ウィザースプーン魔法魔術学校
東の端に金星が輝きはじめた。夜はもうじき役目を終える。空のあちこちには雲が浮かび、地平線から風が吹いていた。
風は、広い野原に草の波を起こし、なだらかな丘をいくつも越えていく。そして林を抜け、深い森の梢を渡り、遥か西に走る山脈までやって来て、ぶつかった。砕かれ、勢いを失った風は山肌を転がり落ち、麓へ吹き降りていく。
山と森は、実のところ遠く離れていて、そのあいだに大きな湖を湛えていた。上空の嵐とは無縁の穏やかな湖である。
雲と星を映していた湖面は、すっかり弱々しくなった風に撫でられ、さざ波を生む。波はそのまま岸へと駆けていった。
湖畔には城が建っている。白い石の城だ。そびえる山を見上げ、鬱蒼とした森を見渡し、塔が天へ向かって何本も伸びていた。
そのなかの一番高い塔のてっぺんに、青年が佇んでいた。三つ編みにした長い髪が夜風に揺れている。彼は昇りゆく金星を見つめ、一人何かを待っていた。
コトリ、コトリ──……。
塔の真ん中を貫く柱に埋められた、見上げるほどに大きな砂時計から、真っ赤な鉱石が五つ落ちる。最後の音を合図に、青年は西を振り返った。
雲の尾がたなびく夜空を、山の端へ傾きはじめた月。
遠く、光の縁から滲むようにして、姿を現した影があった。
影は城へ近づいてくる。それは大きな翼をしている。
影は一番高い塔を目掛けてその羽ばたきを次第に緩め、風で辺りを打ち払うようにして着地した。
青年の前髪がぶわりとめくれる。彼の目の前には、薄月を背に生き物が立っていた。
人間の頭、大きな翼、羽毛に覆われた豊かな胸、鱗の光る長い脚、鋭いかぎ爪、長い尾羽──。銀色に輝くハーピーだ。
青年が会釈をする。
「──先生。いかがでしたか」
ハーピーは首を振った。銀色の髪が波打つ。
「ごめんなさいね……収穫なしよ」
「そうですか。ありがとうございます」
青年は頭を下げる。ハーピーは彼を見下ろし、ため息を落とした。
「今夜も何も?」
「はい。力を尽くしました」
「ご苦労だったわね。戻りなさい」
「失礼します」
青年はその場から姿を消した。歩きもせず、音もなく、ただ姿を消した。もう跡形もない。
彼の消滅を見届けて、ハーピーは歩き出した。長い尾羽と大きな翼の先を引きずっている。そのまま塔の階下への螺旋階段をしずしずと降りていった。
ジャッ……ジャッ……と、その鋭いかぎ爪が石の床に当たる音が響く。ハーピーは螺旋階段のカーブをゆっくりと曲がって、影だけになった。足音も遠ざかっていった。
東の地平線が明るくなり始めた。城はだんだん白く照らされていく。
城の屋根に掲げられた旗が最後の夜風に靡いた。その動きが可笑しいのか、翼と角の生えた石のガーゴイルが一匹、クツクツと背中を震わせた。
ウィザースプーン魔法魔術学校は、大魔法使いセレスティノ・ウィザースプーンが死ぬ間際に遺した学校である。あらゆる種族に門戸が開かれていて、教師、生徒を問わず、様々な種族出身の者が在籍している。
この魔法界には、普通の魔法使いや魔女といった人族のほかにも魔力を宿す存在がある。それは人族以外の魔法族に生まれた突然変異の個体だ。
各種族の中には、まれに一族が本来持つ力よりも魔力のほうを強く授かって生まれてくる者がいる。そうした者は、魔法の力をコントロールするべく訓練を受けなければならない。
魔法を学ぶには、生粋の魔法使いと魔女たち人族の社会にある魔法学校へ行くのが一番よく、またそれしか道がなかった。魔法界に暮らす、人族以外の魔法族の社会には、魔力を宿した種族内マイノリティーのための機関がないからだ。
そういった各種族の子供たちを快く受け入れる人族の学校はほとんどなく、みなウィザースプーン魔法魔術学校へたどり着く。子供たちは本校で魔法の訓練を受け、力の扱い方を学ぶ。
一人前の魔法使いと魔女になり一族の元へ帰る日を夢見て、生徒たちは日々勉学に励んでいる。
