黒い悪寒
先週は…大変…申し訳ございませんでした…
「わたくしには兄が一人いますわ。心技体に優れた武人で、現在は他国に留学しております。体が弱かったわたくしはいつも、蔑んだ目で言われてましたわ。『戦えぬなら外に出るな、恥さらし』と」
「な……っ」
「一度、兄の前で倒れたことがあります。それからは外に出させてもらえず、屋敷の中で父と兄の帰りを待つ日々でしたわ。まぁ、兄からは一度も『ただいま』と言われたことはありませんが」
愛されていないわけではない。父と母からは惜しみない愛を受けている。ただ、体が弱いために兄から毛嫌いされている。だから歳が近く優しいルークに懐いた。そんなことを仲のいい彼らを見て少し思い出してしまっただけだ。
「じゃあ、見返してみる?」
「!?」
突然降ってきた声にバッと上を向く。そこには陽の光を浴びて輝く髪を耳にかけたマリアが挑発的な笑みを浮かべていた。
「っ、馬鹿にしてるんですの!? 戦う手段も、仲のいい兄弟も、なにもかも持っている貴女にはわかりませんわ! そんな簡単に見返せたら……っ」
『戦に立てない愚図は生きる価値無し』
兄の言葉が反響する。
「わたくしは……役立たずには……」
ぎゅう、と握ったスカートが滲む。強く握りしめて白くなった手を、ふわりと温かい手が包んだ。
「じゃあ、今はやめとくわ。嫌がる子に無理強いするつもりもないしね。……でも、もし。もし、アリスがどうしても強くなりたいって思ったら、私が助けてあげるよ」
約束ね。
指切りをしてきたマリアの顔は、左手に添えられた手と同じくらい温かかった。
*****
「今日は何して遊ぶ?」
アリスがアラベスタ邸に来てから五日。思ったより適応能力の高かったアリスは、マリアたちにだんだんと馴染んできた。特に同い歳の二人とは仲が良く、無邪気に遊ぶ姿はとても癒される。
「昨日はけん玉、というものでしたわね」
「姉上、なにかありますか?」
こてん、と首を傾げる三人に、マリアは仁王立ちで〈ケース〉を展開した。
「んふふー、今日はね……お手玉です!」
ジャジャーン! と取り出したのは昨夜ハギレで作ったお手玉だ。中にはリンに頼んで見つけてもらった数珠を入れてある。
「リア姉、これどーやって遊ぶの?」
「これはねー、こうやって……」
マリアは二つ手に取って、ポンポンとリズムよくジャグリングを始めた。シャラシャラと心地いい音が鳴る。
「慣れれば片手でやったり三つ四つ入れたりできるよ。どう?」
ニッと笑ったマリアの手元を年少組はきらきらとした目で見つめていた。
「お呼びですか、陛下」
完璧な作法で国王へとかしずいたマリアは、顔を伏せたままそう言った。
マリア、ルーク、アランの三人は陛下に呼び出され、年下組にお手玉を渡したあと早急に謁見の間へとやってきていた。ちなみに年長組は本日お母様と王妃様に連れていかれた。なんでも高名な音楽家の演奏を聞きに行くらしい。
「人払いしてあるから楽にしろ」
「はぁい」
〈ケース〉からポポンと三つの椅子を取り出し、遠慮なく腰掛ける。
「んで、おまえらを呼び出した要件なんだけどな? ちょーっと困ったことになってんだわ」
「困ったこと?」
「いや、つい昨日な、宮廷魔術師が一人捕まったんだ」
なんでも、以前から城内のあちこちでトラブルが起こっていて、陛下と近衛騎士はずっと調査をしていたらしい。それを昨日捕らえたものの、自害用の毒で死なれたそうだ。
「てなわけで、変なもんが仕掛けられてねーか、マリアたちに見てもらいたい」
「わかりました。じゃあルーク」
「うん」
マリアは探知を、ルークは〈賢者の眼〉を使い、城内を見渡していく。
「ん……?」
少し、じわじわと染み出るような黒いオーラを感知する。同じく視たらしいルークが目を見開く。
「ここは……」
「子供部屋……ッ!?」
その瞬間、ぞわりとした悪寒がマリアの背筋を走った。
「やな予感がする!」
「待ってマリア! 僕も行く!」
「あっ、おい!?」
アランの声を背に受けながら、マリアとルークは弟達のいる子供部屋へと飛んだ。
「…………う、そ」
がくりと膝をつきそうになるマリアの体を、ルークが抱きしめるように支える。子供部屋にあるのは、マリアが渡した数個のお手玉のみ。そこに子供の影はない。
「ゆ、りうす……!」
王国の中心、王城で起こった誘拐事件は瞬く間に広がっていった。
「犯人の目星はまだつかないのか!? 追跡班はどうした! 分析班、魔力痕跡の解析は!」
「ハッ! ただいま調査中であります!」
「オーウェン様! 王都の東門、西門すべて封鎖しました! ギルドマスターには通達済みです!」
