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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
4/22

そうして彼女は作り始めた

「ただいま」

「おかえり」

 キリエと話をしているうちに気が付けば随分と時間が経ってしまっていた。帰ってくると既にネメシアの姿はなく、居るのはクリエだけだった。

 看板娘の帰宅を告げると、主は柔らかな声音で迎えてくれた。その声に自分の居場所がここにあることにホッとする。

「ネメシアとの契約はどうなった?」

「うん? いつも通りだよ」

 ネメシアはノーラの調律を頼み、それからここにあった人形を幾つか仕入れていった。

 欲しい物には何がなんでも手に入れる性格なのか、はたまた気に入ったものには金に糸目を付けない性格なのか、とにかく当面の生活資金には十分な額をおいて行ったらしい。

 どうしても固定客の付きにくいピノッキオドリームにおいて、ネメシアのように仲買は経営していく上では欠かせない存在だ。それが定期的に仕入れてくれるのであれば、なおさらである。

 人形であるメユも、そのことは十分に分かっているつもりだった。

 ただ、クリエのように人形に愛情をもって接してくれる人形師はともかく、人形をただの商品としか見ないあの仲買のことをどうしても好きになることができなかった。

「ねぇ、クリエ」

「どうしたの、メユ?」

 黙々と針金を曲げたり粘土を捏ねたりして下地を作っていたクリエに声を掛けると、彼は作業の手を止めて顔を上げた。

「どうして、怒らないの?」

「怒らない?」

 訊ねると、クリエは不思議そうな表情を浮かべながらメユの問いを繰り返した。

 メユが訊いているのは、ネメシアが来た時に席を外したことだ。

 看板娘を自称しているくせに、ピノッキオドリームの大切な常連客を持て成すどころか、無碍に扱った。それこそ、気分を害して帰られてしまっても文句は言えない扱いだった。

「あぁ、なんだそんなことか」

「そんなこと、じゃないでしょ」

 ネメシアが来なくなればピノッキオドリームは簡単に経営が傾いてしまうのは間違いない。 すぐに店を畳むことはないだろうけれど、店を維持していくのが難しくなることのは目に見えている。

それにも関わらず、クリエはそのことについて言及することはなかった。

 だからこそ、苛立ってしまう。

「もしかして、怒られたい、の?」

「そういう訳じゃないけど」

 自身が苛立ちは紛うことなきクリエへの八つ当たりだとメユ自身も分かっているのに、相変わらずクリエは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「晩御飯、作っちゃうね」

「よろしく」

 そんなクリエの底抜けの優しさがメユは大好きだったが、同時にどうしようもなく苦手だった。

 メユはそれだけ言い残すと、クリエから逃げるように台所へと走って行った。


………


 ピノッキオドリームの看板娘、メユの朝は早い。

 朝起きたら工房と店舗を兼ねた家屋の窓を開けて空気を入れ替え、店舗の掃除をしたあとは商品である人形たちの手入れをする。掃除が終われば次は洗濯で、前もって洗濯機に放り込んでいた洗濯物を取り出して順番に干していく。

 そうして一通り綺麗にしたら、パンを切り分け、ソーセージと目玉焼きを準備し、朝食の準備をした上でクリエを起こしに行くのだ。

 この話をすると「大の大人が子供に家事を任せるなんて」と憤ったりするのだが、生活力に疑問符が付くクリエに手伝ってもらうよりも一人でやった方が効率よく仕事ができると考えていたし、なによりメユ自身は家事仕事をするのは嫌いではなかった。

「クリエ、朝だよ」

「うん…… んぅ……」

「寝ぼけてないでさっさと起きる」

「うわっ……」

 シャッとカーテンを開けるとクリエは差し込んだ太陽の光に眩しそうに目を細めて布団の中に逃げ込もうとする。しかし、当然ながらメユがそんな蛮行を許すはずもなく、無慈悲に布団を剥ぎ取るとクリエは観念したかのように起きた。

