迷子になったボク
ゆりちゃん家での生活が始まって1ヶ月が経った。
今日はゆりちゃんも大学はお休みなので、いつものようにボクはゆりちゃんと出掛けることになった。
「よし!準備完了!…………いってきま~す!!」
いつものようにボクは大きなカゴに入れられて、たくさんの人間が行き交う都会へと繰り出す。
今日はゆりちゃんとボクの2人っ切り。2人っきりで遊びに行くのはこれが初めてだ。
「渋谷~、渋谷です!」
人間の世界で言う、山手線という電車に乗って、ボクたちは渋谷という、若い人間たちの集まる街にやってきた。
ボクの大好きな人間がいっぱい!ボクの住んでいる街はこんなに人間は居ない。
あまりの人間の多さにボクの目もキラキラしている。
「にゃ~にゃ~!!」
ボクの声もいつもより1オクターブ高くなっている。
「み~くん!おとなしくしようね。」
またゆりちゃんに怒られた。でもこれがボクのゆりちゃんに対する愛情表現なのは、ゆりちゃんも重々承知だった。今のボクにできる精一杯のアピールだ。
109という建物に向かったゆりちゃん。
「いらっしゃいませ~!どうぞご覧くださ~い!!」
なんだか得体の知れない女の子がゆりちゃんに駆け寄った。
髪の毛は金髪で、耳にピアスをいくつもつけていて、おおよそゆりちゃんや陽子ちゃんと同じ人間とは思えない奇抜な出で立ち。
こいつは化け物か?
ふとボクはその得体の知れない人間を警戒した。
「う~~~…」
ボクは敵対心剥き出しでその化け物を威嚇した。
「み~くん!おとなしくしてなさい!!」
いつにも増してゆりちゃんからの厳しいお叱りが飛んだ。
「かわいいお洋服をお探しですか??」
「あ………いえ、見てるだけなので…」
「こんな感じのお洋服、どうですかぁ?………すっごくお似合いですよ~」
「あ………はい…」
化け物が妙にゆりちゃんに対して馴れ馴れしい。でも他の人に対しても馴れ馴れしい。
ふと、その化け物はボクの家を指差した。
「うわ~、猫ちゃんをお連れなんですかぁ?オッシャレ~~!マジ、卍~!」
ただでさえ人間の言葉が分からないのに、この化け物は何言ってるかサッパリ分からない。これにはさすがのゆりちゃんもタジタジの様子だった。
でも、悪い人ではなさそうだ。
へ~、渋谷というところにはこんなヘンな人間も居るんだな~。人間ってホントに多種多様だ。
渋谷という街には、ゆりちゃんのような清楚な人、青い目の人、ダボダボの服を着てる人、スーツを着てる人、いろんな人が行き交っていた。
ボクはますます人間に興味が湧いてきた。
渋谷という街を後にし、ボクたちは今度は地下鉄という電車に乗った。今度はどこへ行くのかな?
電車の席に座った途端に寝てしまったゆりちゃん。ゆりちゃんもすっかりお疲れの様子だ。
でも、ゆりちゃんの寝顔は微笑んでいる。よっぽどボクとの買い物が楽しいのかな?
そんな時、突然電車が大きく揺れた。
ボクはカゴから放り出された。
ゆりちゃんは眠ったままだった。
間もなくしてゆりちゃんは電車を降りた。
しかしボクは、放り出された影響で、イスの下に横たわっていた。乗っていた人間の誰ひとり、ボクに気がつかなかったのだ。それはゆりちゃんも同じだった。
ようやく立ち上がったボクは、ゆりちゃんが階段を上っていく様子を見ながら慌てて飛び降りようとするが、時すでに遅し。
電車はもう動き出していたのだ。
「ボクはどこに行くんだろう…」
不安と意気消沈で、ボクは立ち上がることすらできなかった。
電車は終点を過ぎ、車庫に回送された。
すると、電車の掃除をしている若いお兄さんがボクの存在に気が付いた。
「なんだ?この猫…」
お兄さんはボクの身体を掴んだ。
「首輪も付いてるし、飼い猫のようだな……とりあえず、忘れ物センターに届けとくか…」
ボクは、地下鉄忘れ物センターというところに預けられた。
ゆりちゃんのカゴよりも小さい、鳥かごのような檻に入れられた。身動きはほとんど取れない。
ここはどこ?
ゆりちゃんは助けに来てくれるかな?
もしも保健所に飛ばされたら、ボクの命は……
ボクは不安でいっぱいになり、鳴き声もか細いものになっていた。