第2話 早い話、田舎娘は手で走る方が速いという話 その2
「さて、本来は筆記の試験を始めに受けて頂く予定だったのですが……。この方の推薦ということであれば問題はないでしょう。ではこれから実技の試験を行いますので私に着いてきてください」
と、いうことでアタシ達は今、試験官のスティングさんに連れられて地下へと来ています。
初めは地下と聞いておどろおどろしい場所かと思いましたが、なんと地上の役場よりも“高級感”に溢れててビックリです。
ですがそれがかえって私の緊張を更に高めます。
「羊が1匹……、羊が2匹……、執事が3匹……、羊が4匹──、」
『なに寝ようとしてんの。それに執事を飼うんじゃなくて雇いなさい』
「ご、ごめん」
『……らしくもないなー。緊張だなんて』
「うん……」
まだ試験の内容は分かりませんが、本当に今の自分に不安になってきて仕方がありません。
そして更に緊張感が高まります。
まさに負のスパイラルです。
『……今さらだけどさ、アレシアって有名人だったんだね』
そんな私を見かねてルナが別の話題を出してきます。
「それはアタシも思ったなぁ」
推薦者名という箇所にアレシアちゃんの名前を書いて出したのですが、スティングさんがそれをもって一旦奥へと消えた後でその奥の部屋から驚きの声が聞こえて来ました。
しきりに“あの桶屋潰し”という単語が聞こえてました。
「姐さんに推薦者名のところに書いとけって言われた時は何のことか分からなかったけど」
それを聞いてスティングさんは不思議そうにこちらを見ます。
「後で確認はとりますが、本当に“桶屋潰し”のお連れ様なのですか?この大陸においては知らない方が珍しいと思われますが……」
『恥ずかしながらボクらは超弩級ド田舎出身だからね。その二つ名もちょっと前に入った町で初めて聞いたんだよ』
第一、アレシアちゃんの顔を見ても誰もそれらしい反応もしませんし、どちらかと言えば名前だけが一人歩きしてる印象です。
それに2人とも積極的にその名前を出そうとはしませんし。
「なるほど……。では何故“桶屋潰し”という名が付けられたかもご存知ではありませんか」
「すいませんが知らないです」
『誰かが勝手に付けたんじゃないの?』
「いえ、ちゃんとその二つ名には意味がありますよ。……まだ準備の時間もありますし少しお話しましょう」
そう言ってスティングさんがパチンっと指を鳴らします。
すると何処に居たのやら、アタシ達とスティングさんの間に1人の全身真っ黒な格好の人がシュタッと現れます。
「彼女と“あの事件”の資料を」
「こちらに」
「ご苦労。準備ができ次第知らせなさい」
「御意」
真っ黒な格好をした人はスティングさんに何枚かの紙を渡すとすぐにまた、先程とは逆に一瞬で姿を消します。
「あの、今の人は……」
「私の秘書です」
『いやいや、あれは一般で言う“秘書”とは絶対何か違うでしょ』
確かにあの動きはアタシの故郷でも追える者が少ないほど、常人の枠を超えたものでした。
あれはどちらかと言えば暗殺者とかその手の類の気が。
「これは困りました。まさか私の秘書の方に関心がいかれるとは」
『ふつーに考えたらそっちの方に興味が湧くでしょ』
確かにアタシも結構あの秘書さんが気になったり……。
「では秘書については試験終了後に時間があればお話ししましょう。……これでよろしいでしょうか?」
瞬間チリっと同時に感じる2つの何か。
殺気とかそんな物騒なものではありませんが、暗にこれ以上踏み込むなという意志を肌で感じます。
ルナも同様にそれを感じたようで、
『分かったよ。じゃー後でね』
と、珍しくそれ以上の言及はせず引き下がります。
ふむ。
事前に聞かされてはいましたが、やはり国家勤めの人間は腹に何か一物を抱えているようです。
「では、桶屋潰しのことについて説明します」
そしてスティングさんは何事もなかったかのように話を進めます。
このようなやり取りも実手慣れているのでしょう。
……まあ、これ以上詮索してもあまりいい事はなさそうですし、私は大人しく耳を傾けることにします。
「始めに桶屋潰しが汚染物に対してどのような攻撃手段を持っているかはご存知ですよね」