「あの魔術師一人でこんな大それたことは不可能だ。必ず協力者がいる。それを探ってくれ!」
「身代金の要求もない。なんだ、何が目的なんだ」
大人達が右往左往、会議室の中を走り回る。伝令がかわるがわる部屋を出入りした伝書鳩はひっきりなしに窓から飛び去っていく。
マリア、ルーク、アランの三人はその隅で、ルークの〈賢者の書〉を開きながら作戦会議を繰り広げていた。
「探査もだめ、索敵もだめ! 《結界探知》にもかかんない! これだとリンのときより強いやつが使われてるかも!」
「妖精の魔力を遮断するほどの結界か!? そうなると限られてくるぞ!」
前に話していたことを覚えていたようで、アランは大きく目を見張った。あれの残骸を父であり宰相であるオーウェンに渡したとき、リンと同じく王族が管理するものだと言っていた。それより強い結界なら管理はもっと厳重なはずだ。
「あれは四つの装置で造られてた。あれ以上ならもっと装置が多いか大掛かりになるはずだよ!」
「待って、今調べる……出た!」
「おい……これ、アーティファクトじゃないか! こんなもの宮廷魔術師でも解けないぞ!」
アーティファクトとは古代の魔術師が作った強力な魔道具のことである。古代魔法と同じく高度かつ高性能な魔道具の価値は恐ろしく高く、国庫に片手ほどの数があればその国は豊かだと断言出来るレベルだ。
「いや……恐らく解除は簡単だ。起動に必要な魔力以上の攻撃を加えればいい。それは僕とマリアができると思う」
「だけど場所がわからないんじゃ次の手が……」
そう、元をたどるとそこが問題だ。マリアの魔法で見つからないのなら他の魔術師がやっても同じ。何かないかと頭を回していると、白い毛玉がマリアの腕に飛び込んできた。
「ま、マリアさまぁっ!」
「シロちゃん!?」
ユリウスの契約妖精、シラタマことシロはもふもふを涙で濡らしてマリアに縋った。
「シロちゃんどうしたの!? なんでここに……!」
「と、突然、黒い穴が壁に開いてっ、皆さまが吸い込まれてしまって……! 主様が私を逃がして下さって、マリアさまのもとへ行けと……っ!」
「っ、ユリウス……!」
パニックになっても仕方ない状況だったのに、あの子はなんて冷静な判断をしたの。
零れそうになった涙を堪えながら、マリアは強くシラタマを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ、絶対助けるから……!」
「マリア! シロをこっちへ!」
「ルーク?」
「妖精がいるなら話は別だ。妖精は主と密な魔力で繋がっている」
「そう。だから妖精は主と長距離離れても魔力を辿って主の元に戻れるんだ。シロがユリウスと契約したとき、僕はそれを教えた」
──ユリウスはそれを覚えていて、とっさに最良の判断をしたんだ。
ルークの言葉に、マリアの涙腺は決壊した。
何に泣いているのかわからない。ただ床に落ちる水滴を見て、マリアはぐっと目元を拭った。
この涙はすぐに止めなくてはいけない。だって、マリアは、私は、ユリウスの姉なのだ。今一番泣きたいのは、攫われたあの子たちなのだから。
嗚咽を噛み殺しながらシラタマを抱く力を強める。。
「シロちゃん、あの子は頭がいいわ。だって私の弟で、ルークの弟子だもの。絶対無事だって断言出来る。もしかしたら、二人を守りながら脱出しちゃうかもしれないわね」
幸いユリウスは治癒魔法の使い手だ。怪我をしてもすぐに治してしまうだろう。
「ルーク、どうすればいいの?」
「まずは……」
「陛下! たった今警備兵から連絡が!」
ルークの言葉は途中で遮られ、一人の衛兵が部屋に飛び込んできた。
「なんだ!」
悲痛な面持ちの彼は、大きな声で叫んだ。
「な、七歳になる街の子供が数人、消えた、と!!」
室内に雷のような衝撃が走る。その衝撃から逃れる前に、部屋にまた一人伝令が走ってきた。
「陛下!」
「今度はなんだ!」
「貴族の子息女が数人消えたとの報告がありました! 全員ッ、七歳だそうです!!」
こうなれば、次にすることは決まってくる。
「消えた子供たちの共通点を探せ! 攫われていない子供がいるということは、年齢以外にも原因があるはずだ!」
「近衛を含む騎士団は攫われていない子供たちの安全確保をに動け! 魔術師団は現場に行き魔力痕跡を探れ! 汚名を返上しろ!」
『ハッ!!』
こうして前代未聞の誘拐事件は歴史的大事件へと発展した。
土日のどちらかには…今度こそ2話投稿を…したいと思っております…先週は本当に…申し訳ございません…




