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6度目の異世界でオレは酒を売ってパイルで穿つ  作者: 佐薙 潤
大陸放浪編
2/11

第1話 先日お酒は売ったので本日は残りを回収します

 さて、以前から話は聞いていたが、いざ自分が当事者となればやはり緊張はするものだ。

 私は眼前に浮かぶ藍色の本、“退廃と汚染の世界(シャイニングアゲイン)”と題されたその本を前にして“お仕事”の時以上に緊張感を覚える。


 そうしている間にも目の前の本には上記がサラサラと綴られていく。


「へえ、珍しくオレ以外の所に行ったと思ったら……。この世界に来てからは初めての観測だな」


 私の腹上からはこの本の持ち主が声をあげる。


「と、その前にまずは“おはよう”だったな」


 彼、いや彼女はらしくもない歳相応の笑みを浮かべる。

 そして返しを求めるように私の頬にそっと手を添える。

 が、


「……っ」


 私は返すことが出来ずに思わず口ごもってしまう。

 彼女と旅をするようになってから2年も経ったが、この様な普通の“挨拶”で朝を迎える事が初めてだったからだ。

 もうすっかりそれが体に仕込まれてしまっている。


「なんだ、じゃあいつも通りでいいのか?」


「えっ……」


「えっ、てなんだ。自分で書いておいて」


 そうだ、今この本は私を主軸として物語を綴っているのだ。

 私の思考は文章として読みやすい様に脚色こそされてはいるが、そうだとしても意味はほぼ同じなので本が開かれている状態ではほぼ筒抜けだ。


「残念ながらな。今日のお前の頭の中は全てコレが記録する。で、どうして欲しい?」


 そう言って彼女は私に覆いかぶさるように倒れ込み、


「求めるなら、くれてやる」


 誘うように耳元で呟く。

 彼女は見た目も声も、存在そのものが年端のいかない幼女ではあるが、その囁きで私の体は熱くなる。

 そして条件反射の様に頷いてしまう。


「全く……。ちょくちょく表現がいやらしいな」


 そんな事はない、と言いたいところではあるが……。

 これまでの人生においてこの距離で触れ合う経験が彼女以外はなかったのだ。

 だから感情を抜きにしてもこの様になってしまうのは当然と言えば当然、と私は思う。


「17にもなってもまだ初々しい生娘だ。お前は」


「ダメですか……?」


「まだそれでいいさ」


 そう言って彼女は私から身体を離し、何処からともなく緋色の本を呼び出す。


「おっと忘れてた」


「?」


「後から“補足”が入ると思うから、観測してる奴は知らないワードが出ても気にしないように」


「……それは何のはなしですか?」


「気にするな」


『こちらの話だ』


 彼女はガラリと声色を変え、語りのモードへと入っていく。

 こうなってしまえば彼女に取り付く島もない。


 私はそれ以上の言及を諦め、彼女の声に耳を傾けた。


『やあ、お目覚めかな。それでは今日は3つ目の世界の話。そう、その世界では西暦2000年と呼ばれていた時期の話をしよう』




 ***




 軽めに朝食を済ませ、私と彼女は荷物まとめて宿から出る。

 この町での商売も既に昨日で終わらせてしまったので、もう用がなくなってしまったのだ。

 幸か不幸かこの町では“お仕事”絡みの話はないようで、正直なところ早く出てしまいたいというのが本音なのだが。


 ところで、今私の横には今朝の本がフワフワと浮きながら私を追従している。

 まるであの“泡”のように。


 彼女曰く『オレとその道連れの奴にしか見えないから問題はない』と言うことらしいのだが、常に視界の端に存在されているとどうしても気になってしまうものだ。

 閉じられてはいるので中身までは見えないのは幸いだが。


「気にするな。そのうち慣れる」


 私の前に回り込み、彼女はこちらを見上げながらあどけない笑みを浮かべながら言う。

 傍から見ればそう見えるとは思う。


「顔、少し隠しきれていませんよ」


「どーせもうここには来ないからいいんだよ」


 そして彼女は更にその表情を歪ませる。

 楽しそうに。


「どうしてですか?ここは位置的にもこの大陸の中継地点だと思うのですが」


「“同業者”がいないこの町でお前に今日それがいった。つまりそーいうこった」


