ゆりに会いたい
「んー、どうしたもんかねぇ……インコとか爬虫類なら何回か届けはあるけど、まさか猫とはねぇ…」
「そうなんです。車内を清掃してる時に見付けまして…首輪が付いてるので、野良猫では無さそうだったので、忘れ物センターに届けた方がよろしいかと…」
「でもねー、倉田くん。うちでも猫の忘れ物なんて初めてだよ。あんまり猫を連れて乗っていただくのはよろしくないんだけど… まぁ、一応半年待って持ち主が見つからなければ処分するって規則があるから、預けとくとするか…」
「恐縮です!副島さん!」
ボクの人生もあと半年か…
これでは野良猫の時と変わらないじゃないか!!
いや、ゆりちゃんは必ず助けに来てくれる!そう信じてる…
「ただいま~!」
買い物を終えたゆりちゃんが家に帰ってきた。
ゆりちゃんはまだカゴの中にボクがいないことに気付いていない。
「さ~、み~くん!お体洗おうねー!」
いつもボクは出掛けたあとにゆりちゃんに身体を洗ってもらうのが日課になっている。
いつものようにゆりちゃんがカゴの扉を開けた。
カゴの中は空っぽだ。
「あれ?…………あれ??」
ゆりちゃんは状況を飲み込めていないようだった。
「え?え??うそ??? み~くんが居ない!み~く~~ん!!」
ゆりちゃんは完全にテンパっていた。
するとすぐに家を飛び出していった。
ボクのカゴの扉には鍵は付いていない。誰でも簡単に開けられるものだ。
だけど電車の揺れで今まで開いたことはなかった。それほど電車の揺れは大きかったのだ。
「み~く~ん!み~く~~ん!!」
ゆりちゃんの叫び声がゆりちゃん家の近所にこだまする。
しかし、そこにはボクは居ない。今ボクはどこにいるのか分からない。
檻に入れられたボクはどうすることもできなかった。
「ほれ、エサだ。」
忘れ物センターの無愛想なおじさん、副島さんという人から渡された猫まんま。
はっきり言って不味い。これがゆりちゃん家だったらもっと美味しいエサくれるのになぁ…
今のボクはもう寝ることしかできない。生きているのに寝るだけなんて、生きている感じがまるでしない。
ゆりちゃんも必死にボクのことを探していた。しかし、どこへ行っても見つからない。
「み~くん……(泣)」
ゆりちゃんは泣き出してしまった。ゆりちゃんもまた、この世の終わりのような表情でトボトボと歩いていた。
ボクが忘れ物センターに預けられて1週間が経った。
不味い猫まんまばかりを与えられて、すっかりボクも痩せてしまった。
もはや鳴き声をあげることすらできない。
このままボクは死んでしまうのだろうか……
「猫の届け出は、ないですねぇ…」
ゆりちゃんは片っ端から交番を当たっていた。1週間前と同じルートでボクのことを探し続けていたのだ。
そして、ゆりちゃんは1週間前にはぐれた駅に降りたった。
「猫ですかぁ………猫はさすがにねぇ。」
「そうですかぁ……」
これだけ探しても見つからないボクに、ゆりちゃんは疲弊しきっていた。
「いつ頃から居なくなったんですか?」
交番の人がゆりちゃんに質問をした。
「先週、電車で買い物をしたんですけど、家に帰ってカゴの中を見てみたら居なくなっちゃってて…」
パニックになっている様子でゆりちゃんは交番の人の質問に答えた。
「もしかしたら、鉄道の忘れ物センターに届けられてるかもしれません。確認してみますので、先週買い物された場所と、電車の経路を教えて頂けますか?」
なんてイイ人だ!まさに神対応!!
ゆりちゃんは交番の人に先週のルートを詳しく説明した。
「では、確認してみます。」
交番の人は、ゆりちゃんが先週乗った電車の忘れ物センターに電話した。
そして3分ほどたった時だった。
「地下鉄の忘れ物センターに、猫の届け出があるそうです。」
「本当ですか??」
ゆりちゃんは嬉しさとも驚きとも取れる表情でとっさに交番の人に声を発した。
「西口に地下鉄の忘れ物センターがありますので、訪ねてみてください!」
「ありがとうございます!」
交番の人に案内されると、ゆりちゃんはダッシュで地下鉄の忘れ物センターへ向かった。
「すみません!ここに、猫が届けられてませんか?」
はやる気持ちを抑えながらゆりちゃんは、地下鉄忘れ物センターの副島さんに声をかけた。
「あぁ。確かにございますよ。今お持ちしますね」
ボクに対しては無愛想だった副島さんもこの日は優しい対応だった。
「この黒猫ですか?」
ボクは副島さんに身体を掴まれながら、ゆりちゃんの元に連れられた。
「そうです!このコです!!」
ゆりちゃんの声がいつになく上ずっていた。
無理もない。1週間ボクに会えなかったのだから。
「にゃんにゃんにゃんにゃん♪」
ボクも嬉しさのあまり鳴き声が上ずった。
「み~くん!よかったぁ…………もう離さないからね!ゴメンね、み~くん!!」
ゆりちゃんは嬉し涙を流しながらボクにほおずりした。
「では、この受取書にサインをお願いします。」
忘れ物センターの副島さんは、やっぱり無愛想だった。