第2話 早い話、田舎娘は手で走る方が速いという話 その1
これは一体どういう事なんですかね……。
ベッドから体を起こして辺りを見渡しても、この部屋にはアタシとルナしかいません。
そう、目の前で何故か青く光っている本の持ち主?はこの部屋にはいないという訳です。
ルナと共に旅仲間となって1ヶ月。
ずっと気にはなっていたのです、姐さんの横をフワフワと浮かんでいたこの本。
初めはこれが“最近の都会の流行りかー”程度に思っていましたが、昨日の夜から入ったこの大都市でも未だにこの様なモノには遭遇せず。
つまり現在この本は私から見て摩訶不思議アドベンチャーという感じです。
さて、どうしましょうか。
とりあえずはミステリアス幼女な姐さんに確認すべきですかね。
いや、もしかしたら気づいていない可能性も……?
うーん。
考えてもままなりません。
ここは私よりも頭のいいルナを起こして考えて貰った方が、
『……あれは5つ目の世界で新暦4255年の話だ』
壊されかねない勢いで開かれたドアと共に入ってくる怒声。
反射的にその方向を見ると、何とも形容し難い形相を浮かべた姐さんの姿が。
『……敵襲?』
そして、私の頭上からする若干眠気の混じった声。
モーニングコール代わりの怒号でルナも目が覚めたようです。
「多分違うと思う!」
『そう……。もう少し寝る……』
そう言うが早いが寝息が聞こえ始めます。
相変わらず寝るのが早い娘です。
……これも前から気になっていたのですが、ルナは寝る必要があるのですかね?
って、そうじゃなくて!
『第四次ディザム遠征において私の僚機がデブリの影から圧縮粒子砲で狙撃された。コクピットを撃ち抜かれた僚機はその最期、私の機体に腕を伸ばす様な動きをしながらも爆発四散した。勿論、そのような状況で生存は絶望的だ』
「あの……、姐さん?」
『私は瞬時に敵へビットを飛ばしそれを破壊した。そして、友軍に僚機がやられた事を報告するべく通信のチャンネルを開いた。だが、』
気付けば姐さんはアタシのベッドに乗っかり目と鼻の先に。
『聞こえたきたのは「なんか変な本が隣にあるんですけど!?」という先程撃ち落とされた筈の僚機パイロットの間抜けな声だった』
「ちょっ、近すぎですよ姐さん!」
「……オレが何を言いたいか分かるか?」
「全く分かりません!」
「“あれ”、見えてんのか」
「あれ?」
姉御が指を指す方。
そこには先程から青く光りフワフワと浮いている本が。
……あれというのはやはり本のことですかね?
「……あの本ですか?」
「いつからだ」
「えっと、村からです!」
「どこの!」
「故郷です!」
「そういう事はさっさと言わんかど阿呆がぁっ!!」
「そんなこと言われましても!?」
「仲間イベントすっ飛ばしてんじゃねぇ!!」
──────
────
──
あの後アタシはアレシアちゃんが助けてくれるまで揉みくちゃにされました。
もうお嫁にいけない……!
「そこまでしてねーよ。それにその身体じゃ元から無理だっつーの」
「姐さんなに勝手に見てるんですか!?」
「勝手も何もコレはオレのだからな?」
うう……、そうでした。
なんだか自分の中を見られてるようで恥ずかしいです。
「お前の場合は中身が顔に出てるから別に気にする必要はないと思うが」
「余計気にしますよ!」
「別に悪い事とは言ってないんだがな」
「……そうなんですか?」
「少なくとも出歯亀してるムッツリよりかは」
その途端奥の台所から尻もちをついたような音が聞こえます。
「アレシアちゃん……?」
「飯はもう出来てるみたいだな。じゃ、朝食をとるついでにもう少し詳しく話をしてやろう」
***
さて、朝食の間アタシ達はこの本の事についてや、姐さんのことについて色々と教えて貰いました。
正直言うと未だに“異世界”とかいうものがイマイチぴんときてはいませんが……。
まあ、とにかく前から感じてはいましたが、姐さんが只者ではないということは分かりました!