「はあ……、」


「くくっ。もう少ししたら分かるさ」


 そして彼女はくるりと前を向き、歩みを進める。

 そんな喉を鳴らして笑う彼女を見ているとふと思い出されるのは、かつて城で見かけた1人の大臣だ。


 彼もよく影でこのような表情を浮かべ笑っていた。

 彼女の姿は実にそれと重なる。

 そして両者とも共通して、それを見てしまうと近くない内によからぬ事が起きるのだ。

 もちろん本人からすれば良からぬことではないのであろうが。


「残る荷物は手元のこれだけだったかな」


「はい。昨日の取り引きが終わった後で先に商品は全て積み込んであります」


「売上は?」


「生活費の分を除く残りは全て“工房”の方へ送りました。」


「そうかそうか。それらはオレの指示だったか?」


「恐らくはそうだったかと思います」


「やっぱりそうだよな。あれは必然的な予感だったか」


「予感……」


 彼女は何かを積み立てるように昨日の行動を思い返している。

 いつもは出来るだけ商品は手元に置きたがる彼女が、珍しく間借りの保管庫に置いてあるバギーに積み込みを指示した。

 いつもは町を出る際のついでとして依頼をする売上の送金も済ませている。

 治安的にもタイミング的にも問題はなさそうだったので特に異議は入れずその指示に従ったのだが、どうもこれも何かよからぬ事が起きる布石であったような気がしてくる。


「本当にたまたまだ」


「へっ?」


 私の思考を読んでるかのように彼女は言葉を差し込む。

 思わず本の方を見るが本は閉じられており、中身は私からも確認は出来ない。


 彼女は続ける。


「そう、全てがたまたまだ。積荷の指示はたまたま。今日オマエにその本が行ったのもたまたまだし、この町が“汚染者(ダーティーワーカー)”を置いてないのもたまたまだ」


「……それは以前私に話してくれた“フラグの積み重ね”というものでしょうか」


「ああ、そうだとも。そして昨日取引をした酒場の一家が理想的な幸せを享受していたのもたまたまだ」


 ズウンッ、と地面が揺れる。

 そして同時に、私の後方から何かが倒れるような轟音が響く。


 反射的に音の発生源へ振り向けば、昨晩私たちが泊まった宿よりも更に奥の方から煙が立ち上がっている。

 建物に遮られ何処から煙が昇っているかは分からないが、位置的にはこの街の中心である噴水のある広場付近からだろうか。

 というより、もしそうだとしたら広場の近くには確か──、


「おい、なにボケっと突っ立ってるんだ」


 彼女が袖をグイッと引っ張る。

 煙が出てる方とは逆方向に。


「……行かなくていいのでしょうか」


「まだ行かなくていい。多分な」


 そう言って彼女は私の袖を引っ張りながら、保管庫へ向けて歩き出す。

 そして私も逆らうことはせずにそれに追従する。


「あまり想像はしたくありませんが……」


「だろうな。オマエの思ってる通りだと思うよ」


 彼女はサラっと言い放つ。

 そう、これが積み重ねだとしたらそれは間違いなく。


「このままこの町を離れるのですか」


「それはない。直にくるか、待ってるさ」


 まだそのタイミングではないということだ。

 おそらく彼女はこのシチュエーションに対しても既視感を感じているのだろう。


 そして彼女がそれを感じた場合は間違いなく的中するのだ。


「町を出るのか!?」


 バギーを停めている保管庫の前には、先日私たちがこの町に訪れた際に通った検閲所の職員。

 その表情からは既に町で起こっている事は把握しているように見える。


「そうだけどさ。そんな顔してどーしたんよ」


「アンタらこの町でたら次は“アルガーム”に行くって言ってただろ!」


「いや、そこから来たっては言ったけどさ」


「なんでもいい、至急アルガームに行って我々の代わりに依頼をして欲しい!」


「なんでさ。さっき向こうで音がしたとは思ったけどさ、まるでそいつは」


「出たんだよ“汚染物”が!!」


 やっぱり、と思わず口に出してしまいそうになるが唾液と共に飲み込む。


「なんでアルガームなんだよ。もっと近い町もあるだろうが」


()の無所属の汚染者(ダーティーワーカー)、“桶屋潰し(フューエルレイン)”が滞在しているという情報が先日あったからだっ」


