敗北者は、努力者とデートをする 中編
ケシャナの会計が終わってから俺も暗黒神の見えざる布切れを買った。店員さんに「マジ!?こんなボロ布買うの!?」みたいな目で見られた…口にも出ていたが、気にせず買い店を出た。
「お待たせ、じゃあ本屋行こっか」
「う、うん!…あの……わ、私に似合う服選んでくれて…ぁ、ありがと…」
と、俯きながらボソボソっと言われた。
喜んでもらえて何よりだ。
それからしばらく歩いて街並みや風景を眺めていると、突然ある店の前でケシャナが立ち止まった。それは…焼肉屋だった。しかし、只の焼肉屋ではない。両方に骨があり、真ん中に肉がある骨つき肉の焼肉屋だ。本の中だけの存在だと思っていたのに…じ、実在したのか。と感動していると横から
ググゥゥゥルルル!!!
…飛竜の咆哮と間違わんばかりの爆音が轟いた。ビックリして横を向くと、もうこれ以上ないほど顔を真っ赤にしたケシャナが…なんだか居た堪れなくなり
「あぁ、えっと…食べる?」
と、声をかけると
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!食い意地張っててごめんなさい!食いしん坊でごめんなさい!」
すごい剣幕で謝られた。…気にしてるのか。
…これは、フォローした方がいい感じかな?
「そんなに謝らなくてもいいよ、別に俺は気にしてないから。それに、結構歩いたしね。ちょっとお腹が空くのは仕方ないよ。…それに俺は全然食べない女子より、よく食べる人の方が好きだから」
…正直結構キモい事言ってるような気がするが…引かれてない…よな?チラッと目をやるとケシャナもこちらを見ていたらしくバッチリ目があった。…えぇ、めっちゃ慌てて逸らされたんだけど…悲しい。と思っていると俺の服の裾をキュッと持ち。
「行きましょう?」
と上目遣い。あ、はい。としか言えないだろう、男なら。…倒置法。
「ぃいらっしゃいませぇえ!!!」
筋肉ムキムキ、スキンヘッドに片目眼帯した、もういかにもな店員が大いに歓迎してくれる。
…あぁ、これ耳イカれたな。
「何名様でしょうか?」
「…2名です」
「畏まりました。お席へご案内します」
席に着くなりケシャナが
「先程は耳を塞いで頂きありがとうございます!
あの、大丈夫でしたか?」
と心配してくれた。いやぁ、危険予知が耳を塞げ!と言うので咄嗟にケシャナの耳を塞いだら…ね。
「いいよいいよ。耳も大丈夫、すぐ治るから」
と強がってみたもののはっきり言って結構痛い。何故かはわからないが飛竜の咆哮より効いた。だが、ここで回復魔法を使ってしまうと余計に心配されそうなので高速回復に頼るしかない。しかし、ケシャナが回復魔術をかけてくれた。
「わ、私にはこれくらいしか出来ませんが…」
痛みは消え去り、心が温まった。
気を取り直してメニューを見てみると俺は絶句した。何故ならメニューには男用、女用、そして、カップル用の3つの料理しかなく、男女で入店したら必ずカップル用が出てくると書いてあった。確かに男用と女用の2つを買うよりは断然お得だが…出てくる肉に問題があった。
…ハート型なのだ。そして、上の2つの部分から骨が出ている。そして食べ方にも決まりがあり、2人で骨を1つずつ持って一緒に食べないといけないのだ。そんなもの無視すれば良いと思うかも知れないが、この肉はあるモンスターの最上級の肉で、古くから伝わる伝承があり…
曰くこの肉を男女の仲の者たちが肉の一片も残さず食べると、未来永劫その相手と結ばれるという。そして、恥ずかしがったりして全て食べれないと、これから一生誰かと結ばれる事はないという。
…キッツー、もはや呪いの類なんだが…まぁ、入った以上食べるしか無い…か。だが、ケシャナは俺と1つの肉を食べることについて良いと思っているんだろうか?嫌って言われた時のショックを考えると…なぁ。しかし、そう考えていたのは俺だけではなかったようで
「あ、あの…ごめんね。私がこの店に行きたいなんて言ったばっかりにカルワ君巻き込んじゃって。わ、私と一緒に食べるなんて…ぃ、嫌…だよね「そんな事無い!」
「…え?」
「俺はこれをケシャナと食べられることをとても幸運に思っている!本当にこの店に来て良かったとも思ってる!もっと自分に自信を持ってくれ…私なんてとか……もう2度と言うな」
言い終わってから、恥ずかしさが一瞬で身体中を駆け巡る。いや、これはさすがに無いわ。俺たち付き合っても無いのにこんな…
「ぉお待たせしましたぁああ!!!カップル用ステーキです!!どうぞごゆっくりお召し上がり下さい!」
あ、これ美味いやつだ、見ただけで分かる。涎が溢れて止まらない。本能が《食え!》とうるさく急かす。手が自然と伸びていき骨を右手でガッシリと掴む。
ガブッ!
…ブシュッ!
………………ハッ、馬鹿な!もう、半分以上無い!?一体誰が俺の肉を!?
パリッと焼かれた鳥皮のような食感と今まで食べた全ての鳥を合わせても足りない旨味!中から溢れ出る肉汁はかろうじて牛の味を残すも全く別次元の味だ!肉そのものの味は豚、鹿、鴨、千変万化する!正に究極、正に至高!!!こんなに美味いものが…もっと早く知りたかった…
見ると肉はもう残り一欠片だけで本能の赴くままのケシャナが食らいつく寸前だった。慌てて俺も食べようとするも、済んでのところで理性を取り戻し、スッとケシャナに差し出した。
「……ケシャナ、あーん」
その一言で我を取り戻したケシャナは、リンゴのような顔で《ありがとう》と言って上品に、最後を惜しむように、ゆっくりと、味わって最後の一欠を食べた。