「えっと、羽から何かいっぱい出すやつのことですか?」
『水鉄砲みたいな感じだよね』
「そうです。そしてその攻撃の威力が桶屋潰しという二つ名の由来となっています」
確かにあの威力は本当に凄まじくて大抵のものは塵も残さず消えます。
ですが、
『でもさ、威力だけならそんな珍しいものじゃないよね。ここに来る途中の町で会った汚染者の1人も土とか取り込んでどデカいハンマーで圧殺とかしてたし』
そう、他のものを取り込んで攻撃したりする汚染者は数こそ比較的少ないですが、よっぽど珍しいものではありません。
それにアレシアちゃんのあれは本人も言っていましたが、非常に燃費も悪い技です。
「はい、確かに報告を見る限りはあの程度の威力では二つ名が付く程ではありません」
『ならなんでご丁寧に有名な二つ名なんて付いてるの?』
「それは2年前のとある事件が直接的な要因となっています」
そう言って彼は1枚の紙をこちらに見せます。
「“メズアルナ消失事件”、ですか」
それは“メズアルナ消失事件”簡易レポートと書かれた紙でした。
名前からして穏やか内容ではないのが一目瞭然です。
『なにこれ?メズアルナってなに?』
「メズアルナとは嘗てこの大陸の西側の国に存在した町の名前です」
「嘗てとあって消失ってことは、」
「はい。この事件によって町そのものが消えてしまいました。物理的にですが」
おっといきなりスケールのデカい話しになりました。
“泡”によって町が廃れて消えることは珍しくない話ではありますが、この言い方ではまるで消し飛んだみたいな……。
「あのまさか……」
「はい、ご想像の通りかと思いますがメズアルナの町を消したのは桶屋潰しです」
『……冗談にしては笑えないよ』
「冗談ではなく事実ですので」
私はもちろんのこと、普段はそうそう動じないルナも思わず閉口してしまいます。
なにせ町をです。
それはどう考えても人間どころか汚染者の域を超えたものです。
「……さて、この事件の発端はとても不運で不幸な出来事から始まります。その日メズアルナの町では町の有力者を集めた町内会議が開かれていたそうです。その日は幸か不幸か全ての有力者が集まっていた為、会場にはかなりの人がいたそうです。ざっと40人はいたと報告書には記載されてます」
『うわっ、それはまさかー』
「そんな密集した空間に突如として“泡”が出たようなのです。サイズ等は不明ですが、それは破裂した途端瞬くにそこにいた全ての人間を汚染物へと変えたようです。ここの記述部分に関してはその時に建物内にいた人間の中に生存者がいないのであくまで推測ですが」
「いっぱいの汚染物が……」
『ざっと20体くらいでたの?』
「いえ。恐らくではありますが、それは1体の汚染物を核としてその場にいた全員を取り込み1体の大きな汚染物となったようです。目撃証言では一瞬で昼間だったのに辺りが急に暗くなったとの報告もあります」
本日2度目の閉口です。
“泡”の性質的にも密接していない限りは少し距離が慣れていれば、巻き込まれて吸収されるなんてことはありません。
ということは“泡”そのものがまずもって規格外の大きさだったということになります。
『そんな暗くなるくらい大きかったらさ、それだけで町壊滅してない?』
「あくまで目撃証言ですので。恐らくは急速に縦方向へと拡大後にその体を安定させるため横へ伸びたものと。ですがその形態変化で町の半分が潰れたようです」
「ホントに大きかったんですね……」
「過去の資料を見ましても、これと同サイズかそれ以上と思われる汚染物は指で数えれる程しか存在していません」
『あるのか。少ないけどそんな化け物が過去に』
「ええ。そしてそれらは全て国家がその総力を上げてギリギリのところで処理されていたようです」
本当にそこまで聞くと想像ができません。
仮にそんなものがもし目の前に現れたら果たしてアタシ達に何ができるのでしょうか。
『で、話としてはそんなヤバいヤツを桶屋潰しがメインとして汚染者たちが倒したって話?』
「概ねは、ですね。訂正するのであれば“たち”ではなく、たまたまその街を訪れていた桶屋潰しが1人で処理をしたということぐらいでしょうか」
