到着
街の門まで、亜優の足で歩いても二、三時間で着いた。
普段、運動していないので、二、三時間でも実は結構きついのだが。
軽く息切れしているが、周りが全くその様子が無いので、我慢してなんてことのない表情を取り繕ってみる。
「もう少しだ。もうだめだったら言ってくれ」
――体力がないことは、バレているらしい。
この時間休憩なしで、大きな荷物持って歩いて亜優よりも平気なんて。
少し悔しい。
もう少し、せめて一日歩けるほどの体力があれば、ここに居たいと言えるかもしれなかったのに。
無理だなんて、足が動かなくならないと言わない。なんて、妙な意地を見せてしまった。
これ以上、迷惑なんてかけられない。
見慣れた門が見えてきたとき、ようやく着いたとアッシュを見上げた。
彼は、ぽかんと門を見上げていた。
どうしたのかと、周りを見回すと、全員が口を開けて門を見上げていた。
「こんな、簡単にここまで来た……」
アッシュが後ろを振り返る。
つられて亜優も振り返るが、特に何もない。
「魔物の気配はない。ここで……一日過ごすことができれば、帰れる」
亜優は、目を瞬く。
簡単にここまでというのは、本当はもっと難しい道のりになる予定だったのだろうか。
不思議そうにする亜優に、アッシュが説明をしてくれる。
アッシュたちが街に近づけば、彼らを追って何かがついて来るので、彼らはずっと、街に近づくこともできなかったのだそうだ。
魔物の匂いがついた討伐隊は、魔物に追い回されて、街に近づくことさえ許されなかった。
『魔物を退治に出かけた自分たちが、魔物を街に近づけるわけにはいかない』
その矜持だけを持って三か月戦ってきたのだ。
亜優と共に街に向かっているときも、魔物が近づいてくるだろう。
できるだけ門に近づいて、街道の傍まで誘導して、亜優だけを向かわせる予定だったらしい。
だから、後ろを振り返らずに走れと言われていたのだ。
そんな無理をしてもらっていると思わなかった。
よほど、ショックを受けた顔をしたのだろう。
「そんな顔をするような気がした」
アッシュは困ったように微笑む。
「俺たちは、守るための討伐隊だから。亜優のことも守る。……本来であれば、森に捨てるなんて冗談じゃないんだよ」
辛そうなアッシュの表情に、亜優は今更気が付いた。
魔物に、エサを与えるような行為が行われた。
討伐隊が必死にやっていることを無駄にする行為だ。
それを、高位貴族が指示したかもしれないとすれば、討伐隊としては、やるせないだろう。
「護符も貼らないで街道を外れたような奴らだから、理解が薄い奴らだったんだろうけどさ」
リキトがアッシュの肩を叩いて笑う。
「これ以上は、目の前で被害を出さない」
アッシュの宣言を他の人も頷いて同意を示す。
「……ありがとうございます」
彼らの信念に感動するとともに、ここまで一緒に来れたことが奇跡に等しいことに、恐ろしさを感じる。
魔物が闊歩する森を、一人で走る?
魔物と戦う彼らをおいて、一人で逃げて門まで?
――そうならなくてよかった。
彼らの想いに反するようで申し訳ないが、そんな状態で、一人で逃げられる自信はない。
倫理的なとか、感情の問題というより……体力的に。
申し訳ないとしか言いようがない。
「じゃあ、明日には街に入れるんですね。私も明日まで一緒にいてもいいですか?」
亜優が聞くと、アッシュは驚いた顔をする。
「亜優は今からでも入れる。わざわざ危険を犯すことは無い」
「あー……そう、なんですが」
彼らを最後の最後まで利用することに、罪悪感を覚えて、亜優は言葉を濁す。
どういう言い方をしようかと視線をうろうろ彷徨わせていると、ふっと笑う声が聞こえた。
アッシュの後ろで、リキトが、面白そうに笑っていた。
「街から追い出されたんだ。一人で戻れば目立つだろ?また捕まえに来るかもしれない。俺らに紛れて街に入りたいんだろ」
ズバリと言い当てられて、亜優はばつが悪くて顔を伏せる。
ここまで連れてきてもらって、アッシュが早く安全なところにやってくれようとしているのに、そうではなく、さらに使おうというのだ。
「はい。……すみません」
バレないように彼らを使おうとしたことを謝罪した。
最初からそうしたいと正直に言ってお願いすればよかったのに。
せめて、察せられる前に、自分で言えばよかった。
いたたまれない。
自分のためを思って動いている人に、もっと迷惑をかけることをしてもらおうとしているのだ。
「ああ、なるほど!了解!」
しかし、アッシュは簡単に笑い飛ばしてしまう。
「謝られることなんかないよ。別に構わない」
アッシュも、他の人も、みんな何をそんな深刻になっているのかというように亜優を見る。
言ったリキトでさえ、「そんな謝るようなことじゃないだろ」と驚いていた。
「で、でも……黙って利用するようなことを……」
「真面目だな!亜優は守られる立場なんだから当たり前だろう。弱い自分の権利だと思って胸を張っていればいいさ」
ホッと、安心して息を吐く亜優を見つめてから、アッシュはリキトと視線を交わした。
何より、彼女には傍に居てもらった方がいいかもしれない。
昨日とは全く違う森の穏やかな様子。
いつも感じていた体の重苦しい不調が消えた。
何より、魔物の気配がしない。
全ては、亜優が来てからだ。
亜優が傍に居てくれる方が、街の中に入れるかもしれない――と思っていた。