『わおっ。あの話の感想収まる辺りシャリーも只者じゃないよー』
「あっ、起きてたんだ」
『うん、おはよー』
「おはよう」
ルナは完全に目が覚めたようで、さっきまでは頭上に乗っていただけの体を端からシュルリと私の後頭部へと回し、いつもの様に巻き付きます。
今日もナイスフィット感。
『ねぇ』
「なに?」
『さっきの話を聞く限りではさ、ボクらって“観測”してる側からすれば初登場って訳じゃんか』
「そうだね」
『じゃあ“ボク”ってどんな感じで受け取られてるんだろ』
おお、確かに今日起きてから1度もルナについて踏み込んだ言及をしていませんでした。
これでは、今現在ルナがどんなものであるかも見てる人からは分かりません。
『“もの”、か……。シャリーにしては珍しくピンポイントで的を射てる言葉だ。確かに“物”ではあるかもしれないけど、ボクは同時に“者”でもあるんだしね』
「ルナ凄い!聞いてるだけじゃ意味がよく分からないけど、文字にしたらちゃんと意味が分かる!」
『出来れば聞いてるだけでも分かって欲しいんだけどなー』
「それは無理」
あいにくアタシはそこまで頭の回転が早くないのでルナには悪いですがそれはスルーです。
……よし、折角ですのでここでルナの紹介をしましょう。
一応私の考えている事が書かれるみたいなので、上手く行けば書き出せるかも。
『てっ、今更だけどそんな事してる時間あるの?ボクの事なんて“元人間のタオルちゃん”ぐらいでいいんだよ』
「随分と適当だね」
『それでいいんだよ。で、時間は?』
「ん?」
時間?
はて、何のことでしょうか。
『……もしかしてここに来た目的忘れてる?』
えっと、確か……。
「しょーばいと、赤油の補給!」
『それは姉御とアレシア!今日ボクたちは、』
ドンドンと個室のドアを乱暴に叩く音が聞こえます。
「お前いつまでトイレに篭ってるつもりだっ!受付けの時間って短いんだよ!」
「受付け……」
『登録しに来たんでしょ?』
はて、受付け。
ここにきて受付け。
登録……。
「あっ」
「さっさと役場で汚染者の登録をして来い!」
***
さて、姐さん達とは宿で別れましてアタシ達は今、汚染者として登録する為にこの国の中心にある役場へと向かっています。
昨日初めてここを歩いた時は思わず“人酔い”をしてしまいましたたが、今はなんとか大丈夫です。
ですが改めてこの街の光景には驚かされます。
初めて村を出て訪れた町でも人の多さにビックリしましたが、ここはその比ではありません。
“国”の中心であるこの街はそれだけ、アタシの想像を超えた大きさです。
ルナもそれは同じなようでさっきから、
『うわーあれなに凄い』
としか言ってません。
『あれってエッチをする店じゃない?』
「ちょっ!?」
お互いに感じ方こそ違いますが、初めて尽くしの出来事に驚きを隠せません。
『もう少しじっくり見たいけどさ。観光は登録の試験終わってからじっくりしようねー』
「そうだね。そのためにここへ来たんだから」
今朝はうっかり忘れていましたが、今のアタシたちはのんびり観光をする為にこの街にきた訳ではありません。
汚染者としての仕事をする為に、ここで試験を受けて登録する為に来てるのですから。
『でもなーんでそんな大事なことなのに忘れてたの?』
「いやだってそれどころじゃなかったじゃん!朝起きたら本が浮いてるし、姐さんは別の世界の人だし!」
朝の出来事は本当にそんな大事なことが頭からすっ飛ぶほど衝撃的でしたが。
『まっ、あんな話いきなりされたら分からなくもないけどさ』
「でしょ?あわあわしちゃって忘れちゃうよ」
『……ねえ、ぶっちゃけあの感じを見るにさ、姉御はここに置いてく気だったよね』
「誰を?」
『決まってるじゃん。ボクたち』
「そうだったの!?」
『いや、どー見てもそうだったじゃん』
「うーん……」
『ほら今までのこと思い出してみなよ』
……確かに思い返してみれば、ここに着くまではどちらかと言えば旅の仲間というよりかは客人の様に護られていたような気がします。
それに、今朝も“仲間イベントをスキップ”がどうとか言ってたような……。
『姉御的にはその浮いてる“本”が見えてるかどうかがポイントだったんだろうね』
「でもそれなら酷いよー。こんな私たちだけ街に残されてもどーしよーもないじゃん」
『だからわざわざここまで運んでくれたんじゃないかな。汚染者として登録出来たらそれで仕事が出来るんだからさ』
なるほど。
つまりは姐さんとしては仲間にする気はなかったけど、アタシたちが自立して食べられるようにして上げるつもりだったのでしょうか。
ですが、
「でも、もうアタシたちはこれからも姐さんたちと一緒に行けるんだよね?」
『だと思うよー。わざわざ荷物降ろして商売道具の準備してたからトンズラこくつもりはないってことだしね』
「なら問題なし!」
もしかしたら姐さんたちと今日でお別れだったかもしれないと思うと、ひとまずこれから先も一緒に旅を出来るというだけで大丈夫です!
