噂
「……ねえ。さっきのどうやるの?」
白い石の柱が並ぶ廊下を、一限目の薬材学の授業の教室へ向かっていたら、ウェイウェイに聞かれた。周りを、あたしたちと同じで授業に遅刻しまいと急ぐ生徒たちが駆けていく。
「さっきのって?」
「あの走る光」
「──あ、あれ? あれはね」
さっきプリシラを止まり木へ誘導したときに出した、光の玉だ。実はあれ、あたしの得意魔法なのだ。
「杖をこう──」
あたしはローブから杖を抜いて、クルッ、ポン! と振ってみせた。今度は金色と紫色の光の玉が出て、宙を駆け回る。ウェイウェイのことを考えながら唱えたから、ウェイウェイみたいな色になった。
「──呪文は、『飴玉蛍の猫じゃらし』よ」
「あ、猫用の魔法なんだ」
そう、何を隠そうあれは対猫用の魔法である。一時期猫を飼いたいなあと妄想していて、いつか飼ったときに備えて色々練習していたら、猫に対する魔法だけは上手くなれたのだ。
「ウェイウェイ、光の玉……が好きなの?」
「うん」
ウェイウェイが嬉しそうに頷く。目が細くつり上がって、涙袋がぷっくり膨れた。
「私は猫じゃないけどね、低く浮かんでる光が好きなの。……変かな」
「変じゃないよ。ウェイウェイの好きな呪文があたしの得意魔法でよかった」
あの呪文は猫に使うことはなかったけど、プリシラにはそこそこ役に立っているよなあ……とぼんやり思っていた私は、取得してよかったと初めて強烈に感じて、嬉しくなった。
大理石の廊下を端から端まで歩けば、そろそろ教室に着く。前方の半開きになっている扉を指差して、あたしがもうすぐだよ、と言おうとしたら、
「ねぇ──」
ウェイウェイが口許に手を添え、こそっと言ってきた。紫色の瞳がきらきらしている。何事かとあたしも首を屈め、内緒話に備える。ウェイウェイとあたしでは、あたしのほうが背が高いのだ。
「──眠り姫がいるって、本当?」
「ねむりひ、は、え、なに?」
内緒話はどこへやら、ウェイウェイの突飛な言葉に、あたしは素っ頓狂な声を出してしまった。ウェイウェイのほうはあくまで真剣そうな小声で続ける。
「前にいた学校でね、『この学校には眠り姫がいて、悪魔のネジバナと、恐ろしい怪物に守られてる』って有名な噂があったんだけど、本当?」
「は、初めて聞いた……」
あたしは口をあんぐり開けてしまっていた。ウェイウェイもぱちくりまばたきをする。
「そうなの? 噂、ないの?」
「うーん……ドラゴン狩りに出かけて帰ってこない生徒の話はよく聞くけど……」
それだって、何ヶ月か経てば渦中の生徒がしれっと戻ってきていたりするものだから、別に誰も大騒ぎなんてしない。
ウェイウェイはぽかんとするあたしを見つめ、ふよんと首を傾げた。黒髪も揺れる。
──そんな噂、初めて聞いた。ていうか、ここに住んでいるあたしでもそんな噂は聞いたことがない。ていうか、そんな噂があるなら、ぜひに新聞部で取り上げたい──。新聞部の血が騒ぎ始める。
「新聞部のネタにぴったりだ……別にゴシップ紙ってわけじゃないんだけど──」
あたしはまだわくわくを抑えてウェイウェイを窺う。
「──ウェイウェイ。新聞部の初仕事、他校での本校の噂話の徹底検証……ってどう?」
「うん、それなら私にもできそう」
ウェイウェイがにこっとして、あたしは俄然やる気とわくわくが大きくなった。
「よし! じゃあまずは知ってること詳しく聞かせて!」
教室の扉の真ん前に立ちはだかって、ウェイウェイの手をがしっと握り、あたしたちはここに「ウィザースプーン魔法魔術学校フクロウ新聞部、噂の真相を追え!」部を発足したのだった。
薬材学とは「魔法薬の材料についての学習学」の略で、薬学で調合する材料について学ぶ教科である。授業では草の根を干したり、木の皮を煮詰めたり、カゲロウの成虫の翅やチャドクガの幼虫の毒針毛をむしったり、豆をすり潰したりする。この授業は手さえ動かしていれば堂々とお喋りが出来るので、ありがたい。