「……あー、なるほどね」


「いいから早く行ってくれ!!」


「あの、町には誰もいないのですか?」


 一応確認はする。

 彼女は先程いないと言ってはいたが、ここで確認しておけばこちらも動きやすくはなるはず。


 視線を彼女に向けると『良くやった』と言わんばかりの顔をこちらに向けている。


「いる訳ないだろ!?ここにはもう20年も“泡”は出ていないんだ!」


 本当の本当にいないとは。


「おいおい、それはこの国では法令違反だろ?」


「今はそれどころじゃない!早く行ってくれ!!報酬は払う、倍だ!」


「倍じゃダメだ。こっちは慈善事業じゃないんだぜ」


「なら3倍だ!足りない分はオレが出す!!」


 あっ、まずい。

 向こうは完全に勘違いをしている。


「おーけーおーけー。今のはバッチリ覚えたからな」


 そう言いながら彼女はサッと1枚の紙出す。

 ……この流れすらも予知して作ったのだろうか。


「この契約書にサインしろ。この町の事情を黙秘する代わりに3倍で手を打ってやる」


「ちいっ!」


 冷静さを失っている、尚且つ見た目は幼女が出した契約書など目を通すはずも無く職員はサインを書く。


「これでいいんだろ!?」


「ああいいぜ。なら行ってきてやるよ」


 彼女はひったくるようにその契約書を奪い取ると、必要なモノ以外の手荷物を全て地面に落とす。

 そして、バッグから彼女の凶器を取り出す。


「な、なあっ!?」


「ちゃんと払えよ。3倍」


 そこでようやく彼も察したのか、その顔は一気に青白く染まる。


「おい、場所は分かってるか」


「およその目処はついてます」


「なら飛ばせ」


 さて、もう既にこれを観測している方がいればお察しではあると思うが、私たちは“汚染者(ダーティーワーカー)”だ。


 仕事の内容は単純。

 “汚染物”の排除と“泡”の処理。

 1回の“お仕事”につき報酬相場は平均的な成人男性の約半年分だ。


 膝を着く彼を尻目に私は彼女を抱えて飛んだ。




 ***




 黒く歪んだ、傍から見れば果たして飛翔能力を持つか怪しい翼をはためかせ、私は彼女を抱えたまま仕事場へと向かう。

 1年ほど前までは彼女の体質上、抱えることすら困難ではあったが随分と慣れたものだ。


「隠す必要なくねーか。体質もクソも150kgもある人間抱えて飛べるのは常人じゃ無理だわ」


「勝手に読まないでください」


 全部が全部ではないが、人に自分の内面を見られるのは恥ずかしい。

 別にやましいことはないとはいえ。


「つってもこれは俺のだしなー。それにやましさはなくてもやらしさはあったじゃねーか」


「そこは言わないで下さい」


「ったく。見たらここまでオレの名前すら出てきてねーじゃねぇか」


「そうなんですか?」


 いつもは彼女のことを名前で呼ぶことがないので自然とそうなってしまったようだ。


「でも別に名前を出す必要はないと思いますが。前からこれにはあなたの記録がされてる訳ですし」


「いや、オレの予測じゃこいつが勝手に外に出てない時以外は“観測”されていないはずだ」


「ここではこれが初めてなんですか」


「ああ。だからこれを観測してる奴は今のオレの名前は知らない」


「なるほど」


 誰がこれを“観測”しているのかは彼女も分からないようだが、来た世界で名前が変わっているという話を聞く限りでは確かに今時点では“名無しの幼女”だ


「そう、現時点のオレは見た目は幼女で中身は擦れたオトコオンナで観測されている」


 確かにここまでの言動では“可憐な幼女”とは見られなさそうではある。


「おい」


「どうかしましたか?」


「……ちょっと移動させるぞ」


 そう言うと同時に彼女の身体は重心がズレたように右側が重くなる。

 普段は少し間を持たせてやってくれるのだが、どうも私は少し浮き足だっているように思われたらしい。


「随分とまあ余裕があるな」


「そうでしょうか」


「もう予測はついてんだろ。今回の対象(ターゲット)が誰か」


「はい、何となくですが」


「ならいい」


 そうだ。

 もうすぐ予測地点である広場前だが、もしこの感覚を信じるのであれば間違いなく。


「一気に上昇しろ。上からいく」


