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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
8/22

そうして彼女は報告しに行った

 ベッドと窓があるだけの閑静な病院の一室。いつもはその静かな部屋のなかで背中まである黒髪の少女が一人、物憂げに窓の外の景色を眺めている。元より、彼女は自身の身体があまり強くないことは自覚していたし、時間を見つけては見舞いに来てくれる家族にも少なからず負担になっていることは十分に理解していた。

 だから、彼女はせめてこれ以上は負担になるまいと気丈にふるまい、「寂しい」などと言って周囲を困らせないように努めてきた。

 けれども、いくら気丈に振舞っているとしても所詮は齢十二の少女である。一人になれば外で遊んでいる同世代の子供たちの様子を眺めながら、どうして自分だけがこんな所でじっとしていなければならないのかと嘆息するのが常だった。

 ただ、今日のキリエは違った。

 病床における唯一の友であるはずの本は開いているものの、その細い指は一向にページを捲っているようすはなく、代わりに時折病室の入り口を見遣っては落ち着かないとでもいうようにベッドの上で身体を揺らしている。その表情もいつもの憂いに満ちた表情ではなく、枕元に置かれるプレゼントを楽しみにする子供のようにどことなく明るい。

 その原因はほどなくして分かった。

「こんにちは、キリエ」

「こんにちは、メユ。待っていたわ」

 コンコンと病室の扉がノックされると、返事を待つよりも早くその扉が開き、金を煮溶かして染め上げたような美しい金色の髪と瑠璃の瞳を持つ球体関節人形が現れた。その命を吹き込まれた不思議な人形の姿を見て、キリエは顔を嬉しそうに綻ばせて彼女を迎え入れた。

「ごめんね、ちょっと準備するのに手間取っちゃって」

「ううん、気にしないで。私は本を読んで待っていただけですもの」

 手にした本を軽く掲げて見せると、メユはホッと安堵したように笑った。

 それから病室に入ると、ベッドの下から来客用の折り畳み椅子を取り出し、キリエの隣に腰掛けた。

「それで、今日はどうしたの? 私に見せたいものがあるって」

「ふふ、なんだと思う? 当ててみて」

「まぁ、意地悪。素直に教えてくださっても良いじゃない」

 問いかけると、メユはほんの少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。キリエも口を尖らせて抗議こそしているものの、その表情はどことなく嬉しそうで、これから二人だけの秘密を共有するのを待ちきれないとでも言うように楽しそうだ。

「もう、キリエったら仕方ないなぁ……」

「うふふ」

 仕方ないと言いながら笑顔を浮かべつつもメユは掛けて来た鞄を床に下ろすと、その中から何枚かのラフ絵を取り出すとキリエに見えるように並べた。

 そこにはワンピースやドレスエプロンと言った年頃の少女が好みそうな様々な衣装を着ている少女の姿が描かれていた。それらの絵を見たキリエはパッと顔を輝かせる。

「クリエにね、ちょっとお願いして借りて来たんだ」

「素敵な絵ね」

「そうでしょ?」

 そう感想を告げると、メユは自慢げに胸を逸らした。

 キリエが目を細めながらそれらの絵を見入っていると、不意にラフの描かれた紙を捲っている指の動きが止まった。

「これは私?」

「うん、そうだよ」

 キリエの問いにメユは頷く。

 そこに描かれていたのは、見覚えのある黒髪の少女…… キリエの姿だった。絵の中の彼女は東洋に浮かぶ島国独特の涼し気な装いで微笑んでいる。

「可愛い服ね……」

「そうでしょ、浴衣っていう服なんだって」

「浴衣?」

「そう、浴衣。日の本の国ではお祭りの時に着る衣装なんだってさ」

「そうなんだ」

 そう呟いてキリエは再び視線を手元に落とした。

 日の本の国。知識だけでは知っている。そこでは人ならざるものと人とが奇妙な共存関係を築きながら暮らしているという一風変わった国である。そんな不思議な国で行われる祭りとなれば、さぞ珍しいものが並んでいるのだろう。

 日がな一日ベッドの上から窓の外を眺める身上なれど、もしも許されるのであれば是非とも行ってみたい憧れの国だ。

「たしか、キリエは日の本の国が好きだって言っていた気がしたんだけど…… 気に入ってくれたかな?」

「えぇ、とっても。私、一番この絵が気に入ったわ」

「本当? それは良かった」

 キリエの言葉にメユはその端正な顔を綻ばせた。

 メユはキリエが手にしている以外の絵を再び鞄に仕舞うと、椅子から立ち上がってキリエの隣に座った。

「実を言うとね。今度そのイラストを元に人形を作ろうと思っているんだ」

「あら、人形を?」

「うん、人形。それがあったら、キリエは病院に居ても寂しくないかなって思って」

 どうかなとメユが訊ねると、キリエは一瞬だけ驚いたような表情を作ったが、すぐにその表情は明るい物へと変わった。

「私が作るから、クリエの作品みたいに上手く作れないと思うけど…… それでも?」

「もちろん。メユが私を想って心を込めて作ってくれるのなら、なんだって嬉しいわ。それがこんなに素敵な人形だなんて…… ふふっ、考えるだけで幸せだわ」

 病弱なのも悪くないかもね、と冗談めかして笑うキリエにメユもまた嬉しそうな笑顔を作った。

「じゃあ、そろそろ行くね?」

「もう行ってしまうの?」

「うん。そうと決まったら人形を作らないと」

 キリエは手にしていた浴衣姿の自分の姿のラフ絵を返しながら、少しだけ寂しそうな表情を作った。そんな彼女の表情にメユは椅子を仕舞いながら苦笑いで応える。

「でも、楽しみにしていてね? 絶対、キリエが喜んでくれるようなのを作って見せるから」

「うん、楽しみにしている」

 キリエの言葉に後押しされるようにして、メユは病室を後にした。


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