彼女こそがすべての始まり
いつもよりほんのちょっと長い
「ここ、かな」
重厚な扉の前で、マリアたちは足を止めた。
随分奥へと来たらしい、人気はなく、すぐそこは行き止まりだ。それなのに、目の前の扉からは濃密な魔力が漂っている。
「開けるぞ……」
ニコラスがぐっと扉を押すと、金属の嫌な音を鳴らしながらゆっくりとドアが開く。
凍るような冷気がマリアたちを包んだ。
「な、なにこれ……」
目の前の光景にマリアはポカンと口を開けて立ち尽くした。
床一面に描かれた大から小の魔方陣、壁にびっしりと貼られた札のようなもの、その中央に鎮座するのは天井に届くほど大きな氷塊。
「鳥……?」
氷の中には、燃え上がる炎のように深い深紅の鳥が閉じ込められていた。
「この魔方陣が冷気の元みたいだ。今解除するね」
ルークが呪文を唱えると、蒼く光っていた魔方陣が溶けるように消えた。途端に吹雪のような寒さはなくなるが、もともとたまっていた冷たい空気は残っている。顔に刺さるじくじくとした痛みをはらうように、マリアたちは部屋に踏み入った。
「この鳥が魔力の供給源のようだな。この札が結界装置の役割を果たしていて、結界の強度は魔力の量で調節しているのか」
「じゃあこの氷をぶっ壊せばいいってことか? 中身の鳥はどうすんだ?」
「この氷が媒介みたいだから、氷さえ壊せば大丈夫じゃないかな? ルークはどう思う?」
「僕も同意見です。ただ、この氷をどう溶かそうかと……」
「んなもん、ぶっ壊しゃいいじゃねーか!」
「ちょっ、ニコラス!?」
ルークの制止もむなしく、ニコラスが思い切り凍りに切りかかった。ガギンッと激しい音を立て剣が弾かれ、ニコラスは受身を取りながら着地を決める。
「かってぇ~っ!! んだよこれ! 腕超痺れた!」
「もう、なんで話聞かないかな! 普通の氷ならともかく媒介になる氷なんて硬いに決まってるだろ!」
「おい、傷ひとつ付いてないぞ……ニコラスが切りかかって無傷の氷なんてどう溶かすんだ」
「あれ、マリア? 何してるんだい?」
アルヴァンスの声に、全員がはっと振り向いた。アルヴァンスの視線の先には氷に両手を添えるマリアがいる。
「マ、マリア? まさか君まで物理でどうにかしようとか思ってないよね!?」
「んー……なんかね、この氷から心音がするの」
「心音?」
音に敏感なアルヴァンスが「冷たい」と言いながら氷に耳を近づける。が、そんな音はまったく聞こえない。
「僕には聞こえないよ。それよりマリア、手が霜焼けになっちゃうよ」
「……私、この氷が冷たくないんです。アル兄様」
そう言って、マリアは氷にぴったりとつけた手から火を出し始めた。
「マリア!?」
「この氷、たぶん溶かすんだよ。それも魔力の波長が合わないとできないんだと思う!」
呆然とするルークたちに叫ぶ間も魔力はどんどん強く大きくなっていく。やがて、マリアの炎が氷塊を完全に包み込んだ。その熱に、氷から溶け出した水が蒸発していく。
「っ! マリアストップ! そのままだと鳥も燃えちゃうよ!」
「えっ!? あっ、やば!」
ルークの言葉に、一心不乱に氷を溶かしていたマリアが手元の火を鎮火させた。蒸発しきれなかった水でびちゃびちゃになった部屋の中央に、体を薄氷に覆われた赤い鳥が横たわる。
「マリア、ゆっくり溶かして。チョコレートを湯煎するときみたいに優しく」
「うん……」
少し熱いお風呂のような温度を意識して、丁寧に氷の部分だけを溶かしていく。
「あっ、今動いた?」
治癒魔法を混ぜながら暖めていると、鳥がわずかに身じろぎをした。ひとまずほっと息をつく。ニコラスが脱いだローブに包み、そっと抱きしめる。
「みんな!」
いつの間にか扉の外にいたアルヴァンスが、慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「たった今、アリスの悲鳴が聞こえた。あれはちょっと驚いて出た悲鳴なんかじゃない、絶叫だよ……!」
アルヴァンスの焦りように、全員が冷や汗を流した。しかしすぐに、マリアが機動し始める。
「アル兄様、一回落ち着きましょう。深呼吸して、いつもの笑顔とトーンです。アリスの気配は消えていませんし、多少の重症なら私が治せます。私たちが焦ってはだめです」
「マリアの言うとおりです、兄上。これは誘拐事件ですからそう簡単に殺すことはないはずです」
アランジールに促され、アルヴァンスは大きく深呼吸を重ねた。次第に緊張した表情が柔くなり、落ち着いた声音が戻ってくる。