……もう何も言うことはありません。
正直うすうす分かっていましたから。
「さて、後は簡単な話です。メズアルナは有数の赤油産出地でしたから、桶屋潰しは自身の翼でそれらを可能な限り全て取り込みました。そして上空からそれを放ち汚染物共々町を1つ消し飛ばしたというのがこの事件の大まかな概要です」
『わおっ。1番大事な最後がさらっと流されたけど、その割にガッツリ凄いことやってる』
まあ、結果は分かっていたとはやっぱり凄いことをしています。
似たような特性の方でも果たして出来るのでしょうか。
「ですからあの二つ名は、雨のように燃料を降らした様から中央の研究者から桶屋潰しと付けられたのです」
『あれ?じゃあ“桶屋潰し”はどっからきたの?』
「ああ……。それは町1つが無くなり大勢の犠牲者が出たのにも関わらず遺体が全く残っていなかったことから、その手の業者が規模に対して全く儲からなかったというところから来ています」
『そのエピソード要らないでしょ』
と、ここで疑問が1つ。
「どうやってあの子が飛んでたのかは分かりますか?」
確か飛びながらあれは出来なかったはずなのですが。
原理こそは分かりませんが、一応羽を動かして飛んでいた筈ですし。
「報告書には羽を地面に向けそこへ放つことで水圧を用いて身体を浮かせていたと記載されていますね。それと背中に誰かを背負っていたという証言も」
『姉御か』
アタシは自分の横で浮かぶ本に目をやります。
全部を覚えているわけではありませんが、姐さんはこの本が視える人は干渉出来るという特性を用いてアレシアちゃんを空中戦で固定させたりしたのでしょう。
というよりアレシアちゃんの性格的にもこんな風にさせたのは間違いなく姐さんです。
「色々とツッコミどころがありそうなのに、一見するとそう見えないのが凄いですね」
「はい。それ故に“桶屋潰し”という名は有名なのです。中にはその存在を認めずに汚染者のプロパガンダという陰謀論を吹聴される方もいますが」
それにしても不思議な話です。
名前というか二つ名は聞いている限りは有名なのに、誰も本人のことを知らないだなんて。
姐さんのことだから意図してそのようにしてる可能性も否めませんが。
まあ、間違えなくそうしているのでしょう。
『いやー。なんだか凄い話聞いちゃったねー』
「そうだね。聞いても教えてくれそうになかったしね」
姐さんもそうですがアレシアちゃんの方も大概謎が多いの人物です。
染めてもないのにナチュラルに蒼い髪なんてこれまで見たことありませんでしたし。
ただ、こうやって仲間のことについて間接的に知っていくのも悪くはないものです。
ま、今は試験前なのですが。
あれ、そう言えばいつの間にか潰れそうになるほど感じていた緊張感が消えています。
ふと、彼の方を見るとアタシの視線に気づいたのかこちらに少し含んだ笑みを見せ、
「おや、これは丁度良いタイミングです。話している間に準備が出来たようですね」
「え?」
唐突にそう言って彼はポンと手を打ちます。
すると目の前の扉が開き、広い闘技場が眼前に姿を表します。
そしてその中央では、
「......」
1体の人型汚染物が檻の中に収容されており、こちらをじっと見つめています。
そして、アタシ達は促されるまま闘技場へ入ります。
『今からするの?』
「ええ、準備が終わりましたので」
『うわっ、こっちはまだ気持ちの準備出来てないのに』
「これも試験の1つですよ」
後ろの方で扉の閉まる音が聞こえます。
退路は絶たれました。
「では開けて下さい」
ガコン、と錠の開く音が聞こえると共に、軋むような音を上げながらゆっくりと鉄の檻が開ていきます。
『全くとんだ試験官さまだ。未だに何をする試験かも分かりはしないよ』
「でもさ、緊張感はなくなったよ」
『それはよかったね』
「それでは試験の概要を説明します」
後ろから声が響きます。
振り向けばさっきまで横に立っていたスティングさんは2回の観客席に立っています。
「今から貴方達にはその汚染物と相手をして貰います。ただし、私の指示に従って行動を行って下さい」
