公爵子息は俯かない
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「ん……」
急浮上した意識に伴い、重たい瞼を開けたユリウスはゆっくりとした動作で体を起こした。
辺りを見渡し、白い毛玉がないことを確信してほっと息を吐く。
(よかった……シロは逃がすことができたみたいだな)
そしてすぐ隣に横たわるアレクとアリスの脈があるのを確認し、状況把握のため魔法で灯りをつける。
ユリウスはマリアたちのように強力な攻撃魔法が使えるわけではない。だが、基礎的な魔法や探索などに便利な魔法はルークによって教わっている。この火属性の魔法もそうだった。
犯人の目的はなんだろうか。
王族と貴族の誘拐なら身代金目的が通例だ。だが、多少の身代金なら商会の子供や地方貴族でも良かったはず。わざわざ王宮の子供部屋に仕掛けたメリットは……
(僕の回復魔法か?)
ユリウスとマリアの持つ治癒魔法〈ヒール〉はとても珍しいものだ。それを狙って、という可能性が一瞬頭をよぎる。しかし、ユリウスはすぐさまそれを否定した。ユリウスを狙うなら王城ではなく屋敷に仕掛けてくるはずだ。そもそも国の重鎮くらいしか知られていない。
(だとすると、アレクの読心か?)
マリアが封印したアレクの読心も特別なものだ。腹の探り合いに身を置く貴族は喉から手が出るほど欲しいだろうし、悪徳貴族に取っては天敵だ。
「うぅ……」
呻き声を上げながら、アレクがむくりと起き上がった。
「起きましたか、アレク」
「……ここ、どこ」
「そうですね、端的に言うなら……牢屋、でしょうか」
指先に灯る火に照らされたそこは、鉄の格子が嵌められた紛うことなき牢屋だった。
「……なんで俺たち、牢屋にいんの?」
「さあ。何かの装置が発動して巻き込まれたんだと思いますが」
壁をぺたぺた触ってみるが、仕掛けがある様子もない。微かに下を流れる水音が聞こえ、ここが地下であることが分かる。牢屋の中に毛布はなく、無機質な石畳に直で座っている。
「なんかさ、誘拐なんかされたらパニックになると思ってたんだけど、あんまり慌てないな」
「まあ姉上に慣らされてますからね。腕試しと言ってろくな武器も持たされず、モンスターハウスに突っ込まれた時より命の危険は感じません」
マリアのスパルタ教育はこんなところで功を奏していた。
「う、んん……」
「アリス」
微かに身じろいだアリスをアレクが抱き起こし、服についたホコリを払った。
(ほう……)
初めて見る親友の紳士な一面に目を見張りながらも、ユリウスは顔が青ざめるアリスに治癒魔法を施した。アレクが支えるその肩はカタカタと震えている。
普通の反応をするアリスにユリウスは小さく嘆息した。ここでアリスに「あらー、誘拐されちゃったわ! よし、ぶっ壊して出ましょ!」なんて言われてしまったら、ユリウスは女性にトラウマを抱えかねない。姉みたいなのは一人で十分だ。
「アリス、落ち着いて深呼吸をしてください。僕を見て、ゆっくりと息を吐くんです」
穏やかな声音で呼吸を促し、過呼吸寸前の状態を回復させていく。
しばらくすると幾分か落ち着いたらしいアリスがぱちんと自分の頬を叩いた。
「つぅ……もう大丈夫ですわ! お手数おかけしましたわ」
「よ、よかったね?」
「で、では、どうここから脱出するか考えましょうか」
引き攣る顔をさすりながら、ユリウスはこほんと咳払いをする。
「脱出って言っても、俺たちルー兄みたいに魔法強くないしっ!?」
座り直したアレクが格子に寄りかかったとき、ギギッという耳障りな音を立て、牢屋の扉が開いた。
「いったぁ……って鍵開いてんじゃん!」
「誘拐犯は阿呆なんですの……?」
「罠がありそうで嫌ですね……」
舌打ちを堪えながら、ユリウスとアリスはそっと牢屋を出た。転がっていたアレクを起こし、灯りにしていた魔法を大きくする。
「これは……」
そこは、牢獄。格子が嵌められた牢屋がたくさん並び、檻の奥に子供が数人ずつ横たわっている。その中には褐色の肌をした者や、見たことのない服を着たものもおり、ユリウスたちの国──カラトリック王国の国民だけではないと察する。
「……ひとまず、手分けして全員起こしましょう。怪我人や病人がいたら呼んでください」
「わかったよ」
「わ、わかりましたわ」
ユリウスの声に頷き、二人はそれぞれ牢の方へと走っていった。それを見届けながらユリウス自身も格子を開け、眠る子供たちを起こしていく。
最初は状況に怯えきっていた子供たちもユリウスが治癒をかけたり落ち着いた声音で会話をするうちに冷静さを取り戻していった。
「ユリウス! 来てくださいまし!」
アリスの声が聞こえ、ユリウスは急いで駆けつける。そこには手を血に染めた少年と、真っ青な顔で横たわる少女がいた。
「き、君が助けてくれるのか!? 頼む、妹を助けてくれ!」
「落ち着いてください。この怪我はどこで?」
