ゆりの初デート
とうとう日曜日になってしまった。
今日は、ゆりちゃんが好きだという、本田雄介くんとの初デートの日だ。
「…緊張する。」
いつも明るく挨拶してくれるゆりちゃんが、今日はなんだか浮かない表情。
いつもなら30分ほどで支度は完了するのに、今日は2時間もかけて準備している。
服装もいつものガーリーな服装ではなくて、どこか大人のデキる女性という出で立ちだ。
これがゆりちゃんの勝負服ということか。
今日のゆりちゃんは様子が変だ。
ゆりちゃんが元気のない表情だったので、ボクも高らかな鳴き声はできなかった。
ましてや、いつもなら簡単に開くカゴの扉が、今日だけは南京錠が掛けられていた。
これもやはり、ゆりちゃんの大好きな雄介くんを傷つけて欲しくない意思の表れなのだろうか。
仕方なくボクはカゴの中で大人しくしていようと心に決めた。
ゆりちゃんが映画館に着いて程なくして、雄介くんがやってきた。
雄介くんも、この間見たストリートカジュアルではない。
かっこいいジャケットを着ていて彼も勝負服で臨んでいる様子だった。
「よぉ!ゆり!!」
相変わらず雄介くんの挨拶は少し薄っぺらい。
「あ…雄介くん…」
ゆりちゃんは緊張からかどことなく声が小さかった。
「ゆり、行こうか!」
「うん…」
カゴの中から、2人が映画館に入っていく様子が見えた。
ゆりちゃんと陽子ちゃんがいつも楽しくお茶している様子とは違って、どこか2人ともぎこちない。
映画が始まった。2人が見ていた映画は、『魔女の特急便』という映画だった。
15歳の魔女と飼っている黒猫が出てくるお話というのは知っているが、それ以上のストーリーはよく分からない。
人間の世界の映画というものは、どーもよく分からない。
そりゃ~人間の言葉をよく分かっていないボクからしたら当然のことかもしれない。
暗闇の中でスクリーンの光だけが煌々と光っている様子に、いつしかボクはカゴの中で寝てしまっていた。
2時間が経って映画が終わり、2人が出てきた。
ボクもようやく目が覚めた。
さすがにずっと暗闇の中に居たせいか、カゴの中に入ってくる光が妙に眩しかった。
「今日は楽しかった!雄介くん、ありがとう!!」
「ゆり、ありがとな。俺も女の子と2人っきりなんて初めてだから、緊張しちゃってさ。
あの映画、ホントよかったよな。俺とゆりの泣きポイントも合ってたし、俺たち、気が合うかもな。」
「ふふ…(笑)」
2人は少し緊張がほぐれた様子だった。2人楽しく道を歩いている。
すると、人気のない公園が見えてきた。
「雄介くん、ちょっといいかな。」
ゆりちゃんが半ば強引に雄介くんの腕を引っ張って公園に入ってきた。
そして誰も居ない、何もない空き地でゆりちゃんは、意を決したかのように言葉を振り絞った。
「…あたし、雄介くんのことが大好き!雄介くん、あたしと付き合ってください!!」
まさかの逆告白だった。
「ずっとずっと雄介くんを見てて、やっぱり雄介くんカッコイイし、女の子にもモテモテだから自信なかったんだけど、思い切って映画に誘って、やっぱり雄介くんと一緒に居るのが楽しくて。今日の雄介くん、すごく優しくしてくれたし。だから、このまま雄介くんとずっと一緒に居たい!って気持ちが強くなって…」
まくし立てるようにゆりちゃんは雄介くんに思いの丈を打ち明けた。
「…悪いけど、すぐに答えは出せないな。ちょっと考えさせてくれないか?」
あまりの突然のゆりちゃんからの逆告白に、雄介くんは驚きを隠せない様子だった。
「それって、答えはNO!ってこと??」
ゆりちゃんって、こんなにも肉食系女子だったっけ??今日のゆりちゃん、やっぱり様子が変だ!
もう誰もゆりちゃんの勢いを止めることはできなかった。
このボクでさえもカゴの中でぎゃ~ぎゃ~猫の遠吠えを発することはできなかった。
あまりのゆりちゃんの豹変ぶりに、ボクはただただカゴの中で様子を見守ることしかできなかった。
「いや、そういうわけじゃないけどさ。あまりにも突然だったから。それに、ゆりと2人っきりってのも初めてだし、考える時間が欲しいだけだよ!」
雄介くんは冷静さを取り戻そうと必死だった。雄介くんもまた、この間の女の子にモテモテでどことなくチャラい様子は微塵も感じられなかった。
今日の雄介くんの様子は、1人の紳士としてのそれだった。
何人もいる女の子ファンの中から1人を選ぶことは、人間の世界でも猫の世界でも究極の選択なのは同じだ。雄介くんが即答できないのもボクにはよく分かっていた。
ボクの心も揺れ動いていた。ゆりちゃんは誰にも渡したくないからできることならNO!と言ってほしい!という独占欲と、ゆりちゃんには大好きな人と一緒になって幸せになってほしいから、雄介君にはYES!と言ってほしい!という思いがちょうどハーフハーフに入り混じっていた。
ボクもゆりちゃんも雄介くんも、もう頭の中はグチャグチャになっていた。
3人とも、しばらく眠れない日々が続いたのだった。