創設者であるセレスティノ・ウィザースプーンは、人族でありながら、柔軟で開放的で自由な考えの持ち主だった。その思想が脈々と受け継がれるこの学校には、人族と他種族の間に起こりがちな差別がない。本校の生徒はその校風を誇りに思っているが、ほかの魔法学校の者からは煙たがられている。
多様な魔法族がそれぞれの地で領分を守ることで成立しているこの世界では、排他的で閉鎖的な空間がよしとされている。
種族を超えて愛の生まれることもあるこの世界だが、それ以上に純血主義は多いのである。
フクロウの朝飯は早い。いや、晩飯といったほうが適切だろうか。
夜行性の彼らは、朝に腹ごしらえをして、昼の間に一眠りするからだ。
カーテンのすき間から差し込んだ朝日の中を、塵がきらきらと舞っている。朝日はだんだん移動して、天蓋付きのベッドの上にやって来た。
暖かい毛布をかぶり、羽根枕に頭を埋めて眠る生徒がいる。朝日に照らされ、生徒は、瞼に眩しさを感じて「んん……」と呻いた。
一瞬の覚醒も逃さないとばかりに、フクロウはベッドへ飛んでいく。スサーッと一陣風が立ったが、羽音はまるで聞こえない。
フクロウの羽根は柔らかく、音もなく飛ぶことが出来るのだ。これは真夜中の狩りで大いに役立つ。獲物に気づかれずに近づいて、静かに仕留めるそのさまは、鳥の中でも類を見ない見事さである。
そしてその無音ぶりは、ホバリングのときも例外ではない。ホバリングとは、空中の一点に打ち付けられたように留まって飛ぶことをいう。フクロウは飼い主の枕の上でしばらくホバリングをし、その頬を目掛けて降下した。
尻の格別に柔らかい羽が顔に当たり、目が覚める。
ああ、ふわふわだなぁ……と寝惚けていると。
キシャーッ!
ふわふわに、まるで似合わない奇声が、すぐ耳許で響く。
頬の上で四本ずつ、計八本の指が閉じたり開いたりしているのがわかる。ふくろうが顔の上に乗っているのだ。
爪研ぎのつもりかな……。
微睡みから抜け出すのは骨が折れる。毎晩遅くまで勉強会という名の乱痴気騒ぎに全力投球している学生の身には、朝は何より辛い。
キシャーッ!
また鳴き声が響いた。
今度は激しい風も感じる。翼を素速く上下させているのだ。音のない風は勢いよく辺りを仰ぎ、風圧で机の上の羊皮紙が大きくめくれた。ぱさり、と乾いた音を立て、羊皮紙はそのまま床に落ちる。未完成の宿題だ。
風はともかく、耳許で騒がれるのはたまったものではない。相手が腹を空かせたフクロウなら尚更だ。
根負けした生徒は、やっと目を開けた。
「……はいはい、おはよう……。プリシラ、お前は本当に気性が荒いね……」
起きたのは金髪の女子生徒。目を擦りながら大きくあくびをする。
彼女の瞳は綺麗なマスカット色なのだが、その目はまだろくに開いていない。半分寝ぼけたまま、彼女は毛布を蹴飛ばしてベッドから這い出た。
飼い主が起き上がると、フクロウはどこかへ飛んでいった。
その先には、彼女より一時間も早く起きて教科書をめくっていた別の女子生徒がいる。この女子生徒も昨夜の騒ぎに加わっていたはずなのに、この違いは素晴らしい。
「痛った! ……ちょっと室長!? あなたのフクロウ、爪伸びてない!?」
女子生徒が教科書の間から悲鳴を上げる。その頭にフクロウが止まっていた。
飼い主のほうの女子生徒は、パジャマを脱ぐために制服のローブを探しているところだった。
「──え? さっきまでは伸びてなかったけど……」
眠そうな顔で振り向く。マスカット色の瞳を細め、なるべく目を開けないで済むようにしながら悲鳴の聞こえるほうを見た。
「何よ、あたしには爪を立ててるってわけ!? 信じらんない! 痛っ!」
教科書を読んでいたはずの女子生徒は、教科書を放り出し、頭の上のフクロウを追い払おうと、しっしっと手を動かしている。フクロウもフクロウで、追い払われまいと、彼女の頭皮に余計に爪を食い込ませている。
その攻防戦を見れば、飼い主は普通フクロウを叱らなくてはならない。けれど彼女のペットは毎朝飼い主だけでなく、飼い主のルームメイトのところにも挨拶に行くのが常だった。