『……それもそーだね。ところで、』
「?なに」
『そんな大きな声で喋ってていーの?』
「へ?」
クルッと視線を回せば、何故かアタシに大量の視線が。
「随分とデカい1人会話ね」
「あの子は1人でなにを……」
「お母さん、あの人」
「しっ、見てはいけません」
な、なんということでしょう!
まるでアタシが痛い子のように……。
『ボクの声は確かに周りにも聞こえてるとは思うけどさ、普通に考えたらまさかタオルが喋ってるなんて思うはずないよね』
「先に言ってよっ!!」
視線に耐えきれずアタシは全力ダッシュでこの街でも一際大きい役場へ向けて駆け出します。
これまで村を出たことがなく、こんなに人が多い場所に来ることになるなんて想像したこともなかったのでいつもの様に……。
『それは関係ないんじゃ。今まではあの2人から離れず行動してた訳だから独り言に見えなかっただけだし』
「ぬがっ!?勝手に見ないでよ!」
『ちょうどいい位置に浮いてたもんでね。これって、ボクも触れるみたいだし』
「こっ、こら!は、恥ずかしいからそれ以上はみな、」
『おっと独り言の次はパントマイム?』
「「……」」
更に先程より視線が……!
「ルナのバカーっ!!」
アタシは顔を上げることが出来ず、俯きながら役場までを走り抜けました。
***
「大丈夫ですか……?良かったらこのお水を」
「あ、ありがとうございます」
先程まで二重の意味でバクバクしていた心臓もようやく落ち着いて来ました。
「先程はすいませんでした……。あの、アタシなにか壊したりしてませんでしたか?」
全力で走りすぎた結果ブレーキがきかず、アタシの体は弾丸のように役場の受付けへと突っ込んでしまいました。
ルナがクッションの代わりに身体を展開してくれたお陰で怪我はしませんでしたが、何か壊してなければいいのですが……。
「いえ、くそじj……、ではなくて役人様が腰を抜かして倒れただけですので。ご心配なさらず」
「それは大丈夫なのでしょうか!?」
「お気になさらず。さて、本日はどのような件で?」
「でも……」
『気にしなくていいって言ってるんだし、それより要件言っちゃいなよ』
ちょっと、ルナ!?
