あたしのせいだ・・・
「雄介、元気なくない?」
「・・・あぁ。」
ゆりちゃんの電話口から聞こえる雄介くんの声は、いつもの元気いっぱいのそれとはまるで別人のものだった。
「雄介!み〜くんが戻って来たんだよ?嬉しくないの?」
「・・・あぁ。」
「『あぁ』しか言えないの?・・・もういい!!」
ゆりちゃんは怒って電話を切ってしまった。
どうしたんだろう。
雄介くんだってボクのことは好きなはず。誰よりもボクが戻ってきたことを嬉しく思う1人のはず。
それなのに、ゆりちゃんがボクが戻ってきたことを報告しても、そこには嬉しいという感情が微塵も感じられなかった。
これはもしかして・・・
そんな心配をする間もなく、ゆりちゃんは家に帰っていった。
「ただいまー!」
「あらー、ゆり!お帰りなさい!」
「み〜くん、戻ってきたよ!」
「本当??よかったじゃない。」
「うん・・・」
ゆりちゃんはなんとか笑顔を見せようと必死だった。しかし、雄介くんのことでゆりちゃんの笑顔はどこか引きつっていた。
「どうしたの?」
「・・・なんでもない!」
すぐさまゆりちゃんは部屋のベッドに倒れこんだ。
「はぁ・・・」
ゆりちゃんは深くため息をついた。そして、ボクに話しかけた。
「ねー、み〜くん。せっかくみ〜くんが戻ってきて嬉しかったのになぁ・・・ もう!何なの!あの雄介の態度!!み〜くんもそう思うでしょ?」
確かに。明らかに雄介くんの様子が変だ。雄介くんに何か悪いことでもあったかのようだった。
ボクはどこか胸騒ぎがしていた。
「にゃ〜・・・」
ボクは鳴くのが精一杯だった。
「寝よ!み〜くん、おやすみ!!」
ゆりちゃんはモヤモヤを払拭するべく眠りについた。
そして、翌朝を迎えた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
いつもの大学へ行く様子が戻ってきた。もちろんボクもゆりちゃんと一緒。
「ゆりー!おはよー!!」
「あ!陽子!!おはよ!」
「み〜くんも、おはよ!」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜!!」
いつもの光景だ!ボクが戻ってきたからか、陽子ちゃんもいつになく満面の笑みだった。
ゆりちゃんも陽子ちゃんの笑顔につられて笑顔を絶やさない。
「ねー、ゆり!雄介くんとは最近どーなの?うまくいってる??」
さりげなく陽子ちゃんはゆりちゃんに雄介くんのことを聞いた。
すると、途端にゆりちゃんの表情が強張った。
「・・・・・。」
思いもよらなかったのだろう。雄介くんとうまくいっていないなんて口が裂けても言えない。
「さては、ゆり!雄介くんとケンカしたね??」
図星だった。陽子ちゃんは冗談でゆりちゃんに言っていたが、その言葉がゆりちゃんの心をグサッと突き刺したのだった。
ゆりちゃんは逃げ出すかのように陽子ちゃんのもとを走り去っていった。
「あ・・・待ってよ!ゆりー!!」
陽子ちゃんが追いかけたが、ゆりちゃんに追いつくことはできなかった。
その足でゆりちゃんは雄介くんの部屋に向かった。
ーーーピンポーン
呼び鈴を押すが、反応がない。
ーーーピンポーン ピンポーン
何度も何度も呼び鈴を押すが、反応がない。
「うるさいわねぇ・・・」
めんどくさそうにメタボなおばさんが他の部屋から出てきた。大家さんだ!
「あら!こないだのダメ猫の飼い主さん?本田さんは出てってもらったわよ!ペット禁止なのを注意しても聞かなかったから。あんたもこのアパート、出入り禁止にしてやるから!!」
なんだって!!雄介くんが部屋を追い出された??
それは明らかにボクのせいだ!ボクが雄介くんの住処を失わせたのだ!!