いつも爪を立てるとは限らない。大人しく小さな鳴き声で喋りかけているときもあれば、探しているネクタイをベッドの下から引っ張り出してくることもある。今朝は特別腹が減っていつもより気が立っているようだ。
「おいで、プリシラ」
彼女が腕を伸ばすと、フクロウが戻ってきた。足の裏の中央で止まるようにして、八本の爪は浮かせている。
飼い主を贔屓するペットに、彼女はルームメイトの被害を忘れてにやけた。
*
五角形の部屋がだんだんと活気づいてきた。
「あーんもお、今日調子悪すぎ! 髪が全然決まらないじゃない。今夜は満月だってのに、ダサいったらなーい……」
ベッドの上であぐらをかいて、赤茶の髪をあっちこっちに跳ねさせて、リカルダが杖からミストを降らせ、文句を言っている。
肩甲骨まで伸びた彼女の髪は癖がつきやすい上に、ボリュームも多い。だからちょっとの寝癖で嵐に巻き込まれたみたいに見える。
彼女の髪との格闘は毎朝のことだ。けど、今夜は大事な夜会がある日だったから、いつも以上に必死だ。でも、今の姿で髪を整えて、夜会のときには何か効果があるのかなあ。
リカルダの天蓋ベッドの隣の鏡台の前では、シンシアが無言で、一生懸命、頬に日焼け止めのクリームを塗っていた。
彼女は雪みたいに白くて、細い。鎖骨にかかる、夜の雪原みたいな銀色の髪と、大きくてこぼれ落ちそうな赤い瞳と、紫色をした薄い唇の端からちょこっと覗く小さな牙。寒がりでいつもマフラーを巻いているんだけど、首の後ろでマフラーに持ち上げられた髪がフワッと膨らんで、可愛い。女の子が欲しいものを全部持っているような子だ。
シンシアの隣にもルームメイトの天蓋があって、腰まである長い黒髪の少女が座っている。エリザベスだ。彼女はベッドわきのナイトテーブルに置かれた金色の秤を、青い瞳でじーっと見つめている。
「今日は、マイナス零点……二グラム。まあまあね」
天秤の片方のお皿には小さな重りが乗っていて、もう片方のお皿には水が半分ほど注がれている──エリザベスはその水に指を突っ込み、摘まみ上げた。
細い、透き通った糸が一本現れる。するすると滑らかなその糸を、彼女はそーっと引っ張って、糸巻きに巻き取っていく。手を動かすたびに水が流れるみたいにさらさらきらきらして綺麗だ。
これは彼女が寝ているあいだに勝手にできてしまう糸だった。こうして糸の束が何日分か貯まったら、購買横のリサイクル部に持っていき買い取ってもらっている。寝ている間にお小遣い稼ぎができるなんて羨ましい。
エリザベスの天蓋の隣でカーテンが開いた。
「……今日って嵐? 暗くない?」
「ぼけてるだけじゃない? 早く目玉はめなよ。ていうか、目玉なしでどうやって勉強してるわけ?」
窓から外を見ようとしていたルジェナが振り返った。暗い茶髪がゆらゆら揺れる。瞼の落ち窪んだ目許がちょっと怖い。
外は太陽がちゃんと昇っていて、明るい。ルジェナの眼のところが空っぽなだけだ。彼女は賢いはずなのにこういうところがなぜか抜けている。
実は、彼女は眠らない。不眠症とかじゃなくて、そういう人なのだ。
「心の目で読むのよ」
彼女はなんでもないように答える。目は空洞なのに、テーブルに積まれた教科書の山にぶつかることもなく戻ってきた。
そしてポケットから二つ、丸い目玉を取り出して、すぽすぽと眼窩にはめる。手鏡で深緑色の瞳がひっくり返っていないかを確認して、ルジェナは「よし」と呟いた。
「それ目玉を外してる意味ある? ──こら、プリシラ、離しなさい」
ルジェナの隣があたしの天蓋だ。別に昨晩の枕投げのせいじゃなくて、プリシラがどこででも羽繕いをするから、あたしのベッドには羽毛が散らばっている。そのプリシラは今、あたしの制服のネクタイを足に掴んで、嘴にもくわえて、放さない。
「すぐご飯にするから。もう食堂行くから」
ふわふわした羽毛が逆立っている頭を撫で、うぎぎ、と力の入った嘴の下をくすぐってなだめすかす。抗議のつもりかあたしの邪魔をしているけど、着替えないと寮の外には出られない。
このままじゃ埒が明かないから、あたしは枕元に転がっている杖を拾い、一振り──ポン! と光の玉を出した。