「ありがとう、大丈夫だよ。そうだね……僕がしっかりしなくちゃね」
にっこりと笑った顔は、まるで穏やかな海のように皆を安心させるものだった。
*****
「シラタマ、こっちで合ってる?」
「ふえぇぇ! 合ってますぅぅぅ!」
「気配も近づいてきてる! もうすぐ……って、え!?」
「っ、何だ!?」
「すごい魔力……!」
「こいつは人間じゃねぇぞ!」
シラタマを抱えたルークを先頭に廊下を駆け抜けていると、突如、大きな魔力がマリアたちに圧し掛かった。その強烈な圧に思わず足を止めてしまう。
「……一番大きかった悪意が、消えた……」
ルークがポツリと呟いた。確かに索敵で感知した、恐らくユリウスたちもいるであろう部屋の人数が三人に減っている。代わりに馬鹿でかい魔力が鎮座しているが。
「この魔力はアリスたちに危害を加える気はないみたいだ。今のうちに他の敵を捕縛してしまおう」
少し歩けば、大部屋の中にたくさんの人の気配を感じた。
「どうする? 手っ取り早く戦う?」
「いや、マリアがやると殺しかねない」
「はー? 何よその言い方! まるで人を脳筋みたいに!」
「事実だろう! この前暴漢を吹っ飛ばしたのは誰だ!」
「だってあれは、あの変態がユリウスに声をかけてきたから……!」
「それで全治二ヶ月か? 笑えるな」
「ほら二人とも喧嘩すんなって! アルがなんとかしてくれっから!」
「「えっ?」」
その言葉にバッと後ろを振り向くと、小さなカバンから取り出したフルートを持ったアル兄様がにこにこと微笑んでいた。
「アラン、ドームに皆を入れておいてくれるかい?」
「は、はい」
刀を起動したアランを見届けて、アル兄様がフルートに口をつけた。
「やっぱり、綺麗な音色……」
温かい、ゆりかごのなかに包まれるような音色だ。
じんわりと広がるメロディーが心地いい。
現状に場違いな音楽に目を閉じて聞き入っていると、ふっとその演奏が終わった。アル兄様が振り向いたのを合図にアランがドームを解除する。
「はい、終わりだよ。念の為ニコラス、中を確認してもらえるかな?」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
確認するだけだからと剣も構えず、お義兄様がガチャリとドアノブを回した。その後ろからマリアたちもひょっこりと中をのぞき込む。
「わぁー……」
「ぐっすりだね……」
「さすが兄上……」
部屋の中では、黒衣の男達がすやすやと眠り込んでいた。一人残らず床に折り重なるように寝ており、ぱっと見毒ガスでも吹かれたのかというレベルの熟睡っぷりだ。
「ちまちま練習してたんだよなー」
「ニコラスは魔法に耐性があるから効きにくかったし、あまり自信なかったけどね。成功して良かったよ」
ちなみに一般の奏楽師はこんなことは出来ない。つくづく王家の血はすごいなぁと唯一その事実を知るルークはぼんやりと思う。
「じゃあみんなを迎えに行こうか」
大きな音を出しても起きないということなので、入り組んだ通路を走りながら、弟たちを安心させるようにマリアは大きな声をあげた。
「ユリウスー! みんなー! どこおおお!!」
*****
「というわけで、アレクが召還したらしいフェンリルいわく、この子は不死鳥らしいです!」
マリアがそう締めくくると、陛下がそれはそれは大きなため息を吐いた。肺活量すごいなこの人。
「……一体何からつっこんだらいいかわかんねえなぁ……」
「うん、まあ、概要はわかったからいいや。全員無事だったし」
「おいオーウェン! おまえ諦めてんじゃねーよ!」
「無理だよ兄さん。今の話をそのまま書いたって誰も信じないよ。もう騎士団の手柄にして要所要所を誤魔化さないと収拾付かない」
遠い目をしたお父様が従者を呼んでマリアたちに部屋を出るように促した。
「とりあえず今日はもう休もう。一応マリアたちは王城に泊まってくれる? 明日ユリウスやアリスが目覚めたとき安心できるように」
「はーいお父様!」
「本当に返事だけはいいんだけどなぁ……」
お父様は苦笑しながらも、マリアの頭を優しく撫でてくれた。
「ねぇルーク」
静まり返った部屋で、首にかかるペンダントにそっと話しかける。
ここは城にある貴人用の客間。他国の要人が寝泊りする部屋らしく、広い部屋には、これまた大きな天蓋ベッドに横たわるマリアしかいない。お義兄様はアル兄様の「ニコラスは僕の部屋に泊まればいいよ!」という一言によって連行され、ルークもアランの部屋に泊めてもらうことになった。くそぅ、羨ましい。