教室にはもうルジェナたちがいた。入ってきたあたしとウェイウェイに気づいて、手を上げてくれる。隣には席が二つ確保されていた。
あたしはルジェナに手を上げて応え、ウェイウェイと一緒に向かう。あたしたちの入室はほぼ最後だったから、助かった。これで噂話について、ルジェナの意見も聞ける。
「おはよう、アイリーン」
ウェイウェイと一緒に席に着くと、後ろの席の男子に挨拶された。青と銀のネクタイを締めている。鷲の翼寮の男子ではない。
「──ヘンゼル。おはよう」
あたしも振り返って挨拶を返す。明るい茶髪にブラウンの目──彼は鯨の尾寮所属の人族だ。
ウィザースプーン魔法魔術学校にはこんな風にたまに人族も在籍している。こういう場合、親が革新的か、本人が変人かのどちらかと相場は決まっているけど、ヘンゼルはいたって普通の男子だった。私たちは仲良しだ。ちょうどいい。あとでヘンゼルにも噂話のことを聞いてみよう。
ほどなく担当教授のオーギュスト・オランジュ先生がいらして、授業が始まった。オランジュ先生はエリザベスと同じアラクネ族の男性で、いつも白衣を着ている。
この授業は鷲の翼寮と鯨の尾寮の合同授業だ。今日の課題は、セイヨウマルハナバチから花粉をもらうこと。あたしたちはセイヨウマルハナバチに催眠の魔法をかけるため、杖を取り出した。材料をあれこれいじくり回すだけの授業と思われがちだけど、こんな風に中級魔法が必要とされる科目だから、楽ちんなわけではない。
魔法使いの必需品、杖。ウィザースプーン魔法魔術学校の生徒は、杖やローブや教科書など学生生活に必要な物は、入学後学校まで販売に来てくれる業者や職人から買うことになっている。暮らしてきた環境に差があるため、入学前には必要な品を満足に手に入れられない生徒がいることが考慮されている。
杖の種類はたくさんある。見た目もそうだし、材料も特性も一本ずつ異なる。また製造も、安く均整の取れた一律生産の学生杖から、お金と手間のかかるオーダーメイドまで色々ある。
あたしたちウィザースプーンの生徒が持つのは、驚きの鏡横丁に店舗を構えて二千年、老舗の杖ブランド「ワンド・ザ・エルメネジルド」の杖だ。職人たちが一本ずつ丹精込めて作る杖はまさに芸術品といえる。
杖選びはすごく大変だった。自分と相性の悪い材質のものを試すと、火花は散るし蒸気は出るし、運が悪いと手が凍ったり爆発したりする。みんな戦々恐々としながら試した。買う前に職人さんからカウンセリングを受けて、こんなものがいいかもしれない、と見当をつけてから試し振りをする。幸運なことに、あたしたちの年度は、体のどこかが吹っ飛んだ新入生はいなかった。あたしたちは何十本も試してやっと、自分に合う杖と出会う。あたしは今の杖を振り下ろしたとき、杖先からアイビーの葉がしゅるしゅるっと伸びて空中を漂った。腕の疲れなんて忘れるくらい、とても嬉しかった。
あたしが最終的に落ち着いた杖は、モンゾの木でできた杖だった。芯にはグリフォンの尻尾が使われている。硬くて丈夫で、何よりけっこう値段が高かった。
隣にいるルジェナの杖は、月桂樹製だ。芯はコキンメフクロウの尾羽で、ラピスラズリの小さな紫色の結晶がちらちらと顔を覗かせている。気難しい杖で、ルジェナ以外の人が触ると不機嫌になる。
ルジェナの前の席にいるリカルダの杖は、チュペロの木で作られている。芯に流れるのはドラゴンの血。強く握ると脈打っているのが感じられる。あたしの杖と同じくらい値段が高い。魔法の純度を高めてくれ、途中で目詰まりを起こしにくい性質の杖である。
あたしの前に座っているシンシアは、銀木犀の木の杖を使っている。芯はミスリルの金属弦。魔法を長続きさせる特性を持つ杖だ。ミスリルのおかげで絶対に折れないんだけど、ミスリルのせいであたしたちの杖とは値段の桁が違う。
