帰還
突然、周りがわっと盛り上がった。
「ダグワーズ様が戻られた!」
「討伐隊の方々が、無事に戻られた!」
大きな声で聞こえる、彼らの名前。
アッシュは声をかけられて、その方向ににこやかに手を振り返している。
アッシュ以外の人も、涙ぐみながら手を振っている。
そうか、魔物を退治しに外に行ってくれていた彼らは、街の人たちにとって英雄なのだ。
亜優はこの団体から気が付かれないうちに抜けた方がいいだろうかと考える。
しかし、却って不審に思われるかもしれない。
どうしようかと悩んでいるうちに、彼らは馬車に乗り込む。
ここで乗らずに見送ってみようか――とも思ったが、アッシュから促されて乗ってしまった。
「どこへ行こうとしていた?」
馬車に乗った途端、不満げに言われて、気がついていたのかと驚いた。
アッシュ以外はなんのことやらという表情だ。
「ええと……どこか、職探しに」
この際、生きていければ何でもいい。
できれば穏やかな暮らしがしたいけれど、常識知らずの女じゃまず無理だろう。
「身内は?」
別の世界にはいます。こちらに来た時の様子を考えれば、亜優に関しての記憶をなくしているような気もするけれど。
なんて言えるはずもなく、亜優は小さく首を振る。
アッシュは顔をしかめて顎をくいっと上げた。
「今までは何をしていた?馬車であそこまで連れて行かれたんだ。何かの用事か仕事だろう?」
馬車は中が綺麗だったと言う。
魔物に襲われて、あっという間に食べられたのだろう。凄惨な現場だった割には、馬車にはほとんど傷が無かったと言う。
亜優が抵抗もせずにあそこまで連れて行かれた証拠。
直前まで彼らを信用していたのだ。
「翻訳を……私は、言語が得意です」
というか、それしかできないけどね。
自重しながら言うと、思ったよりも好感触が返ってくる。
「へえ?翻訳?通訳もできる?」
「は……はい。多分」
意識していないと誰が何の言葉をしゃべっているか分からなくなるけれど、口元を見て居れば分かる。
あとは、伝える相手を意識しながら話せば、自然とその言葉が出てきているらしい。
アッシュは目を見開いて、笑みを浮かべる。
「それはいい。うちで働き口を紹介しよう」
アッシュが簡単に言うから、嬉しさよりも驚いてしまう。
「そんな、簡単に……」
「通訳として働いてくれる女性は貴重だ。その人材を確保できるんだ。最高だよ」
亜優は少し悩んで、彼の言葉に甘えることにした。
そこまで世話になるわけにはいかないと、どうにか自力でやることも考えた。
しかし、翻訳という仕事をしていれば、元同僚に会うかもしれない。その時、自分の身を自分で守れるかどうか怪しい。
何より、探しもせずにすぐに仕事と住居を提供してもらえる。
今日、野宿をしなくてもいい。それが最大の魅力だった。
「命を狙われたばかりなんだ。当然だろ。アッシュの家に行かなきゃ、俺の家に連れてくところだ」
レキトが言うと、周りの人も同意を示して頷く。
――命を狙われたからこそ、そんな厄介な人間を引き取ろうとする彼らの感覚に驚かされる。
レキトは、全員の代表としてと、言いながら亜優に告げる。
「君のおかげで、俺たちは帰って来れた。感謝してる」
そんなわけがない。
亜優は、ただ助けてもらって、食事も寝床もお世話になっていただけだ。
ただの偶然が重なっただけで、感謝なんてされることなんて一つもない。
守ってくれた人たちの優しさに感動しながら、亜優は頭を下げた。
そして、亜優に帰れる家がないことが分かると、アッシュはそのまま亜優を家に連れて行くと言う。
城が見える広場まで来て馬車が停まる。
この三か月間、ずっと一緒だったであろう彼らはいそいそと自分の家に帰っていく。
「じゃあな。亜優もまたな」
「は、はい」
レキトまで嬉しそうに家に向かってしまい、アッシュと二人残される。
どうしようと呆然としていると、腕を引かれた。
「さ、俺たちも帰ろう」
亜優の場合、『帰る』であっているだろうか。
「あっさり別れたから、驚いてるのか?」
亜優が突っ立っていたことを理解してアッシュが笑みを含んだ声で聞いてくる。
亜優は、アッシュに促されて歩きながら答える。
「あんまりに……こう……と思いまして」
言葉を濁しすぎて、もはや何を言っているか分からない亜優の言葉に、アッシュは笑う。
「別に、同じ仕事をしているんだ。さすがに明日は休ませてもらうが、次に出勤した時には会う仲間だ」
なるほど、それもそうか。
長い間一緒に旅をしたからと言って、別れるときに抱き合って別れを惜しんだりはしないのか。
さっきまで賑やかな広場だったのに、少し歩くだけで、閑静な住宅街……といっていいものだろうか。大きな屋敷が立ち並ぶ区域に入った。
ここは、貴族が済む区域ということだろう。
一つ一つの屋敷が大きすぎて、住宅街と呼ぶには似つかわしくない。
「ここが俺の家だ。先に連絡はしている。入って」