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夜が明けて

次の日、まだ薄暗いうちから動き始める音がする。


人の動く音に目を開けた亜優は、ぼんやりと周りを見渡す。

「よく眠ってたね。もうすぐ朝ご飯だよ」

討伐隊の中の一人が、亜優に声をかけて、おいでおいでと手招いてくれる。

「え!すみません!何も手伝ってな……」

ガバリと起き上がると、めまいがしてふらつく。体が無茶苦茶だるい。なんだこれ。

「疲れてるか?もう少し休んでいてもいいぞ」

リキトがどこからともなく現れて、亜優の手に水が入った木の茶碗を渡す。

「ありがとうございます。でも、いえ、さすがに、それは……」

有難く、水を喉に流し込んで立ち上がる。

少しだるさが遠のいたような気がする。

これ以上迷惑をかけられない。自分のことくらい自分でやらねば。

両足に力を入れると、周りから「まあ、まあ」となだめる声があがる。

「そう気負わなくても大丈夫だって。今朝は、妙に調子がいいんだ。とてもよく眠れたよ」

明るい日差しの中で見る討伐隊の方々は、みんな笑顔で亜優を見てくれる。

だけど、ただでさえ寝心地の悪いテントの中、いつもより狭くなった場所で、寝心地が良くなったことは無いだろう。

亜優に同情して、気を遣ってくれているのだ。

亜優のせいで狭くなった場所に、気を遣わないで済むように。なんて優しい人たちなんだろう。


彼らに促されて座ると、すぐに、スープの入ったお椀とパンを手渡される。

定期的に街道へ食糧の配達があるらしい。食料は、そこで供給されるものと、森で採ったもので賄っているという。

そこに、ひょっこりアッシュが現れた。

昨日、亜優を迎えに来てくれた時と同じように武装しているから、この守りの空間から外に出ていたのだろう。

「今朝は、周りに魔物がいなかった。ゆっくり飯食っていいぞ!」

アッシュの言葉に、みんなが嬉しげな声をあげる。

そして、各々、好きに座って食事を始める。

亜優も、早速もらった茶碗に口をつけた。

寝惚けた頭に、温かいスープが嬉しい。


男性ばかりの中で女が一人だからか、アッシュがいろいろと気を遣ってくれる。トイレや体を清潔に保つ方法は、聞く前に教えてくれて助かる。

有難いことに、顔を洗う水などはしっかりと準備されていた。

思った以上に清潔にしている様子に目を丸くしてしまう。

「長いこと行軍するために、清潔さを保つことは必要だからな」

アッシュが亜優の様子を見て笑う。

「長いことって、どのくらいですか?」

最初に聞いたとき、彼らは外で暮らしているわけではないと言っていた。

では、どれくらいこの旅をしているのだろうと、純粋な興味本位だった。

「ん?三か月、になるかな」

「――三か月!?」

思った以上の長さに声をあげてしまう。

三か月って、亜優がこの世界に来て過ごした長さと同じだ。

その長い時間を、魔物と戦って過ごしているのか。

「丸一日、魔物と出会わなければ、任務終了なんだ。一旦、街に戻ることができる」

アッシュが苦笑いで答える。

魔物討伐隊の任務は、終わりを確認したら、ということになっているらしい。

魔物の姿が見えなくなったら、いったん終了。

だから、丸一日魔物に遭遇せずに過ごした時、夕方に門へと戻るという。

「でも一日数匹はいるんだ。全く会わないって……難しいな」

アッシュたちは、聖女がこの世界に現れてから、旅に出発した。

聖女の祝福を受けた聖戦だ。

……ということになっているが、出発するときは聖女は慣れない生活で大変で、それどころではないと、出発前に顔を見てはいないらしい。

――それどころって。

街の人々を命を懸けて救うために旅立つ討伐隊に向けて、その言い草はない。

亜優は突っ込みたかったが、アッシュは仕方がないと諦めていた。


それまでの討伐隊は、数日、長くても数週間で戻ってきていた。

彼らは魔物に会わなかった日一日の、次の日の夕方、街に戻る。

魔物を傷つけたばかりの体には匂いがついていて、その匂いに魔物が寄ってくることがあるらしい。

だから、街の外で魔物に会わない日があれば、その後に帰還できるのだ。

魔物はあまり数が多くない。そして人間に積極的に近づいて来るものはさらに数が少ない。

だから、そんなに長い旅になることは無い。


――はずだった。


アッシュたちが旅立ったその日、さっそく数匹の魔物と戦った。

次の日も。

次の日も。

傷ついた仲間を護符だけで守られたテントの中で治療しながら。

療養している時でさえ、周りに魔物が現れれば、動ける者は出て魔物を追い払う。

周りに魔物が集まれば、動けなくなり、移動できずに食糧が途絶えれば死ぬのを待つだけになってしまう。

王都へ手紙で状況を伝えているらしい。しかし、王たちも戻って来いとはいえなかった。

そんなに魔物と戦い続けた者が、すぐに街の中に入るわけにはいかない。

通常、魔物は街の中に入れないように結界が施されている。魔物も、傷つくことを恐れてわざわざ街の中に入ろうとはしない。

しかし、魔物と戦って魔物の匂いが付いたものがいれば、別だ。

その匂いを辿って街に入ろうと試みる魔物がいるかもしれない。

できなければいい。しかし、もしもできてしまったら?

どれくらいの数までだったら、街の封印は防げるのか。

テストをしてみるようなことはできない。

もしも、が起こってしまったときの被害は甚大だ。

だから、彼らは魔物に会わない日を望み続けて行軍を続けているのだ。

「そんなに、多いんですか……?」

「ああ。何故だか、多い。聖女が現れて動きが活発になるなんて、聖女を狙っているのかな?」

アッシュは自嘲気味に笑いを漏らして言う。

聖女が出てきた途端に魔物が増えるだなんて。

アッシュの言う通り、聖女を打倒せんとする最後のあがきか。

そうならば、今の時期を持ちこたえれば、魔物はいなくなる。

では、持ちこたえられなかった時は――。

ぞくっと背筋に寒気が走る。

亜優にとって、この世界に一緒に来たあの少女は好きでも嫌いでもない。そもそも、そんな感情を抱かせるほど話をしていない。

ただ、今は同情してしまう。

彼女には、何か特殊な力はあったのだろうか。

もしもなければ、魔物が襲ってくるのを眺めているだけなのか。


彼女には、何の感情もわかないが……そう考えると、少し可哀想な気もした。


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