「あら、どこからか声が……」
「あ、えっと!汚染者としての登録を受けに来ました!」
「汚染者の方でしたか。では、担当の者を呼びますので少々お待ちください」
「は、はい!」
そう言って受付けのお姉さんは奥へと下がっていきます。
『シャリー、こんな時はさっさと言わないと先に進まないよ?』
「そうだけど……」
……何故か今になって妙に緊張してきました。
『頭が冷えた途端にこれじゃ心配だなー』
うう……。
ルナに何も言い返せません。
「これで試験に落ちたらどうなるんだろ……」
『確か2回目は半年後からでしか出来なくなるのかな』
「落ちてもそのまま行くんだったよね?」
『そうだね。そうなると次の国に行くまでは半年以上はかかると思うから、アレシアにはその間ずっと負担を強いることになるね』
「失敗できないね……」
汚染者として登録されていない人間でも、汚染物の処理は当然可能です。
ですが、登録されていない人間に対しては報酬の支払い義務は発生しません。
なので、“登録できない”姐さんを含め、アタシたちが汚染物の処理をしても稼ぐことが出来ないのです。
うお……、ますます緊張が。
『あっ、来たみたい』
そうこうしている内に奥から担当の人らしき方が私たちのいる方へ歩いてきます。
『ひょー。コイツはイケメンのお兄さんだ』
「村には絶対いなかった顔だね……」
その男性の顔は私の村に存在しない、実に整った顔です。
服装からして女性でないのは分かるのですが、女性の格好でもされたら間違えそうな程“美しい”容姿です。
でも、それだけではなく纏っている雰囲気もどこか他の人とは違う様な気もします。
なんというか、格が違うと言うのか……。
「私の顔に何か付いていますか?」
「い、いえ!?」
「すいません、貴女があまりにも私を凝視されていらしたようでしたから。それは良かった」
ぼーっと眺めていたら、いつの間にやらその人は私の前に腰掛けていました。
これから試験があるのに、しっかりしないとアタシ!
「貴女が登録をされに来た方ですか」
「は、はい!」
「私が今回貴方の担当をさせて頂く“ダルヴァ・スティング”と申します。本日はよろしくお願いします」
「えっと、アタシはシャルノア・テルマートです!スティングさんよろしくお願いします!」
よし!
ちゃんと名乗れました……。
「では、これから──、」
『ちょっと待って。もう1人いるんだけど』
「おや……?」
『ボク、ルナ・ジーリン・アングラル。よろしくー』
ルナはタオルの端を伸ばしてとんとん、と自分を叩きます。
って、ルナ何してるの!?
いきなりしたらビックリされますよ!
「これは失礼しました。先程も名乗りましたがダルヴァ・スティングです。本日はよろしくお願いします」
『どもども』
……あれ?
割とあっさり。
「大変失礼かも知れませんが、本題へ移る前に1つ確認をして頂いてもよろしいでしょうか」
『いいよー』
「それは私もですか?」
「はい。ではお二人に質問ですが、どちらが主体といったものはありますでしょうか」
主体……?
『ん?いや、どちらも独立してるけど。元はボク人間だし』
「なるほど、これは大変失礼致しました。ではお二人はそれぞれ独立した存在であるということですね?」
『そそ。人格が分裂してるとかそんな訳じゃなくてさ、形としては私がシャリーに寄生してる感じかな』
ああ、確かにアレシアちゃんが以前出会った汚染者の中に、腕にもう1つ人格を持っている人の話を聞いたことを思い出します。
「き、寄生とも違うじゃないかなぁ」
『まあ、お互い離れた瞬間に死ぬから共存かな。この場合は』
ルナはさらっと言ってますが、割りと深刻な話でもあります。
要はどちらか片方が死んだらもう片方も死んでしまうということです。
アタシが死んだらもルナも死んでしまうのですから。
ふとスティングさんに視線を向けると、難しそうな顔をしていましたが、こちらの視線に気づくとすぐにまた爽やかな笑顔に切り替えて、
「詳しい事情は分かりませんが概ねは把握致しました。では試験に移る前に、今からお渡しする紙に登録に必要ないくつかの細やかな質問を載せていますのでそちらへの記入をお願いします」
そして、アタシ達の前に2枚の紙が置かれます。
『あっ……』
「……」
「どうかなされましたか?」
「あの……、」
「はい」
「文字、書けません………!」
文字が書けないアタシの代わりにルナが記入し、結局アタシ達は1人という形で仮登録をしました。
「それではこちらへ」
『ま、これから覚えればいいよ』
「うう……」
果たしてこんな調子でアタシ達は汚染者になれるのでしょうか……。
NEXT『早い話、田舎娘は手で走った方が速いという話 その2』