『正しい手順で対処できるか見るわけか。実践じゃ役に立たなさそーだけど』
「でも基礎あってこその発展だし──」
「それでは汚染物を放ちます。構えて下さい」
シュルっとルナがタオルの端を伸ばし、私の脚へと巻き付きます。
『取り敢えずは機動力重視でいこう』
「うん」
そして、一段と大きな音がし檻が完全に解放されます。
「......!」
『くるよ!』
「それでは初めて下さい」
***
『んじゃ頂きます』
ルナはタオルの端を伸ばし、倒した汚染物から出てきた“泡”を手から吸います。
「お疲れ様でした」
観客席からスティングさんが降りてきます。
「あの結果は……!」
「これから書類等をもう一度確認を致しますが、実技試験は合格です」
「よ、よかったぁ〜」
気が抜けたのか膝から崩れて座り込んでしまいます。
実際のところはそこまで大変だったわけではありませんが、安心すると人間やっぱりこうなってしまうものです。
よく考えたら人間かどうかは少し怪しいところですが。
「さてお疲れのところ申し訳ありませんが、これから証明書発行の手続きがありますので上のフロアへ戻りましょう」
『ん?まだ書類とか確認あるじゃないのー』
「書類は上の方へ回し精査をしますが、虚偽の記載等がなければ問題はありませんので。ですから同時進行で行います」
『なるほどー』
「分かりました」
“泡”を吸い終わったルナはそのまま手を引っ込めずにそれを地面につけアタシの体を浮かします。
そして脚を解くとピタリと体が立ちます。
「ありがとう、ルナ」
『まま。これも練習だからねー』
と、ここでどこからか
「主任〜!!」
と言う声が地下に響きます。
「……おや?何か上であったようですね」
そして廊下からパタパタとこちらへと誰かが向かってくる足音が聞こえます。
「開けてあげなさい」
その声に答えるように闘技場の扉が開きます。
果たしてそこから入って来たのは始めに受付けでアタシ達の対応をしてくれたお姉さんでした。
「何かありましたか」
「それが、先程10歳ばかりの子が来たのですが……」
「迷子ですか?」
「いえ、それが“タオルの田舎娘を出せ”と言って暴れだして」
……これはあれですかね。
タオルの田舎娘なんて言い方をするのは1人しかいませんし。
「あの、その子耳付きの赤いフード被っていませんでしたか?」
「……お連れの子?」
「あー、やっぱり……」
『お連れというか、ボクたちが連れられてるというか』
「?」
話している間にも真上からズウンという音が聞こえます。
「主任!どうしましょうか」
「ひとまず彼女たちを連れて上に上がりましょう。恐らく私が想定している人間なら、何か非常事態に直面していることでしょうから」
「そうですね。姐さんだと下手すればこの建物壊しちゃうかもしれませんし」
『うん、容易に最悪の事態が想像できるねー』
ですが時既に遅しでした。
「ここかっ!!」
ズドンッと、何かを撃ち抜く音が響くと同時に闘技場の固い土の天井に穴が開けられ、1つの小さな影がこちらに落下してきます。
「姐さん!?」
『やっぱりそうだよね!』
ルナが手を伸ばし大急ぎで地面とキスをしようとしている姐さんを受け止めます。
「やっぱりここにいたかお前ら」
「ちょっと姐さん何してるんですか!?」
「いや、一大事だったからつい」
悪びれもせずに姐さんはそっぽを向きます。
ただ、向いた先の方にいたスティングさんと目が合うとビクリと体の動きを止めます。
「……なんでお前がここにいんだよ。確か中央じゃなかったかスティングさんよぉ」
め、珍しく姐さんが敵意を剥き出しにしています。
「ちょっとした配置転換ですよ」
「……クソっ。分かってたらここでやらせなかったよ」
「私のことを気にしてていいのですか?何か用があってここにきたのでしょう?」
「ちっ。ごもっともだ」
そう言うと姐さんはこちらに体を向き直します。
『そう言えば姉御。アレシアは一緒じゃないの?』
というルナの問いに姐さんは、
「緊急事態だ。アレシア拉致られたくさい」
と返すのでした。
……思ってた以上に大変なことが起こっています。
NEXT 『早い話、田舎娘は手で走る方が速いという話その3』