ぴょこんぴょこんと跳ねていく、赤、黄、緑の光の玉に気を取られ、プリシラはそちらを追いかけ出す。こうしてあたしは、空腹でイライラしていたフクロウから、ようやくネクタイを取り返した。
ここは学生寮、女子塔の三号室。ルームメイトは五人。リカルダと、シンシアと、エリザベスと、ルジェナと、あたし。それぞれ、狼人間、ヴァンパイア、アラクネ、ラミアー、エルフだ。みんなウィザースプーン魔法魔術学校の三年生。
室長はあたし、エルフ。不老不死なのと、植物と仲がいいことで有名な一族だ。
あたし個人に関しては、長い金髪と、黄緑色の目と、そばかすが散った白い肌──くらいしか言うことがない。背は高く、耳の先は紫陽花の葉みたいにちょんと尖っていて、エルフ族としていたって普通だ。勉強もそこそこ、実技もそこそこ、元気でご飯をよく食べる、平均的な生徒です。
さっき赤みがかった茶髪と格闘していたリカルダは、狼人間。瞳は黄色で、手脚が長い。彼女たちは満月の夜に狼に変身する。
ウィザースプーン魔法魔術学校では、今日みたいに満月の夜には、学校中の人狼族の生徒が月の光を避けられる地下講堂に集まって夜会を催す。食べて飲んで、歌ったり踊ったり、楽しいらしい。
このとき地下講堂の天窓を開けて満月の光を浴びて狼に変身するのも自由みたいで、そうなると、生身ではとても入り込めないくらいに危険なお祭り騒ぎになるらしい。次の日の朝、リカルダが頬や目元に大きな傷や痣を作って帰ってくるということがよくある。
心配になるけど、夜会の翌日は人狼族の生徒たちはみんな生き生きした顔をしているので、傷が早く治りますように、と祈るだけにしている。というか、男子生徒なんかは夜会でできた傷の大きさを自慢し、競っているくらいなのだ。心配ご無用。
全体的に雪のようなシンシアは、ヴァンパイア。もともと夜行性の種族だ。日の光にあまり強くないから日焼け止めは必需品。
人間──普通の魔法使いや魔女といった「人族」じゃなくて、魔法界とは別の世界に棲息していて、生まれながらに魔力を持たない「非魔法族」のほうだ──は、ヴァンパイアのことをドラキュラだのカーミラだの呼ぶ。それは種族名じゃなくて、個人名だ。
その上「奴らは人を襲ってその血を吸う」なんていって怖がるけど、あたしたち魔法族からすれば「怖い」ってだけで石を投げたり、火であぶってこようとする非魔法族のほうが、よっぽど怖い。
近代の本を読むと、にんにくや十字架を投げつけられたり、銀の杭で突っつかれたりしたヴァンパイアの話が載っている。彼らといい、中世末期頃に魔女狩りや火あぶりに悩まされた魔法使いたちのエピソードといい、迫害の歴史はため息なしには読めない。
長い黒髪のエリザベスは、アラクネ族。蜘蛛人間だ。下半身は蜘蛛の体で、彼女の長い髪と同じ、青みがかった黒い色をしている。
八本の脚のうち、六本を動かして歩く。残り二本は腕の代わりだ。手が離せないとき、忙しいとき、あたしたちみたいに腕が二本しかない種族は大変だけど、アラクネ族のみんなは脚を二本追加して優雅にやり過ごす。
アラクネ族の女の子は手先も器用で、編み物や手芸が得意だ。特にレース編みはとっても美しくて、文化祭では人気商品になる。学生時代からファンを持ち、卒業後は糸細工職人になる子も多い。
また、アラクネ族の人たちが作り出す「蜘蛛の糸」も商品になる。軽くて丈夫で伸縮性があって、日用品から魔法道具まで、用途は様々だ。
なかでも、寝ているあいだに彼ら自身も無意識のうちに作り出す「夢見糸」は、高級品だった。途切れることのない一本の糸は、束にすれば水のようになり、透明で、きらめいて、滑らか。その軽さは普通の秤では量れなくて、マイナスの重さを量る専用の天秤が必要となる。さっきエリザベスが使っていた、金色の天秤がそれだ。
「夢見糸」は、主に装飾品に加工され、高値で取引される。その値段と希少性は、ドワーフ族のミスリルに似ている。
