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翻訳家デビュー

妙にカタコトになってしまったが、言いたいことは伝わっただろうか。

周りの人が目を丸くしてこちらを見ている。

今まで全く興味を示さなかった美形たちさえも亜優に視線を向けた。


--実を言うと、今言ったことを本当にできるのかなんて、分からない。

はっきり言って今思いついたばかりの適当な自分の能力だ。

ただ、根拠はある。

さっきから、明らかに国が違うアリスとも、世界さえも違う彼らの言葉を全て理解している。

口元は、少しずれているような気がするけれど、気のせいかもしれない。耳に入ってくる音は全て日本語だ。

そもそも彼らがどんな言語を使っているのかを亜優は全く知らない。聞いたこともない。最初から日本語に聞こえるのだから当然だ。


ってことは、異世界補正という奴だ。この世界に居れば、亜優はどんな言葉も理解できるのだ。


きっとそうだ。

じゃなきゃやってられない。

追い詰められて思いついた、でたらめだ。

本当にそうかなんて分からない。

だけど、そうやって主張しなければ、ここで捨てられてそれで終わりだ!

「それはそれで、役に立つと思います!」

この全く何もわからない場所で、捨てられたり、最悪、殺されたりしないように必死だった。

なんとなく、その場の雰囲気が、『面倒だから殺処分』って言われそうな気がしたのだ。

体面がどうとか、責任がどうとかは、結局は彼らの良心にかかっている。

彼らは明らかにアリス以外を必要としていないし、亜優のことを面倒だと思っている。

勝手に呼び出したくせにとか、そんな自分の中のもやもやは、今はひとまず置いておいて、どうにか利用価値を見出されることが先だ。

アルは、さすがにこの国の王太子だった。

しばらく考えた後、

「試験を受けさせろ。その結果で決める」

と判断をくだした。

亜優は気が付かれないように安堵の息を吐いた。

有用な人材を即処分しない程度の頭は持ち合わせていたということだ。


その後、亜優は、予想通りに全ての言語を理解したため、外交官として採用されることになった。

どんな言語でも、亜優は理解することができるが……

「全部日本語に見える……」

テスト用紙に書いている文字が、全て日本語に見えてしまっていた。

『訳せ』と書いた後に『本日の天気は快晴だ』と、日本語で書いてある。どうしたものかと思う。

とりあえず、問題と同じ言葉で……と思いながら回答したが、

「……私たちへの挑戦か?別の言語に置き換えるなど。なるほど。何語に訳せとは書いていないからな。答え合わせに手間取ればいいとでも思っているのか。だが残念だったな。私たちもこの言語は堪能なのだ!」

試験官が悔し気に呟いていた。そういうつもりではなかったが、やはり別の言語が混ざってしまったらしい。気を付けないと。

聞き取り試験も……

「誰が復唱をしろと言ったんだ!訳すのだ!」

なんて怒られてしまった。

だから、彼の目を見ながら話すと、その彼の言葉になっているらしい。

折角のチートな能力だが、すごく使いづらい。

自分が何の言葉を話しているのかくらい、見分ける能力つけて欲しかった。


――三か月後、亜優は外交官として隣国に行くことになった。

この三か月間、必死で仕事をして、自分の居場所を作った。

古い言語も分かるから、意外と重宝されたりして、充実した日々を送っていた。

元々、亜優は独り立ちした社会人だ。

こうやって実績を積み上げていって、自分で仕事を選べるまでになってみせる!

この隣国との交渉も、しっかりと勤めあげようと、気合いを入れて馬車へと乗り込んだ。


――はずだったのに。


「なんで、なんでっ!?どうしてですかっ!私、一生懸命仕事してっ……!」

亜優は、木の枝に右手を括りつけられている。

うっそうとした森の中、ここまで亜優を連れてきた彼らは、早々に帰ろうと馬車に乗り込もうとしているところだ。

それをしたさっきまでの上司が、苦々しい顔で言う。

「命令なんだ。お前を殺せっていう」

「ころ……せ……」

そんな命令が下りるなんて、どんな大物だ。亜優は人畜無害なただの翻訳家として仕事をしていただけのつもりだ。

この三か月間、放っておかれたから、もう忘れられていると思っていた。

だけど、こんなことになるなんて。

この世界の知識だけを手に入れて、さっさと逃げていればよかった。

「俺らは文官なんだ。そんなことできるわけがない。しかも、若い女を意味なく殺すなんて、傭兵でさえ嫌がる」

本当に迷惑だと言わんばかりの顔を亜優に見せる。

今朝まで……いや、さっきまで柔和な笑顔を見せていたのに。

「これは、俺たちの温情だ。死ぬなら勝手に死んでくれ」

温情なわけがない。

自分たちができないから、この森に放置していくつもりなんだ。

誰も通らない場所に縛られて、餓死か。猛獣に食い殺されるか。

いっそのこと殺してくれと願わせるほどの、死ぬ以外に無いこの状況に追いやって。

「どうして……私が、何をしたっていうんです」

亜優は、品行方正だったはずだ。

しっかりと勉強をして、残業だって人よりも多くこなした。

頑張った三か月の結果が、殺されるってことになるのか。

「……バレてないと思っているのか」

ぼそっと元上司が呟く。

亜優は意味が分からず目を瞬かせる。バレてない?

そんな亜優の顔を憎々しげに睨み付けて上司は吐き捨てた。

「聖女様を呪ったらしいじゃないか。そのせいで、聖女様は一時期寝込んでしまわれたらしい。魔術師たちのおかげで、今はお元気らしいが……あの美しい方になんてことをするんだ」

「出来るわけないし!」

呪うなんてやったこともない。方法を知っていたら、アルを始め、あの場所にいた人全員を呪うくらいはしたかもしれないが、やり方だって分からない。

大きな声で言い返した亜優に、彼はさらに不快気な顔をした。

「大きな声を出すな。魔物が近づいてきたらどうするんだ」

そんなもの、この場所に置き去りにされそうになっている亜優が心配してやることではない。

「そろそろいいですか?」

御者が声をかけてくる。

「ああ」

「よくない!これ、外してください!嫌、こんなところで置き去りなんて!」

元上司の返事に被せるように亜優は大声で叫んだ。

暴れたせいで、眼鏡が飛んでいき、外交官としての制服が、乱れて折角の美しいエリがぐちゃぐちゃになってしまう。

でも、そんなこと気にしている場合でもなかった。

もうそれだけしかやれることがなかった。

亜優の大声に慌てたように彼は馬車に乗り込んだ。

「わざと騒ぎやがって!使ってやった恩も忘れて!」

こっちはお前らが時間かかっていた書類をあっという間に翻訳してやっただろう!

働いてもらった恩も忘れて!

亜優が言い返そうとした時には、もう馬車は後ろ姿だった。


もう、声も出せない。



――死亡、決定だ。



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