ボクはものすごい罪悪感に駆られ、脱力感に打ちひしがれた。
それはゆりちゃんも同じだった。
「あたしのせいだ・・・」
ゆりちゃんは泣き出してしまった。ボクも虚無感で涙が止まらなかった。
ゆりちゃんはすぐさま雄介くんに電話した。
「もしもし!雄介!!今、どこにいるの?」
捲したてるようにゆりちゃんは雄介くんに話をした。
「どこって・・・駅前のネットカフェだよ!」
雄介くんもまた、捲したてるようにゆりちゃんに話をした。
「雄介!お願いだから戻ってきて!!」
ゆりちゃんはすがるような思いで雄介くんに懇願した。しかし、それも叶うことはなかった。
「ゆりも知ってるだろ?部屋追い出されたの・・・ 今、ネットカフェで寝泊まりしてんだよ!お前が猫なんか連れてくるからこんなことになったんだよ!」
「み〜くんは悪くないよ!み〜くんを責めないで!!」
「・・・まったく、ど〜してくれるんだよ??」
「・・・・・。」
ゆりちゃんは何も言い返せなかった。ゆりちゃんは洪水のように涙を流していた。
もうゆりちゃんの虚無感は救いようがないところまで堕ちていた。
「俺、実家の浜松に帰るわ。大学も辞める。」
「え・・・」
ゆりちゃんはもう声を発することすら容易にできなかった。
「ゆり・・・別れようぜ!」
雄介くんがゆりちゃんに別れを切り出した直後に電話が切れた。
そして何度も何度もゆりちゃんがリダイヤルしても、雄介くんの声が聞こえてくることはなかった。
ゆりちゃんは魂が抜けたかのようにトボトボと歩いていた。
それをたまたま通りかかっていた陽子ちゃんが見つけていた。
「あ!!ゆりーーーー!!」
陽子ちゃんがいつものテンションでゆりちゃんに呼びかけるが、ゆりちゃんにはその声が聞こえるはずもなかった。
そして、トボトボと歩いたままゆりちゃんは横断歩道を渡っていた。しかし、ゆりちゃんの目の前の信号は赤だ!!
ゆりちゃん!赤は止まれって人間は教わったはずだよ?ゆりちゃん!!ゆりちゃん!!!
「ふぎゃ〜ふぎゃ〜!!」
ボクの声もゆりちゃんには届かない。
横断歩道の真ん中に1人佇むゆりちゃん。まさか!自殺??
ダメダメ!絶対ダメだ!!
「ぎゃ〜ぎゃ〜ぎゃ〜!!」
ボクが必死に止めに入ろうとするがその声はゆりちゃんに届いていない。
ボクの必死の叫びも虚しく、容赦なく車がゆりちゃんを襲う!
「ゆり!!!あぶなーーーーーーい!!!」
陽子ちゃんだ!陽子ちゃんが体を張ってゆりちゃんを守ってくれた。ボクも無傷だ。
本当に間一髪セーフだった。あと1秒、陽子ちゃんの叫び声が遅れていたら・・・
「陽子・・・ ごめん!本当にごめん!!」
「ゆり!怪我はない?? ・・・大丈夫だよ!あたしがついてるから」
「陽子・・・」
陽子ちゃんは、ゆりちゃんが雄介くんと別れたことを察していたようだった。
「陽子も・・・怪我はない?」
「大丈夫って言ってるじゃん!」
そして、身を呈してゆりちゃんを守ってくれた陽子ちゃん。ゆりちゃんの目には嬉し涙が止まらなかった。
数日後・・・
「陽子!おっはよーーー!」
まるで吹っ切れたかのようなゆりちゃんの姿がそこにはあった。
「あれ?ゆり!今日はいつになく元気じゃない??」
「え?そうかなー??いつもこんな感じじゃなかったっけ?」
「今日のゆり、いつもよりテンション高いよ?」
「ははは。そうかなー?」
いつもの光景が戻ってきた。やっぱりゆりちゃんは明るく元気じゃないとね!!