悪役令嬢、名づける
三回目です。
「はあああ、疲れた……もう戻りたくない……」
庭においてあるベンチに腰掛け、マリアは頭を抱えた。
止まらない人の波、食事を取りに行っても取り囲まれ、子息の売り込みオンパレード。
さすがに参ってこっそり脱出しようとすれば、気づいて追いかけてくる子息たちのなんと恐ろしいことか。ゾンビのような彼らを自慢の俊足で振り切った末、何とかたどり着いたのが普段は人が来ない中庭だった。
「戻るの嫌だわ……この木とかが葉っぱとか蔦で隠してくれればいいのに……」
瞬間、ざっ! という音が背後から聞こえた。
「…………」
嫌な予感がしながらも、恐る恐る振り向く。
そこにはさっきまで絶対、絶対なかった生垣ができていた。
「へ……え、ええええ!?」
突然現れた生垣に驚いて、うっかり悲鳴を上げてしまった。反射的に口を押さえて、青々と茂るそれにそっと触れる。
「もしかして、私が葉っぱで隠してって言ったから?」
『うん、そうだって言ってるよ』
「ぅひゃあ!?」
耳元で聞こえたその声に、また悲鳴をあげる。黄緑色の光がふわりと目の前に浮かんだ。
それはくすくすと笑ってマリアの周りを飛び回る。
『きみのリアクション面白いね。それにフィーリアと同じ匂いがする。名前はなあに?』
「わ、私はこの家の娘、マリア=セイントベールです……あなたは誰?」
『フィーリアはぼくや他の子を『妖精さん』って呼んでたよ』
妖精。なんとなくそんな予感はしてたけど、本当にいるんだ……いよいよファンタジーめいてくる。
「『妖精』さん? お母様とあなたはお友達?」
『さぁ、違うんじゃない? フィーリアはぼくらと喋れなかったから。でもマリアは〈妖精の愛し子〉だから、ぼくとも喋れるみたいだね』
「その〈妖精の愛し子〉ってなんなのかしら?ステータスにもあったけど、何か知らないの」
『〈妖精の愛し子〉っていうのはその名の通り、妖精に愛されて祝福される人のことだよ。今その木が君の願い通りに動いたのは、マリアが〈緑の手〉を持ってるから』
「〈緑の手〉……」
そういえばそんな名前の特殊スキルがステータスに書いてあったような気がする。自分の手を見つめながら握っては開いてを繰り返す。
『植物を育てれば上手く育つ特別な手だよ。植物が叶えられることを君が願ったら、植物たちはきみを想って行動するんだ。前世で植物を愛情かけて育てたりした?』
確かに前世で料理に使うハーブを栽培していたり、料理好きの弟がやっていた家庭菜園も手伝っていたし、弟が受験生の時はほとんど私が世話をしていた。
愛情はそれなりに注いで……いや、話しかけながらルンルンと水やりしていたことを思い出せば、たっぷりと注いでいたかもしれない。
妖精さんの言葉にこくりと頷くと、その光はまたクスッと笑った。
『今世でも育てるといいよ。きっときみの役に立つ』
「そうなのね……! 教えてくれてありがとう。あなたって先生みたいね! もっと色んなことを教えて欲しいくらい」
『ぼくが先生? 本当に?』
「えぇ、本当よ! とってもわかりやすい説明だったもの!」
『そっか……ねぇ、ぼくに名前をくれない? そしたらきみの先生になってあげる。きみと木の通訳だってしてあげるよ』
「本当!? 嬉しい! それじゃあ、あなたの名前は……リン!」
『リン……それがぼくの名前?』
「そう。あなたにこの鈴をあげる」
髪飾りについた小さな鈴を外して、光の前に掲げる。
「この鈴は友達の証! 鈴はリンって読むから、あなたの名前はリン!」
そう言うと、目の前にいた光が鈴を飲み込み、勢いよく弾けた。眩しさに目を瞑り、次に目を開けた時には羽の生えた小さな男の子が目の前を飛んでいた。
「改めて、初めましてマリア! ぼくは植物の妖精、リン! これからよろしくね」
緑の髪に同色の瞳、名前の通りにっこりと笑った彼は、マリアの額に軽く口付けをする。
胸元についた鈴がチリン、と鳴った。
こんばんは。
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