ウェイウェイの前の席のエリザベスは、ニレ製の杖で、その芯にはペガサスの羽根が入っている。杖の軌跡が光の筋で残る、綺麗な杖だ。
離れた席に座っているアレクセイは、アスペンの木の杖を愛用している。芯はドラゴンのひげ。呪文の効果を増幅してくれ、寒さにも強い杖だそうだ。
あたしの後ろの席にいるヘンゼルの杖は、ハシバミの木だ。芯は不死鳥の灰。曲がりにくく燃えにくい、細くて短めの杖。
あたしの隣では、ウェイウェイがモミの木の杖を振っている。芯には鳳凰の風切羽が使われていて、やる気に満ちあふれた杖だそうだ。
セイヨウマルハナバチの大量催眠に成功したから、ようやくお喋りに集中できる。
あたしはルジェナにウェイウェイが知っている噂話を話して聞かせた。
「──で、真相を調べて記事にしようと思ってるんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないかしら」
ルジェナは大して驚きもせずに頷いた。なんでそんなに反応が薄いんだろう。
「ウィザースプーンは創立から千年以上経ってるのよ。そろそろそんな噂の一つや二つ、出回らなきゃ」
なるほど。
マルハナバチをただ寝転ばせているだけのあたしと違って、ルジェナはハチたちに自分から花粉団子を差し出させている。花粉団子をルジェナに渡したハチたちは、今度は机の右半分で輪になりロンドを踊っている。ここまでしてもルジェナは涼しい顔だ。月桂樹の杖の先のラピスラズリの結晶もきらきらしている。あたしのほうは、ただでさえマルハナバチが動き出しそうで、すでに汗をかいていた。うーん、植物なら得意なのになぁ……。
四苦八苦しているあたしに向かって、ルジェナが突然言う。
「記事にするために調査するのよね? 面白そう。あたしもやるわ」
「は?」
マルハナバチから注意が逸れ、催眠が解けかける──ハチたちは一斉にもぞもぞし始める──あたしは慌てて杖を振る。
ルジェナが苦戦するあたしを通り越して、マルハナバチがくるくる回って困っているウェイウェイのほうに身を乗り出した。
「ウェイウェイ、もっと聞かせてちょうだい。噂話って、意外にヒントが隠れていることがあるものなのよ。得られるだけの情報は得ておきましょう」
「う、うん」
モミの木の杖を小さく何度も振りながら、マルハナバチから目を離さずに、ウェイウェイは頷いた。
昼休み。
あたしたちはサンドイッチをバスケットにたくさん詰めて、外へ出てきていた。
噂話については、一限目で話したきりだった。二限目のガブリエーレ・クワイン先生の古代魔術は、小テストだったから話す時間なんてなかったし、何より疲れた。やっと腰を据えて検討できる。──そしてその前に、ご飯が食べられる。おやつ用のリングドーナツは、とっくに食べ終わっていた。
あたしたちは、湖に突きだした桟橋の上に陣取って昼食にすることにした。学生鞄は岸に放り出して、日光に照らされた桟橋の木の板の温かさをお尻で楽しむ。ウェイウェイが座ると、スカートの後ろに九本の尻尾がもくもく盛り上がった。教室に押し込められて火照っていた頬が、湖面を吹く涼しい風に当たって気持ちがいい。
一緒にいるのはあたしを入れて五人。あたし、ルジェナ、ウェイウェイ、鯨の尾寮のヘンゼル、そして鷲の翼寮の生徒でも合同授業で一緒だったわけでもないケンタウルスの男子。
彼の名前はロレンシオ。紫と緑のネクタイをした麦の穂寮の生徒で、下半身は馬の姿だ。
ロレンシオは麦の穂寮の所属でとても賢い。試験ではルジェナと点数を競っている。その関係であたしとも仲がいい。強力な助っ人になるだろうから呼び出した。
ヘンゼルとあたしはフクロウ小屋で仲良くなった。ヘンゼルもフクロウを飼っている。彼のフクロウはカラフトフクロウ、名前はニコレイだ。ニコレイとプリシラも仲がいい。ヘンゼルは授業中にあたしたちの話を聞いていて自分からついてきた。