「おはよう、クリエ」

「おはよう、メユ」

「ご飯できているから早く食べよう」

「……うん」

 まだどこかボンヤリとして反応も鈍く、どこか焦点が定まっていないが、着替えて来る頃にはいつも通りのクリエになっているだろう。そう判断してクリエの部屋を後にする。

 クリエが起きてくるまで、ゆっくりとコーヒーを淹れながら待つのだ。

「お待たせ」

「うん、早く食べよう」

 二階の書斎から降りてきたクリエと一緒に朝食を摂る。

 朝の話題は他愛のない雑談が多いけれど日によってまちまちで、今日はソーセージがいつもよりも焼き具合が絶妙で美味しいという話だった。

 そうして家族として一緒の時間を過ごした後は、二人で工房へと移動して開店の準備をするのだ。

「ねぇ、クリエ。病院に長いこといる子に丁度いい人形ってなにがある?」

「急にどうしたの?」

 メユが入口の鍵を開けて看板を外に出しながら訊ねると、クリエはショーウィンドウに人形を置きながら質問を返した。

 ガラス越しに据えられた人形はまるで生きているかのように緻密に作られていて、少女の繊細さを永久に閉じ込めた姿は一級の芸術品として相応しい。しかし、その繊細な芸術品を病室に置くべきかと言われると些か問題があるように思えた。

「友達に贈ってあげたくて」

「なるほど」

 病床のキリエが寂しくないように、そして彼女を勇気づけるために人形をあげたいのだというと、クリエは納得したように頷いた。

「キリエに相応しい人形か……」

「うん」

「残念だけど、ここの在庫にはキリエにあげるのに丁度良い人形はあるかなぁ……?」

「……やっぱり?」

 クリエの作品は繊細な一級の芸術品としては相応しいが、病室に似合うかと問われれば疑問符が残る。むしろ、繊細な人形であるからこそ、病室の雰囲気とは合わないような気がした。

 メユ自身も、夜中の工房にはあまり近づきたくないし、深夜に水を飲もうと思って起きた時には鏡に映った自分の姿に悲鳴を上げそうになったのは一度や二度ではない。

「遊戯用の人形とかはないの?」

「あぁ、着せ替え人形用の人形なんかは確かに良いかもね。ちょっと見てみる?」

「うん」

 ビスクドールならともかく着せ替え人形用の小さな人形ならば、病院にあっても不自然ではないし、夜に見ても怖くないだろう。

 クリエに木箱に納められたドールを取り出して見せてもらうと、まさに想像通りのものが出てきた。衣装も普段使いのものから、晴れ着まで一通り揃っていて遊ぶためには十分だろう。

 満足気に頷いたメユであったが、その表情はすぐに曇ってしまう。

「流石に高いね……」

「基本的に生産数が少ないからね」

 正直なところ、子供のお小遣いではとても買えるような値段ではなく、大人でさえ買うことに躊躇いを覚えるような値段であった。

 それもそのはずである。一般的に流通する衣服は工場で大量生産されるのに対し、着せ替え人形用の衣装というのは流通量が圧倒的に少ない。更に衣装は目的の人形に合わせて作らなくてはならないため、自ずと専用の型紙から書き起こすことになり、ボタンなどの小道具も一つ一つ手作りしていく必要があるのだ。

 人形店の看板娘として働いているので、クリエの苦労は十分に理解してはいるつもりではある。しかしながら、こうして実際に製品を目の前にして値段を見ると、思わずしり込みしてしまうのは当然の反応といえば当然の反応だった。

「なにかいい方法ない?」

 どうしてもキリエのことを励ましてあげたい。自分でも無理難題を吹っかけていることは分かったか、クリエに頼み込んでみる。

 するとクリエは暫く考え込んだ後、何かを思いついたようにぱっと笑顔を作って答えた。

「それなら自分で作ってみたらどうかな?」

「作るの? 私が?」

 思わず訊き返すと、当然とばかりにクリエは頷いた。

 師匠のもとで随分と修行していたクリエですら未だに一月近く掛けて製品を仕上げるのを知っている手前、メユの内には自分なんかに作れるのだろうかという思いが広がる。

「大丈夫だよ、人形作り自体はとても簡単だから」

「本当?」

「本当だとも、手を動かしていれば必ずできるよ」

 こともなげにクリエは言う。

 まぁ、確かにクリエの言い分は間違ってはいない。

 問題は、その完成が「いつになるか」「満足のいく出来になるか」なのだけれど。

「できるかなぁ……」

 不安を拭いきれず本音が口から洩れると、クリエは「その不安は分かる」と苦笑いを浮かべた。どうやら、クリエ自信も多少無理難題を言っていることは自覚があったようだ。

「難しく考えなくても大丈夫。誰だって初めは初心者さ。

 それに…… こういうのは貰った人が勇気付けられるかどうかが大事なんだよ。メユが作ったらきっと喜んでくれるよ」

「……うん、そうだね」

 作るときに困ったら教えてあげるという言葉に励まされ、メユは自分の手で人形を作ることにした。

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