 彼女の準備は終わったようだ。

 背に力を込め、跳ね上がるように高度を上げる。

 町の二階建ての建物よりも高く、広場を見渡せる高さまで。


「いたなぁ。予想通りのが」


「そうですね。想定より少し大きいですが」


 広場の少し奥、この町で最も繁盛をしていた酒場だった残骸の前には大きな黒い影と肉塊の群れ。

 突然の出来事に思わず飛び出た人達の成れの果て。


 そして、


「町一番の娘もあーなりゃ一生独り身だな」


 人型はギリギリ保っているものの、全身が黒ずみぶくぶくと肥大化した身体からはとても昨日までの面影は見当たらない。

 強いていえば頭部らしき部分から生えている、そのまま残ったと思われる美しい長い金髪が判断材料か。


 もうここまでなってしまえば“汚染者(ダーティーワーカー)”にはなれない。

 昨日、私たちに町を案内してくれた彼女はもう死んでしまった。


「……どうしますか」


「ぶん投げて」


「その後は」


「うーん……、とりあえず潰す。お前の仕事は回収後だ」


「分かりました」


 抱えた腕を少し後ろへと回し勢いを付けて彼女を空へと解き放つ。


 ふわりと浮いた彼女の身体はそのまま重力に従い落下していく。

 が、足元に灰色の本を出しそれを蹴り込むことで角度を付けつつ更に加速をしながら落ちていく。


 ガコンッ


 彼女の右腕から発せられたその音でようやく気づいたのか、汚染物は上を見上げる。


「感度は良好か」


 彼女を見て何かを察したのか、腕を伸ばし向かい打つ格好をとる。


 だが気づかない、それは無意味であることを。


「踏ん張ってみろやぁっ!!」


 彼女の右腕、いや右腕に括りつけられた杭打ち機、“パイルバンカー”と名付けられたモノの前では。


 互いの腕がぶつかる間際、それは凄まじい爆音と共に炸裂する。

 飛び出した杭は突き出された腕を吹き飛ばし、排気口から出る煙と共に噴出した熱風は彼女の落下を更に加速させる。


「っ!!」


 そして勢いそのままにその腕を更に突き出し、彼女はその顔面らしき部位を抉るように殴るつけ地面へと落ちる。

 一方の汚染物は殴られた勢いのままに原型を留めない酒場の跡地に吹き飛ばされる。


「手応えは、あった。あったな」


 パイルバンカーを付けている彼女の右腕は衝撃で肉は剥げ見るも無残にボロボロになっているが、すぐさま体勢を立て直すと腰に付けた薬莢を取り出しセットする。


「確認っ!仕留められてるか!?」


「まだです」


 彼女の視線の先で腕と頭部を失った巨体がムクリと起き上がる。

 本来頭部を飛ばせば大体は活動を停止させるのだが、恐らくは急激な巨大化の影響で脳は本来の高さの位置に留まっているのだろう。


 だが視界は既に潰されている。

 起き上がるだけで動こうとしない巨体の足元に入り込む。


「二発目ェ!」


 その足に二発目を叩き込む。

 火薬の量を抑えた為先程のような威力こそないが、それは脚を吹き飛ばすには十分で。

 巨体はその体勢を保てずに地面へと体を叩きつける。


 彼女は素早く後方へ飛び下がると、空の薬莢を捨て新たな薬莢を取り出す。

 威力は抑えても完全には治していない影響で腕はあらぬ方向を向いているが、強引に定位置へと戻しセットする。


 一方、汚染物は脚を潰されたことで既に活動限界に近づいたのか動こうとはしない。

 それは偶然かもしれないが、その倒れ方はまるで終わらせてくれと言わんばかりに開かれている。


 彼女はゆっくりとそれに歩み寄ると汚染物の腰から少し上の部位に向けてそれを構える。

 確実に仕留める為に。


 脳を潰せば汚染物は死ぬ。

 先程頭らしき部位を吹き飛ばしのだが、それでも動くということは少なくともそこには脳がなかったということ。

 だから外から見て1番血管が集まってるように見えるその部位がそこだと。


 彼女はトリガーに指を当て目を閉じる。

 そしていつもの通り私の知らない言語で祈りの言葉を呟き、


「……これで終いだ」


 三発目を穿った。


 真っ黒に黒ずんていだ体は少し色を薄め、ぶくぶくと蠢いた水膨れに似た突起物も動きを止める。

 それは本当にこの体が死んだことを意味した。


「終わった……、ようですね」


 私は彼女のもとへ降り立つ。

 最後の仕上げをすべく。