「も、森で! グレイウルフに襲われてる時に黒い穴に飲み込まれたんだ!」
「グレイウルフ……」
深い傷だが、爪で引っかかれたような痕がある。〈カルテ〉を見ても毒の文字はなく、ただ裂かれただけのようだ。治癒を始めようとすると、取り乱した兄にガッと肩を掴まれた。
「早く助けてくれ、妹が死んでしまうっ!」
「っ、離し──」
「いい加減になさい!」
スパァン! と小気味よい音を立てて、兄の体がドサリと後ろに倒れる。目を見張るユリウスと少年は、状況が理解出来ずに、音の発信源を向く。
「兄ならばしっかりしなさいませ! 貴方が泣き喚いても妹様が治るわけではありませんのよ! むしろ治療の邪魔になりますわ。妹様が目覚めるまで、貴方も眠って待ってたいんですの?」
ぐっと握り拳を見せてくるアリス。床に尻餅を着いた少年と、いつの間にか檻の外に来ていたアレクが呆然とアリスを見つめた。
(出血量は少なくない……だが回復力は高い。血筋だろうか)
そんな光景を横目で見ながら、ユリウスは冷静に治療を進めていく。まあ、可憐な少女が見かけによらずアクティブなのは慣れている。誰とは言わないけれど。
「ぅ……」
「シア!」
「おに、ちゃ……?」
傷が塞がった少女が、ぱちぱちと目を瞬かせる。飛び起きた少年が少女を抱き起こそうとしたのを慌てて止める。
「彼女は今貧血状態です。回復力は高いと見たので、横たわったまま大人しくしていてください」
「あ、ああ……」
「ユリウス、その方、脚を引きずっていましたわ。怪我をしているのではなくて?」
「っ!」
さっと少年が自分の脚を庇う。ユリウスが〈カルテ〉を起動すると、なるほど確かに捻挫をしている。
「捻挫しているようですね。治しますから見せてください」
「い、いやっ、いい! 俺は大丈夫だ!」
「大丈夫だと言われても……怪我してますよね?」
「だ、だが、回復魔法は術者の魔力の消費が大きいだろう!? 妹で負担をかけたのに俺まで世話になるわけには……」
「君、馬鹿なの? このケロッてした顔を見て体力消耗してるように見える?」
ずっと黙っていたアレクが口を開き、呆れた目で少年を見下ろす。
「み、見えないが……」
「往生際の悪い男ですわね。脱出の邪魔になるって言ってるんですから、さっさと治してもらえばいいのですわ。むしろそう渋られる方が迷惑ですわよ」
ふん。と鼻を鳴らすアリスに少年はまたもや口を開けた。近くに我の強い女性はいなかったのだろうか。
ユリウスは元より、アレクも一瞬の動揺から立ち直りズルズルと少年を引きずった。
「な、何をする!」
「治療するって言ってんでしょ。大人しくしててよ」
ユリウスの傍に連れてこられた少年は抗議の声をあげるが、そんなことは意に介さずユリウスは手早く治癒をした。
「はい、治りました。では僕達はこれで失礼します」
「ま、待ってくれ!」
「まだ何か?」
そろそろ頭が痛くなってきた。まだ治療しないといけない子がいるかもしれないのに、この少年にだけ構っている暇はない。
極力感情を出さないよう、無表情で振り向く。
「あ、ありがとう! 妹を、俺を助けてくれて!」
少年が大きな声で叫んだ。
「君たちの名前を教えてくれないか! 見たところ上流階級だろう! 俺もそこそこに位が高い、是非お礼をさせて欲しい!」
その言葉に、三人は一気に白い目を向けた。鼻で笑うようにユリウスが口を開く。
「結構です。お礼などいりませんし、身分も名乗りません」
「なぜだ!?」
「必要ないからです」
バッサリと切り捨てる。
「貴方方にとって僕らは命の恩人かも知れませんが、僕らにとってはただの患者です。僕らは貴方を信用していない。子供と言っても容易に情報を渡すわけにはいきません」
そう告げて、次の言葉が帰ってくる前にユリウスたちは牢を出た。
それは当然の判断だ。治癒魔法は秘匿とされているし、ポンポン身元がバレてしまえばたまったものではない。それこそ誘拐の原因になる。位が高ければ高いほど、素性はひた隠しにせねばならないのだ。
そもそも仮に教えたとしてここから出られなければ意味が無い。
客観視が得意なユリウスとて、焦燥や不安は人並みに抱いている。治療する際に泣きじゃくる子供もいたが、ユリウスの心境は彼らとそう変わらない。
だが、ユリウスは泣かない。泣いていても状況は好転しない。誘拐事件のタイムリミットは約七十二時間で、その間ずっと命の危険に晒されていることを忘れてはならない。泣いているあいだにも、刻一刻と生存確率は下がっていく。
何よりも、ユリウスはマリアの弟で、ルークの弟子なのだ。ここで泣いて蹲り、彼らの助けを待つだけなどありえない。救出前に全員無事で脱出をするくらいの心意気でなければ、彼らと肩を並べるなど夢のまた夢だ。
だから、ユリウス=セイントベールは俯かない。
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