『ん、なぁにマリア、どうかした?』
「えっ」
独り言のつもりだったのに返事が返ってきて、マリアはペンダントを落としかけた。いやまあチェーンはついてるんだけど。
「え、ぁ、ルーク? なんで……」
『マリアのことが気になって眠れなくて。連絡しようか迷ってたんだ。一人で寂しくないかなって』
「う……」
『あはは、その様子だと僕の予想通りだったみたいだね』
アランは寝てるんだろう。囁くように話すルークの声に全神経を傾ける。
『眠くなるまで少し話そうか。フェニックスの様子はどう?』
「あっ、えっと、なんかすごい懐いてくれてて、撫でてたら眠っちゃったの。今はメイドさんに用意してもらったクッションで眠ってる」
『……羽毛じゃないよね?』
「わ、わかんない……」
ちらりとベッドの横で眠る赤い鳥の下に目を向ける。
……綿であることを祈ろう。
「そうだ。聞きたかったんだけど、何でアレクにフェンリルの召還方法を教えたの?」
『フェンリルの召還式を教えたわけじゃないよ。賢者の書でアレクに教える歴史や魔法を調べていたら、賢者の書が教えるべきだって訴えてきたんだ。実際に声が聞こえたわけじゃないけど……」
それからルークはとつとつと初代国王の王弟の話をしてくれた。まるで絵本を読み聞かせるように、歴史書のような内容を内緒話みたいに語るルークにマリアの瞼はだんだんと重くなってくる。
ルークの声は心地いい。夜の声音はなんだか普段より少し大人っぽくて、聞いていて安心する。トーンを落とした語り口は、いつのまにかマリアを夢の中へと誘っていった。
「──それでね……マリア?」
先ほどまで打たれていた相槌がなくなり、呼びかけてみると返事がない。耳を澄ますとすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。
「おやすみ、僕のマリア」
指輪に軽い口付けを落とし、魔力を切る。
さて寝ようかと布団を被り直していると、ふと隣から「なぁ、」と声が聞こえた。
「起こしちゃった? ごめん、もう寝るから」
「いや……目が覚めた。少し話に付き合え」
早寝早起きを基本にしているアランにしては珍しい提案に、ルークはそちらに背を向けたまま是の意を示した。
「おまえらの婚約はどう決まったんだ? おまえたちは相思相愛のようだが、貴族社会では難しいだろう」
「マリアの快気祝いのパーティーで会って、一目惚れだったよ」
マリアは最初から強烈な女の子だったからね、と言えば、アランもだろうな、と笑った。
「マリアが婚約を申し込んでくれて、それに僕もうなずいたんだ。そのまま互いの父親のところに行ってその場で婚約した」
「はあ? アイツ、自分から申し込んだのか?」
「うん、僕もびっくりした。そういうのって男から申し込むものだと思ってたから」
彼女といるとつくづく自分の価値観や常識が壊されていく。それはとても爽快で、楽しくて仕方がない。マリアに関わる人たちは誰もがそう思うはずだ。
「僕はマリアに救われたんだ。彼女は黒髪を自分から忌むものにしてた僕を否定してくれた。だから、僕はもし、マリアが僕を好きじゃなくなっても、彼女のために生きるよ。この指輪にそう誓ったから」
赤い、マリアの瞳のような石が嵌った指輪を撫でる。ペンダントにするのがお気に入りのマリアの胸元には、自分の瞳と同じ青が輝いているんだろう。
「……まあ、そんなこと絶対あるわけないけど」
小さく漏れた呟きは、アランの耳に届いたらしい。微かに呆れたような笑いが聞こえた。
「あのじゃじゃ馬に付けられる首輪があるなんて、運命じゃないか?」
「じゃあアランは首輪と厩舎を繋ぐ鎖だね」
「それは勘弁してくれ」
思ったより真剣な声が聞こえて、クスクスと笑う。
「そろそろ寝ようか。隈ができてたら心配するだろうし」
「そうだな」
おやすみ、と言い合って、ルークはゆっくりとその目を閉じる。
マリアがいなければこんな風に友達と話すこともなかっただろうな、なんてことを思いながら。
いつもブクマ、評価ありがとうございます!
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誤字報告いつもありがとうございます。たいへん助かっております…!
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