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帰宅

その中でも、豪華な門の前でアッシュが止まる。

連絡をしているって……いつの間に?

しかも、家と気軽に言っていたが、この門から家が見えない。


「悪い。自分が歩くのが好きだから馬車を使わなかったが、ここから少し歩くんだ」

門に入ってからアッシュが言う。

自分の家の敷地に入ってから少し歩くとは何事。

呆れながらも、亜優は頷いた。

「大丈夫です」

これからここでお世話になるのだったら、亜優は歩いて動くことになるだろう。

最初に歩いて場所を覚えさせてもらえるのは嬉しい。

綺麗な石畳をしばらく歩くと、木々の間からシンプルな洋館が見えた。

木々の緑と周りを囲む白い塀に囲まれた白い建物はとても綺麗だった。

亜優たちが玄関に近づくと、待ち構えていたように扉が開いた。

「おかえりなさいませ」

そこに立つのは、燕尾服を着た初老の男性。

「ああ。長い間すまなかったな。今戻った」

初老の男性は、アッシュの言葉にさらに深くお辞儀を返す。

「ご無事で何よりでございます」

扉をくぐって中に入ると、広い玄関ホールに、多くの人が集まっていた。

全員が、アッシュに向かって頭を下げて「おかえりなさいませ」と言う。

その顔には笑顔が浮かんでいて、慕われている様子が感じられる。

「アッシュ!ようやく戻ってきたのね!」

その中心には、彼によく似た顔立ちの女性が満面の笑みで腕を広げていた。

「母さん。心配おかけしました」

アッシュが母と呼んだということは、母なのだろうが、姉と言われても信じたと思う。

それくらい美しくて若く見える人だ。

二人が再会を喜んでいる間、亜優が居場所を探してキョロキョロしていると、さっきの出迎えてくれた男性と目が合う。

目が合うと、静かに目礼をされた。

アッシュもその視線に気がついて、にっこりと笑う。

「彼女をうちの翻訳兼通訳として雇うことにした。大丈夫。彼女は謎の人物だが、不審ではない」

――その説明自体が謎だ。

亜優が隠していることはたくさんあるが、なんだ、その紹介の仕方。

「翻訳?連絡はもらっていたけれど、随分若いのね。――あなた、言葉がしっかり分かるんでしょうね?」

途中から口の動きが変わったことに気が付いた。しかも、後半は少したどたどしいしゃべり方になった。

何の言葉か分からないけれど、彼女の言葉に返事をすると思いながら口を動かす。

「はい。分かります」

亜優の返事に、彼女は目を見開き、次いで満面の笑みを浮かべた。

「あら、この言葉が分かれば上出来よ。アッシュ、帰ってきた途端、どこでこんなかわいい子を見つけてきたの?」

「森」

アッシュが満面の笑みで答える。

亜優はもう何とも言えない。

「……はい?なんですって?」

「森に捨てられてたんだ」

「…………は?」

ああ、いたたまれない。

彼女の何言ってんだと語る視線が痛い。

「あの、すみません。私は、翻訳の仕事で移動中、仲間に森の中に捨てられてしまったんです。そこを、ご子息に助けていただいて」

アッシュに任せてられないと、彼に代わって説明を……

「ちょっと待って。さっきはその言葉で試験をしたけど、これからずっとその言語でしゃべられたら、何を言っているか分からないわ」

……出来ていなかった。

自分が何の言葉をしゃべっているのか意識しにくいと言うのは不便だ。

「……えー、あの、失礼しました」

次は、女性は頷いた。

亜優はさっきと、もう一度同じことを繰り返し、付け加える。

「誰からされたのか……というのは、不確定なので申し上げられないのですが、誰かに恨まれているのは確かです」

森に捨てられていたというのは、最高に怪しい。

しかも、話せないことはてんこ盛りだ。

だから、話せるところはしっかりと事実を言わなければと思ったのだ。

彼女は口をポカンと開けて、眉を寄せる。

「あなたを捨てた人たちが誰の指図を受けていたのか分からない、ということよね?」

亜優は、彼女の表情を見て、この家で雇ってもらうのは無理だなと思った。

この話を聞けば、亜優が位の高い人の不興を買っているのだと誰でもわかる。

「はい」

それでも、亜優は弁明をせずに一言頷いた。

「翻訳の仕事は、どれくらい続けていたの?」

思いがけず、仕事の話に移行したので、亜優は慌てて答える。

「三か月くらいです」

言ってしまった後で思い付いた。

もう少し、せめて一年でも長く言っておけばよかった。数カ月しか働いたことがないなんて、怪しさを増幅させるだけではないか。


「――三か月?翻訳……」


彼女は何かを考えているみたいだった。

その前は?なんて聞かれた時はどうしようかと頭を巡らせるが、なんと嘘を並べてもこの世界の常識がいまいち分かっていない亜優には、その後も上手に嘘を吐きとおす自信がない。

彼女は、執事であろう人に視線を向ける。

どんな無言の会話があったのか、彼も、何故か頷いていた。


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