無敵
「ふうん。これ、普通の服なのね。だから、恥ずかしがっている私見て、不思議そうにしてたのか。変なのって思ってたのよ。でも、まあ……ここの男性陣は、相当に好きだったみたいよ?早々に、たっくさん生気もらっちゃった」
自分の体をくねらせて、それはアッシュに見せつける様な姿勢を取る。
アッシュは何も反応しなかったのだが――
「生気?――どうやって?」
亜優の低い声が聞こえた。
何故いきなり怒ったのか分からず、アッシュが驚いて亜優を見ると、彼女もこちらを見ていた。
「もちろん、精を吐き出してもらうのよ!記憶の中の愛しい気持ちをこっちに向けることもしたけど。あなたの理想の姿、とっても役に立ったわ!何もしなくても向かってくる人間もいたし」
「――!?俺はそんなことしてないぞ!」
亜優から何を疑われているのか分かった!
あれとアッシュの肉体関係だ。あれに触れたことなんてない。触られるのも、血を取られる時だけだったし。
亜優に説明するよりも先に、あれが楽しそうに説明をする。
「そうよ。精を吐き出すのって、時間かかるし、いろいろしなきゃいけないし。めんどうでしょ。だから、強くなってからは、直接、血をもらうことにしたの。死なない程度に吸い取れば、一気に力が溜まるし、その人間は数日で回復しててくれるし、いいことづくめだわ」
褒めて欲しいと言わんばかりの態度で、あれは胸を張る。
血を飲まれていたのは覚えている。飲まれるたびに全身から力……というか、生きる気力が奪われていった。
「しかもぉ、生気と一緒に、いろいろ全部もらっちゃった。その代わり、魔力はあげてたでしょ?」
小さく舌を出す仕草。
可愛いとでも思っているのか、いちいち動きが癇に障る。
血を吸われるたびに、それに向かう気持ちが強くなっていくのは感じていた。その時はそれが幸せだったのだ。全て奪い尽くされたいと……。
「気色悪い」
吐き捨てると、それはさらに楽しいと言わんばかりに笑みを深める。
「私、とおっても強くなったの」
言葉と共に、部屋中の靄が、あれを中心に渦のようにとぐろを巻く。
周りの取り巻きは、立っていられなくなったのか、どんどん床に伏せていく。
「私に心酔している人間からは、もう媒体が無くても吸い取れるようになったのよ!」
床に伏せているやつらは、ピクリとも動かない。
死んでないと思いたいが、今は確かめるすべがない。
「もう、聖女だって怖くないわ!」
とぐろを巻いた闇よりも暗い靄が、向かってくる。
意味がないことを分かっていながら、アッシュは剣を構える。
「俺は、亜優を愛している!」
正気を失わないために、アッシュは叫びながら向かてくる靄に剣を突き立て――
「ん?」
「なに?」
アッシュと、あれの気の抜けた声だけが部屋に落ちる。
剣に届く前に、靄が消えた。
あれの周りには、まだあるが……よく見れば、アッシュと亜優の周りには、黒い靄は全く届いていない。
ハッと気がついて亜優を見れば、彼女はいぶかしげな表情を浮かべている。
「アッシュ、さっきから何をしているの?……なんか、周りにある?」
亜優には、この濃い瘴気が見えていないらしい。
一人、顔を赤くして立っているだけだ。
「顔が赤い」
「さっき、意味なく大声で恥ずかしい事言うからでしょ!?」
……思い切り意味があったのだが。
アッシュが剣を構えたのも、あれが大きく手を振り回したのも、全部何もないのにやっているように見えているらしい。
「……右目に、何か宿ってたりする?」
亜優の首を傾げて聞いてくる仕草は可愛いが、言われている意味が分からない。何故右目なんだ。
「俺じゃなくて、この周りの瘴気が……」
「瘴気……?」
亜優は、周りを見回しながら、また首を傾げる。
「見えない?」
アッシュが目の前に迫りつつあった靄を指さすと、亜優はその空間をじっと見てから、頷く。
「何かある?」
そう言いながら手を伸ばした先から、靄が消えていく。
亜優の手が伸びた先から、すいっと空気に溶けるように消える。
本当に最初からなかったような様子になっている。
アッシュは目を丸くするだけで、言葉が出ない。
いうべき言葉が見当たらない。見えてない亜優に、手を伸ばした先から消えていっていると言っても、不思議なだけだろう。
「アリス……っていうのも、私の記憶の中から出した名前だとおもうのよ」
あれは、何かに憑依しているわけではないようだ。
強いて言えば、亜優の記憶を具現化して憑依しているということだろうか。
亜優は、あれを正面から見る。
さっき、靄が消えてなくなるのをその目で確認してしまったのだろう。あれは、微動だにせず、亜優を見続けている。
「あなたに触れたら、どうなるのかな」
亜優は、アッシュの手を握ったまま、もう片方の腕を広げて2、3歩歩いてみる。
靄は広がっているのに、亜優が近づくたびに消えていって、彼女に触れられる靄は存在しない。
亜優は進み始める前に、アッシュに視線を向ける。
「亜優が傍に居てくれる限り、大丈夫だ」
何せ、アッシュがヤバいと思っていた靄さえも寄せ付けない。
亜優は一度頷いて、アッシュの手を握ったままあれに近づく。
正直、嫌だったが、亜優から手を離した途端、靄に囲まれるような気がする。亜優から離れるわけにはいかない。
アッシュとしては、正気を保つために亜優に助けてはもらうが、魔物と実際に対峙するのは自分の予定だった。
彼女を危険にさらすなんてとんでもない。
命を懸けて守る気でいた。
しかし、アッシュが頑張るまでもない。亜優にとっての危険なんて何もない。彼女に、瘴気は全く近づけないのだから。
とても格好悪いが、現状がこうなのだから仕方がない。
亜優が、何の障害もなく近づいて来ることに、あれは急に怒り始める。
「どうして!?私は強いのよ!毎日毎日、何人もの生気をずっと飲んできたんだもの」
両手を前に突き出して、煙のような靄が襲ってくる。
アッシュは腕で顔をかばうが……見えてない亜優は、スタスタと進む。
「いやっ……!やだ!来るな!やめろお!!」
近づくにつれ、周囲は真っ黒だ。
亜優以外何も見えないのだが、亜優はよく分かっていない。
「そこまで嫌がらないでよ」
ポンっと、軽く肩を叩いて、断末魔が響き渡る。
そして、あれは、消え去った。
「あれ、うそ!?消えたよ!?」
亜優が「魔法!?」などと言ってものすごく驚いているけれど――。
なんというか……無敵だな。




