悪役令嬢、目覚める
女の人の、泣き叫ぶ声が聞こえた。
綺麗な声が何度も何度も同じ言葉を繰り返す。浮上してきた意識で耳を澄ますと、他にもたくさん、どれも悲しそうな声がした。
(……泣かないで……)
急な使命感に襲われて、ぐっと瞼に力を入れる。
目を覚まさなければ。泣き止ませなければ。
そんな衝動に急かされるように、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、クリーム色の天井。ぼうっとする意識で視線を下に下げると、手で顔を覆っていたりベッドに顔を伏せている人が何人もいた。誰もこちらが目を開けたことに気づかず、ぐすんぐすんと鼻を鳴らしている。
「……っ…………」
声が出ないから、仕方なく重たい身体を無理やり起こす。途端、啜り泣く声が止んだ。
自分を取り囲んでぽかんと口を開ける人達を見回すと、自分の手が握りしめられていることに気づいた。綺麗な金髪を振り乱した美しい女性。コバルトブルーの瞳からは絶えず涙が零れ、それでも視線を逸らすことなくこちらを凝視している。ぎこちない身体をなんとか動かして、その白く細い手に握られていない方の手を重ねた。
「……おかあさま」
舌っ足らずな声が出た。溢れるように紡がれた言葉が静まり返った部屋に落ちる。
一瞬の間を置いて、女性の瞳が、眼球が飛び出そうなほど見開かれた。そんな様子を見て、にっこりと微笑む。
ぼろぼろと涙を零すお母様、呆然とするお父様、状況が理解できていない使用人たち。
まだぼんやりとする頭の中に、膨大な量の情報がどばどばと流れ込んできた。
自分は一度死んだこと。マリア=セイントベールとして転生し、病気にかかったこと。現世の意識が消えかけたことで、前世の意識が表面化したということ。
そして、自分が乙女ゲームの悪役令嬢である事。
「……マ、リア……?」
「っ……はい、お父様」
あまりの量に目眩がしたものの、震えた声が聞こえて気を失わずに済んだ。
反射的に言葉を返し、その声の発信源を辿る。
銀色の髪に真っ赤な瞳。お母様とは対象的な色味の、お父様。その姿を捉えて、もう一度微笑む。
次の瞬間、体に衝撃が走った。
「マリアぢゃん!!!!!」
「ぐふっ」
ぎゅうううっと苦しいほどに抱きしめられた。私を抱きしめてわあわあと泣き出すお母様を宥めるように声をかける。
「お、お母様、落ち着いて……」
「マリアちゃ、マリアちゃん! お、お医者様がもう回復は無理だって、死んじゃうって仰ってたのに! 目は覚めないって言ってたのに! こんな、こんな喋れて、お母様って呼んでくれてぇ……っ!」
子供のように泣きじゃくるお母様。ぬいぐるみのように抱きしめられて喉から「ぐぇ」なんて声がする。
この人華奢な見た目に反して力強いな。潰れる。
ひとまずその手から逃れようと身をよじると、上からさらに強い力でお母様ごと抱きしめられた。
「うおおおん!! よがっだ!!! よがっだマリア!!! うおおおおん!!!!」
にゃん〇ゅうかな?
シリアスな空気を吹き飛ばして咽び泣くお父様に若干引きつつ、なんとか呼吸できるだけのスペースを確保する。
このままだとお母様の豊満な胸で窒息死しそう。それが本望な人からやじが飛んできそうだけど、せっかく死の淵から蘇ったんだし私としてはまだ死にたくない。
「……っ」
ゲームでは傍若無人だったマリアは、やっぱり幼くても粗暴で我儘だった。そこに私の性格はかけらも無い。けど、私の意識は体の幼さに引っ張られているらしかった。
「ああ、よかったわマリアちゃん……! 私たちの愛しい娘……!!」
「あぁ本当に……温かい。ちゃんと体温がある! 生きているんだ!」
そう言って抱きしめられて、視界が滲んでしまうのだから。
「おかあ、さま……おと、さまぁ……!!」
私は大きな声を上げて泣いた。お母様にそっくりな泣き方で、お父様と同じくらい大きな声で。
わんわんとお母様に縋り付きながら泣いていた私は泣き疲れて、お母様に抱きしめられながら眠ることとなった。
初めまして!さびねこ。と申します。
皆様に読んでいただけるよう精一杯頑張って参ります。よろしくお願いいたします!
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※不慣れにつき、話の都合上設定などを変更する可能性があります。その度にご報告致しますので温かい目で見守っていただけたら幸いです。