ドワーフとは岩山の洞窟に住む屈強な種族で、石工、鍛冶、工芸に秀でている。そしてミスリルとは、ドワーフ族にしか採掘、加工が出来ない金属で、白銀色の鋼、つまり「モリア銀」のことだ。モリアとは、ミスリルの産出地の地名である。その素晴らしい輝きと、途方もない強さがミスリルの大きな特徴で、指輪や鎖帷子が作られる。
ドワーフ族のミスリルも、アラクネ族の「夢見糸」も、とても貴重で高価なので、魔法界ではとても珍しがられ、有り難がられている。
ちょっと抜けているルジェナは、ラミアー族。蛇人間だ。下半身は蛇の体で、お腹側には横長の大きな鱗がずらりと、背中側には細かい鱗が斜めに並んでいる。鱗は彼女の瞳と同じ深緑色だ。
夜でも眠らない種族で、天蓋ベッドはほぼお飾りである。でもラミアー族の生徒はルームメイトに合わせて、夜間は眠る代わりに目玉を取り外し何も見えないようにして静かに過ごしている。
……はずなんだけど、勉強好きのルジェナは真夜中にちょっと横になって背骨を休めるだけで、すぐ起き出してランタンに小さな明かりを灯し、みんなが起きるまでほぼずっと勉強している。そりゃ頭も良くなるわけだ……。
ただ今日は昨夜の枕投げとバタークリームビールの飲み比べ勝負が効いて、さすがにいつもより長く横になっていたみたい。ゆらゆら揺れる暗い茶髪が寝押しされたようにまっすぐだ。
三号室のルームメイトはこんな感じ。五人とも種族は違うけど仲がいい。
毎晩のようにお喋りするし、パジャマパーティーも枕投げもやるし、たまに怪談もするし、お菓子パーティーもする。寝不足という言葉とは無縁の五人なのだ。
リカルダが髪をちょっと強引なポニーテールにして、シンシアは唇にも日焼け止めグロスを塗り終えた。エリザベスは自前で自作のレースのイヤリングを耳につけて、ルジェナが教科書をぱつぱつに詰め込んだ鞄を担ぐ。みんな、部屋を出る支度が整った。
あたしは床に落ちた羊皮紙を拾って、まだ出来上がっていない宿題にちょっとため息を吐いてから、鞄に突っ込む。この宿題を提出する授業は明日だ。でも間に合いそうにないから、もう終わらせているルジェナにお願いして、あとで残りの部分を写させてもらおう。
そして最後に、光の玉を追い回していたプリシラを肩に呼び寄せて、みんなで三号室を出た。
女子塔の三号室から学生寮の談話室へ、螺旋階段を降りていくと、一人の女性が談話室の暖炉の火を青からオレンジに変えていた。ウィザースプーン城は気温の変化の激しい地方にあって、ハロウィンも過ぎれば暖炉が欠かせない。
あたしたちは挨拶する。
「エルハムさん、おはようございます!」
「はい、おはようございます。今日も謎々します?」
これはいつものことである。寮母のエルハムさんはスフィンクスだ。人間の頭にライオンの体を持つ種族で、謎々を出すのが好きらしい。エルハムさんはにっこり微笑み、あたしたちは威勢よく胸を張る。
「お願いします。今日こそは正解してみせますよ」
大きなことを言っているけど、入学してから今まで一度も寮母さんの謎々を解けたことはない。
「では謎々です。──それは誰も見ていないのに正しくて、誰も聞いていないのにお喋りで、閉じ込められているのに自由で、宝物なのに取り出せない。なーんだ?」
あたしたちは無言で考える。賢いルジェナも考えている。
寮母さんの謎々は複雑で難解でひねりが利いていて、知識や論理だけでは解けなかった。ルジェナでさえ一筋縄ではいかないのだ。あたしは卒業するまで不正解と降参のままかもしれない。
「わかった! 囚われの身の乙女!」
リカルダが元気に答えた。
「……ニワトリ……ですか……?」
シンシアは大人しく参戦する。
「…………海かしら」
エリザベスがよく考えてから発言した。
「……………………」
ルジェナは考えすぎて無言。
「……辞書の中の言葉?」
あたしはもはや当てずっぽうだ。
寮母さんが楽しそうに笑う。
「ふふふ。はい、みなさん不正解。行ってらっしゃい、良い一日を」
「悔しー!」
これもいつものことだ。
あたしたちは半分残念で半分おちゃらけて喚きながら、朝ご飯のために学生寮の階段を降りていった。