ローストチキンのサンドイッチに大きくかぶりつく。空っぽのお腹が早く早くと急かしている。食欲のまま噛み締めて、アイスティーで流し込む。
バスケットの中にはほかに、ローストビーフ、ビーフステーキ、ターキー、厚切りベーコンのサンドイッチ、それからきゅうりサンドがある。そしてデザートには苺とホイップクリームのサンドイッチ。豪華だ。
ルジェナもウェイウェイもヘンゼルもロレンシオも、まずは空腹を満たすことに集中する。あたしたちは一心不乱に食べた。
──ほんの数分後。最後の一口を放り込んで、アイスティーを飲み干して、あたしたちはバスケットのフタを閉めた。十五歳の食欲は疾風迅雷なのだ。
噂話についてわかったことは以下。ウェイウェイに何度か噂話をくり返してもらって、ルジェナが羊皮紙にまとめた。
その一、そんなに前からある噂じゃないけれど、
その二、ウィザースプーン城のどこかに、
その三、悪魔のネジバナと、
その四、恐ろしい怪物に、
その五、守られて、
その六、美しい、
その七、眠り姫が、
その八、眠っている。
その九、ウェイウェイのいた学校では結構有名だった。
「なるほどね」
ルジェナが羽ペンで羊皮紙をトントン叩く。そして話し始めた。
「一つずつつぶしていきましょう。そんなに前からの噂じゃないってことは、古くてもここ百年内での出来事ね。それより前だと、こんな噂はさすがに廃れるわ。そもそもウィザースプーンは、毎年どの種族が入学した、卒業した、教員になった、ってニュースになっているんだから。
で、先に七つ目、眠り姫の正体だけど、もし生き物なら、まず性別は女よね、姫だから。
次に、あたしみたいなラミアーじゃなさそうだわ。だってラミアーは眠らないもの。
もしかしたら珍しい魔法動物かもしれないけど、そうだとしても、魔力はそこまでじゃないわ。だって、そうじゃなかったら、怪物も悪魔のネジバナも突破して出てきちゃうもの。
逆に、恐ろしいものではないわ。もし怪物が眠り姫に負けて、眠り姫が脱走して、生徒が襲われでもしたら……。ウィザースプーンはこんなにインターナショナルな学校だもの、もし事件になったら、魔法界監理局にここぞとばかりに閉鎖に追い込まれるわ。首謀者が誰だか知らないけれど、そんなリスクはいくらなんでも冒さないはずよ。
もし生き物じゃないのなら、宝物とかね。盗まれるのを防いでいるんだわ。でも、生き物じゃないのなら、わざわざ姫っていうかしら? だから、物の可能性は低そうよね。
美しいっていうのは、この際無視してもいいと思うわ。狙っている誰かにとっての希少価値が上がるっていうくらいで、あたしたちにとってはたぶんそんなに重要じゃないと思うの。
姫が眠っている、ってことは、そこは静かだわ。生徒たちが近づかないところね。
それに、たぶん空気が綺麗で、あんまり怖くないところなんだわ。だって誰かが眠ってるのよ? 環境が悪かったり、怯えさせるような場所だったらダメじゃない。ということは、風も通って光も差す窓があって、目覚めたら出てこられるよう、扉もあるはずよ。
それに姫は守られてるんだから、きっと悪魔のネジバナと怪物は、眠り姫と同じ場所にはいないんだわ。どっちも躾なんてできないし、もし姫がネジバナと怪物に襲われたら、それって守ってることにはならないじゃない? だから、三者とも別の部屋よ。眠り姫にたどり着く前に、怪物たちが侵入者を待ち構えているんだわ。
怪物はそのまま怪物を指してるんだと思うわ。悪魔のネジバナが固有名詞なんだから、怪物のほうも比喩とは思えないもの。
城のどこなのかってことだけど、ある程度高さがあるところね。悪魔のネジバナは上に向かってどんどん伸びるから。てことは、どこかの塔なのよ。塔なら生徒たちが近づかないのも納得だわ。この城、塔はたくさんあるから。それに、校内でこの噂を聞かないってことは、相当誰も行かない塔なのよ。
