横柄な貴族
ダグワーズ家の豪奢な馬車が、城へ到着した。
アッシュは、馬車の中を検める門番に、頬杖を突いたまま応対している。ぼんやりとした表情のまま、視線はどこか遠くを見たままだ。
門番は形式的な質問をいくつかしてくるが、それさえも煩わしいと適当な返事をすると、段々と門番の眉間にしわが寄ってくる。
亜優は、そんなアッシュの隣に座って、何も言葉を発さない。
「ダグワーズ様、そちらの女性は?」
門番に聞かれて、アッシュは面倒くさそうに大きなため息を吐く。
わざとらしいほど、面倒くさいと表面に出す態度に、質問をしていた相手は眉間にしわを寄せる。
「……城に入るための検査です。どなたでも受けていただかなくてはなりません」
さすがに、アッシュの態度に思うところがあったのか、咎めるような口調だ。
「受けているではないか。お前は私に何かを言えるほどの立場なのか?」
しかし、アッシュはそんな門番を、一睨みで黙らせる。
ダグワーズ家の人間に睨まれて黙らない人間は多くはない。
アッシュのイラついた視線を浴びた門番は口をつぐんで直立不動で立っているが、他に何か言葉を発する様子はない。
口をつぐんだまま、質問に答えない限り、通さないと体で表している。
アッシュは彼の態度に、ふんと鼻で笑う。
「聖女様の侍女候補だ」
その言葉を聞いて、門番は一度頷き、何かに記入している。
「どうぞ」
門番は一礼をしてこの馬車が遠ざかるのを持っている。
この上、亜優の身元確認をするとは言い出さない。
アッシュは、そもそもが高位貴族で、現役職も討伐隊リーダーとして地位も高い。
もっと確認しなければならないことはあるが、彼は、職務に忠実であるよりも、この貴族を放っておくことにしたのだ。
良い判断力だ。
この城の中に、真摯に仕事をした人間をかばう者はいなくなってしまっている。
アッシュがニヤリと笑って門番を見返すと、彼の眉間のしわが深くなった。
――まあ、そうか。侮られたと思われて当然の態度だしな。
馬車が再び動き出して、隣からは安堵のため息が聞こえた。
「普段は、こんな態度はとらないぞ?」
「……当たり前だよ」
亜優から引かれているような気がして、ここに来る前にも、城に入る作戦を説明していたが、さらに重ねて言う。
アッシュは自分でもひどい態度だと分かってやっている。身分をかさに着て横柄な態度を取る人間が本当は大嫌いだ。
自分の力ではないもので手に入れた権力をふるう人間は蹴倒してしまいたい。
しかし、――外から帰ってきて、聖女に出会ってからの、この数週間は違う。
聖女の傍に付き従うようになってからの態度は、ひどいものだったとリキトが話してくれた。
アッシュにも記憶はあるのだが、客観的な意見も聞いておこうと思ったのだ。
ひどいこき下ろしようだったが。
アッシュは『聖女様』以外は、存在しないもののように振る舞っていたそうだ。
仕事もしないし、手紙を預けに来た侍従にさえ、用事があろうとなかろうと怒って追い出す。
ただし、それはアッシュに限ったことではないらしく、城に勤める高位貴族の見目麗しい男性陣は、全てそういう変貌を遂げているのだそうだ。
アッシュは、自分の事しか記憶にない。
後は、ただただ、愛しかった。
誰が、なんて考えようとも思わなかった。ただ、当たり前だったのだ。
思い返せば、アッシュはいつも、黒髪を追っていた。
聖女は――多分、金髪だ。……茶色だったかもしれない。色が違うのに、おかしいとも思えなかった。
アッシュは、亜優だけを愛していた。
隣をちらりと見ると、亜優は暇そうに座っている。
アッシュは、亜優に人形のように動かないでほしいと頼んだ。意志を持たない人間のように振る舞ってほしいと。
そうでないと、聖女の傍には権力のある男以外は近づくことが出来ない。
「それにしても……こんな濃い気配、何で俺が気が付かなかったんだろうな」
アッシュは頭に手を当てて外を眺める。
城の中は、瘴気にまみれてしまっている。
「気分悪い。はああぁぁ」
アッシュは、体を傾けて亜優を抱きしめる。
途端、アッシュの体から力がすうっと抜けていく。彼女に触れていると、それだけで気分の悪さが消えていくのだ。
門番の手前、亜優から手を離していたが、本当ならば一瞬たりとも彼女から離れたくない。特に、瘴気にまみれたこの場所では。
「アッシュ」
亜優はアッシュを咎めるように呼んでから、抱きしめている腕を押し退け、手だけを握る。
誰にも見られていない馬車の中だけならいいじゃないかと--思わず、言いそうになって口をつぐむ。
亜優の顔が真っ赤になっていた。