「ああ。なんだ、多分ちょいと大きなのが出ると思うからそれをつかってやれ」


 彼女が言い終わるのと同時に、その遺骸からずるりと漆黒の“泡”が出る。

 一連の元凶が。


 それはフワフワと遺骸の周辺を動く。

 意志を持つように。

 新たな宿主を探すように。


 “汚染物”は殺せてもこれがある限り“汚染者(ダーティーワーカー)”は求められる。

 この不条理な“泡”が存在する限り。


 私はそれに詰め寄り、口をつけ吸い上げる。

 “泡”は逃げるように私の口内から出ようとするが、次の瞬間には体内へと吸収を済ませる。


「やれそうか」


「はい、足ります」


「じゃあ頼んだよ“桶屋潰し(フューエルレイン)”」


 私は翼を広げそれを放った。


 ほんの少しだけ地面が揺れる。

 そして後には黒いシミだけが地面に残り、彼女の果ては初めからそこに存在しなかったように消え去った。




 ***




「なんつーかお前は主人公感ハンパないよな」


 助手席で彼女は年相応のふくれっ面を浮かべながら呟く。


「そうですか……?」


 あの後、報酬を捻り出させ怨嗟の眼で見送られた私たちは、次の町へと向かうべくバギーを走らせていた。


「オレがそう仕向けたといえさ、二つ名持ちってだけで世界の中軸感半端ないわ」


「世界を何度も渡ってるあなたがいる限り私はせいぜい名有りのモブですよ」


「ならよ、それに書き込んでる時点でお前は既に主要人物だな」


「いまいち実感が湧きません」


 でも、少し嬉しかったりする。

 今まではただの同行者だったのに、こうして彼、いや彼女の物語りに私という存在が組み込まれているということに。


「……なんつーか世界が違ったらメンヘラ化してそうだな。オマエ」


「めんへら?」


「知らなくていい。オマエはそのままでいろ」


「はあ……」


 あまりよろしい意味の言葉ではなさそうだ。

 でも聞いたところで教えてくれることはなさそうなので私は口を噤む。


「そーいや次は国境超えたな」


「はい。このまま南下をすれば次の町は国境を超えた先になります」


「そこのゆーめいな地酒とか知らないか」


「地酒、ですか」


 ふとその国の酒と聞いて思い出すのは。


「今から向かう地域で造られている“コルシュル”は有名だったと思います」


「それってどんなの?」


「……見た目は緑色でした」


「薬草系か」


 そこから真反対に位置する自分の故郷でお父様が業者から仕入れていたのは良く覚えている。

 飲ませては貰えなかったが、その独特な色に不思議と惹かれていた。


「度数とか分かるか?」


「すいません色だけしか……」


「クソっ、こーいう時に限って調べ物に便利なツールがないってのは困ったもんだ」


「ツール、ですか」


「ああ。3〜5までの世界では大きさに大小あれ、何処でも気軽に様々な情報を閲覧できる便利な機械があったんだよ。ケータイとかホロウォッチとかリトヴレとか」


「……名前を聞いても想像し辛いですね」


 私からすれば彼女の“パイルバンカー”ですら理解の範囲外のモノだ。

 どう見てもこの世界ではオーバーテクノロジーであっても創る彼女が、便利であると感じながらも作らないという事は余程のモノであると推測はできる。


「オレも口だけで説明できる自信がねーわ。ま、ないモノねだっても仕方ねーし現物で確認するしかねーな」


 そう言って彼女は今朝同様、また何処からともなく藍色の本を取り出す。


「次の町までは長いことだし、眠気覚ましにこないだ途中まで読んだ“御札マスターもみじ”の続きをしてやろう」


「本当ですか!」


「ああ、前回は確か御札を狙うライバルが登場して同時に恋のライバルになる展開だったな」


「はい!それで、この歪な三角関係は──」


「ああ、2人とも性別は違うがどちらも──」


「なるほど、つまり──」


「そういうこと。じゃあ、続きを──、」


 渓谷を沿ってバギーは次の町へと向かう。

 彼女が語る別の世界を巡りながら。






『先日お酒は売ったので本日は残りを回収します』END




 by.アレシア・M=ヒュールメニア

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