怪物はそれより先にいるわね。悪魔のネジバナより強いから。でもそこはあんまり広くはないわ。侵入者に距離を取られて魔法でも飛ばされたら、怪物は失神するかもしれないじゃない? だから、怪物が侵入者を一発で踏んだり噛んだりできるくらいの広さの場所なのよ。そして狭すぎもしないわね。だって、いくらなんでも小さい怪物なら恐ろしいとはいわないわ。噂には一定の規則ってものがあるはずだから。
そして、最後だけど……」
ルジェナは一度言葉を切った。あたしたちは夢中で聞いている。
「ウェイウェイの学校って、瑯琊嶺魔法魔術学院なんでしょう? あの東の国の山奥にある……。そこって口裂けヒガンバナの原産地よね。ってことは、この噂はヒガンバナ経由で学校に持ち込まれたんだわ。彼らってお喋りだもの。
口裂けヒガンバナ経由ってことは、彼らと面識がある誰かが伝えたのよ。あたしたちの関係者とは考えにくいわ。滅多にそっちへは行かないから。
ここウィザースプーンと東の地方を行き来するのは、グールくらいよ。でもグールって闇の魔法生物だわ。ってことは、眠り姫は魔法族じゃなくて闇の生き物に狙われてるのよ。だから、闇の生き物のあいだでまず眠り姫が有名になって、それで東の国へ渡ったグールがヒガンバナ相手にお喋りして、瑯琊嶺学院に広まったんだわ」
グールとは、人肉を食べる、知性の低い魔法生物だ。その有害性から、ルジェナの言った通り、邪悪な存在である闇の生き物に分類されている。世界中に棲息しているんだけど、それはつまり棲めない場所がないってことで、どの個体がどこに出没しようと不思議ではないのが厄介なところだ。
「何年も闇の生き物を防ぐくらいで、あたしたち生徒に内密で処理してるってことは、相当強いんだわ、その怪物。悪魔のネジバナの威力なんて、たかだか知れてるじゃない? グールみたいな邪悪な闇の生き物を撃退するってことは、怪物のほうはそれ以上の強さの魔法動物よね。例えば……『エアレー』とか『グリフォン』とかじゃないかしら? ほら、エアレーはハンター殺しだし、グリフォンは宝の番人っていわれてるから。
先生方もこの眠り姫をご存じのはずだわ。役に立つくらいに成長したグリフォンなんて、先生以外に誰が世話するっていうの? それで、生徒には秘密にしてるんだわ。パニックになったり、好奇心を持たないように──あたしたちみたいにね。
だからあたしたちは──先生方には知られないように、規則違反を恐れずに──行かなきゃならないのよ」
ルジェナの話が終わった。見事な推理に、あたしたちからは自然と拍手が起こった。
これだけの話を聞いたから、五人とも神妙な顔だった。あたしたちは互いに顔を見合わせて、そして喋りだした。
「これは相当手応えがありそうね。ちょうどいいわ、今夜探検しちゃいましょう」と、ルジェナ。
「そうだな。早いほうがいい。気になるものを先延ばしにするのは性に合わない」と、ロレンシオ。
「準備する物、リストアップしなきゃね。何か使えるものあったかな……」と、ヘンゼル。
「本当? 嬉しいな……すごく気になってたの」と、ウェイウェイ。
おかしいな。まともなのはあたしだけみたいだ。
「ちょっとみんな、正気? もしばれたらどうするの? 怪我したり、どうにかなって戻ってこられなかったら? 万が一退学にでもなったらどうするつもり? 最悪じゃん。ウェイウェイなんて編入初日なんだよ!」
「あら、来ないの?」
「何言ってんの、行くに決まってるでしょ。冗談じゃないよ」
五人で意気投合してしまった。
ほかにも誰か誘ってもよかったんだけど、メンバーはこのままで行くことにした。シンシアは話しただけで卒倒しそうだし、リカルダは今夜は夜会で留守だし、エリザベスはシンシアが一人になっちゃうから三号室に残るだろうし、アレクセイなんかはシンシアがいないなら来ないだろうし。
あたしたちは、今日の真夜中、「涙するドラゴン首の壁掛け彫像」の前に待ち合わせることに決めた。