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貴族の悩み

亜優は、特に何も感じることなく、彼らのやり取りを見ていた。

異世界で……しかも、こんな最悪の状況でもなければ、『そんなことないと思います』くらいの慰めの言葉かけは、亜優でもしていただろう。

でも、今の状況は他の人の悩みに心を傾けられるほど余裕はない。

たった今、捨てられて殺されかけたところだ。

他の人に構っている余裕がないと言うのが正直な話だ。

できれば、今は天気の話などして、眠らせてくれないだろうか。


リキトは、亜優から何かの言葉が出てくると思っていたのだろう。

リキトが亜優を見て尋ねてくる。

「そう思うだろ?」

実を言えば、どうでもいい。自分には関係ないことは、今は考える余裕がない。

しかし、命を助けてもらったのだ。

頭が働かないなりに動かして、今の考えを言わなければならない。

「私の考え方でいいですか?」

亜優は、必死で自分の考えをまとめる。

とりあえず、この落ち込んでいるアッシュを元気づければいいのだ。

リーダーにふさわしくないと言っているが、そんなことは無いと言うような言葉を言えばいいだけだ。

「適材適所は賛成です。強い人がリーダーであることが必ずしも正しいとは限らないから」

一生懸命、考えた言葉を言った。しかし、彼らが思っていた答えと違うのだろう。

目の前の男性二人が、ぽかんとした顔で亜優を見てくる。

そうだ。こんな一般論ではなく、アッシュがリーダーであることが適材だというようなことを言わなければならない。

慌てて付け加えた。

「身分が高いというのは、有利ですね。最初からある程度の尊敬は集められる」

リキトの眉がひそめられる。

アッシュの表情は変わらない。

困った。――これも違ったらしい。

どうしよう。まだほぼ初対面の方にかける言葉なんてない。

アッシュのことも、今、『貴族』だということしか教えてもらってない。褒める場所も限られてくるではないか。

「身分も、自分の強さです。それを思い切り利用して一致団結ですよ」

身分で、財力で仲間を惹きつける。

手っ取り早くていい。効率が良くて助かる。


自分が褒められる最大の言葉を出したと思い、一人頷いた。

彼らの表情が変わらなくても、これ以上は無理だ。

一週間くらいしてから、亜優が殺されそうになってないときにもう一度聞いてくれないだろうか。

その時は、耳当たりのいい言葉を用意できると約束しよう。


「お前にとって、『貴族』は、個性か」

呆れたというように言うリキトに、亜優は口をとがらせる。

他に彼のことを知らないのだ。仕方ないじゃないか。

「個性……利用、あぁ……なるほど――あっ……ははははっ!」

そう呟いたかと思ったら、アッシュは突然笑い始める。

ぎょっとして思わず腰が引ける。

亜優のそんな様子も気にせず、アッシュは晴れやかに笑う。

「身分が、魔物相手に役立つって……面白い事を言う」

「……そうですね」

他に褒めるところがあったら、そっちを褒めただろう。

大笑いされたので、亜優は少々ぶすくれていた。

自分なりに、必死で考えた答えなのに。

亜優だって、魔物退治に人間世界の身分なんて全く役に立たないと思う。

だけど。

軍隊を率いるときには役立つのだ。特に、こんな王政の国で貴族たちがいる世界ならばなおさら。

「身分で尊敬を集めた後は、それが継続するかどうかは自分の頭脳とか性格ですけどね。卑屈になってて大丈夫ですか?」

笑われた腹いせに、余計な一言を付け加えた。

はっきり言って、もう気遣いは使い果たした。

「おいおい」

リキトが少しだけ眉を顰める。

亜優も、笑われたというだけで、命の恩人になんてことを言うんだとはっとする。

ムキになってしまった。

「すみません……」

「謝る必要はない」

しかし、アッシュは楽しそうに笑っているままだ。

「俺は、仲間の信頼は勝ち得ていると自負する。だったら、俺は自分の力で継続出来ているということだろう?」

アッシュはリキトに向かってにっこりと笑う。

リキトははっとしたように、アッシュに向かって笑みを返した。

彼らも気がついてくれたらしい。

アッシュのことなど、亜優が何一つ知らず、『身分が高い』『助けてくれた』というだけで今の言葉を組み立てたのだと。

「ああ……悪い。いきなり初対面で振る話じゃなかったな。――普通は、『そんなことない』とか、『ここまでやってすごい』とかいう言葉が女からは出てくるものなんだが」

「それは……はい、すみません」

そんな無難な言葉で良かったのか。知らなくてもとりあえず言っとけばよかった。

なんて考えて、思わず舌打ちするところだった。

「俺は、面白かったからいいよ。さあ、夜が明けたら移動するから、寝るよ」


彼らは、いきなり現れた亜優に対して、誠実に対応してくれた。

別のテントを準備できずに申し訳ないと謝られながら、一区画を布で区切った空間を準備してくれた。

申し訳ないなんて、こちらの方だ。

十人でいっぱいのテントのはずなのに、亜優のために作られた空間。

薄いシーツにくるまって、亜優は息を吐く。

この世界にやってきて、一番気遣われたような気がする。

「俺、一番こっちで寝るから」

布越しに、アッシュの声が聞こえた。

「えー。ずるいっすよ。俺の場所!」

「俺だって布越しとはいえ、一番近くで寝たい!」

「文句言わずに一つずつずれろ!」

横暴だなんだといいながら、動く気配があった。

思わずくすくすと笑い声をあげる。

こんな場合なのに。捨てられて殺されそうになったばかりなのに、こんな風に笑えている自分が不思議だ。

亜優の笑い声が聞こえたのか、小さな声がする。

「絶対、そっちを覗くどころか、この布に触ることもさせないから」

アッシュが声を低くして、真剣な声で言う。

そんなこと、全く心配していなかったのに。


だけど――

「ありがとうございます」


大切にされているような扱いが嬉しくて、囁くようにお礼を言った。


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