合ではないと思いながらも赤面する。

こんなこと、今時ドラマの中でも起こらない。

「馬車だ」

レキトの大きな声が聞こえて、亜優はバッと顔を上げる。


――こんなところに、馬車?


街道から外れたそれは、昨日、亜優が乗ってきたもの?

それが、まだこんなところにあるということは……。

「亜優、待て」

亜優は、ふらふらと前に出て行こうとしていたらしい。

アッシュに腕を掴まれて引き寄せられる。

「レキト、報告を」

アッシュが、レキトに向かって指示を飛ばす。

戦闘態勢に入っていないということは、魔物の気配はないのだろう。


――だったら、彼らは馬車の中で留まっているだけで……。


「多分、五人。死亡確認」

亜優の考えは甘かった。

彼らを恨みはしたが、こんな風に死んでほしかったわけではない。

五人。

亜優と馬車に乗ってきた全員だ。助かった人はいないのか。

「多分って……?どういうことですか?」

亜優の小さな声も、レキトには聞こえたのだろう。

ためらうような空気が流れた後、はっきりとした声がする。

「頭部が五つある。それ以外は、よく分からない。腕は……三本くらいは残ってるかな」

ぐらりと世界が揺れたような気がする。

おいて行かれた亜優ではなく、元の道に戻ろうと急いでいた彼らの方が魔物に遭遇してしまったというわけだ。

アッシュの腕が、亜優を支えて近くの木にもたれておくように移動する。


「魔物に襲われた遺体を王都に入れるわけにはいかない。――ここで、弔おう」


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