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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
3/22

そうして彼女は出会った。 2

 勢い余って出てきてしまったけれど、だからと言ってメユに行く当てなどがある訳でもなかった。お小遣いでもあれば、近くの喫茶店にでも入って時間をつぶせたのかもしれないが、衝動に任せて出てきてしまったので全部置いてきてしまった。

 取りに戻ることも考えてはみたが、ネメシアの顔が脳裏にちらついてしまって、とても取りに戻る気にはなれない。

 結局のところ、ネメシア達が帰るまで町を歩いて暇をつぶす以外に他はなかった。

 当て所もなくプラプラと街を歩いていると、人込みに紛れて先ほど見た赤毛の髪を見つけた気がした。

思わず気になって駆け寄ってみる。間違いないニトだ。どうやらこちらに気が付いていないらしく、道の端でボンヤリとした表情で空を見上げている。

「こんにちは、ニト」

「わぁ⁉」

 気付かれないように人込みに紛れて近づき、そのまま声を掛ける。すると、ニトは心底驚いた表情で素っ頓狂な声を上げて逃げようとした。

 咄嗟にニトの手を握って捕まえると、最初は抵抗しようとしていたもののすぐにニトは大人しくなった。

「待ってよ、逃げないでってば」

「うぅ……」

「少しくらいお話しに付き合ってくれたっていいでしょ?」

「わ、分かったよ……」

「やった」

 町を歩いて時間を潰すのにも限界があるだろうと思っていたところだったので、ニトと出会えたのは思わぬ収穫だった。二人でお喋りしているうちに時間も潰れるだろう。

 道端で立ち話というのも良いのだけれど、いつまでもそこで立っているのも疲れてしまう。とりあえず座れる場所を探して、のんびりと街を歩くことにする。

 もう少し大人の人ならば、喫茶店にでも入るのだろうけれど、生憎と私はお小遣いをおいてきてしまったのでまた今度だ。

「その…… 逃げて、ごめんね?」

「ううん、気にしないで。人形が喋ったら誰だって驚いちゃうよね」

 プラプラと歩いているとニトが先に口を開いた。

 考えてみれば「人形に声を掛けられて逃げたら町の中で再び人形に出会った」なんてどう考えても復讐しに来たとしか思えないだろう。これでは、クリエに「ちゃんと接客しろ」なんて偉そうなことをいうことはできない。

「本当にメユは人形なの?」

「そうだよ、球体関節人形っていうんだけどね」

 そう言いながら少しだけ袖をめくって手首を見せる。

 本来ならば関節があるべき場所に滑らかな球体が嵌っていた。精巧に作られているため分かりにくいが、よく見れば顔にも化粧に隠れてうっすらと継ぎ目と思しき場所がみることができた。

 そう…… ピノッキオドリームの看板娘であるメユは正真正銘の生きた人形なのである。

「どうやって動いているの?」

「よく分かんない」

「え?」

 卓越した技術が人形に命を吹き込み、込められた思いが人形に魂を宿す。願いを糧に人形は歩み、記憶と共に人形は眠る。

 クリエがメユを作り、メユが命を宿した時に頭の中に響いたという共通の呪文だ。作ったクリエにも詳しいことは全く分からないので、当然のように生み出されたメユにもどうして生きているのか理由は分からない。

 分かるのは、人形とおしゃべりしてみたいという人々の願いによって奇跡のように命が吹き込まれたということだけだ。

「よく分からないけど、つまり…… 夢で生きているってこと?」

「いいね、そのニトの表現。そう。私は皆の夢と希望で生きているの」

 なんとなくニトの表現が一番しっくりきた。

表現も詩的だし、なにより素敵だ。これからは自分で答えるときはこの表現を使うことにしよう。

 メユが「ありがとう」と感謝の意を伝えると、ニトは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ところで、ニトは人形が好きなの?」

「どうして?」

「だって、私のお店…… ピノッキオドリームで随分と熱心に人形を見ていたから」

「あぁ…… あれかぁ…… 僕じゃなくて、姉ちゃんが人形好きなんだ」

 歩きながら訊いてみると、ニトは少し考えた後に素直に答えてくれた。人形が好きな人に悪い人はいないと信じているメユはそれを聞いて嬉しくなる。ニトが人形を好きな訳ではないのが少し残念だったけど、今後好きになって貰えば良い。

「お姉ちゃんが居るの?」

「身体が弱くて、いつも寝ているんだけどね」

「病弱なんだ」

「うん、生まれつき弱いみたい。入院ばっかりで外で遊んだりできないから、友達もできなくていつも寂しいって言っている」

「そうなんだ」

 傍に家族は居るだろう。でも、いつでも家族が傍に居てやれるわけではない。

毎日お見舞いに行ってやることはできないし、仮に毎日お見舞いに行けたとしても夜は一人で過ごさなければならない。年頃の女の子が一人で夜を過ごすのはきっと寂しいだろう。それが病気の時ならなおさらだ。

 だから人形を見ていたのか。

 人形だったらいつでも傍に居てやることができるし、一人の夜でも人形が傍に居れば寂しくない。

「ニトはお姉ちゃん想いなんだね」

「な、なんだよ、急に」

「褒めているんだよ」

 ピノッキオドリームに飾ってある人形は高級な人形で、とても子供のお小遣いで買えるような代物ではない。でも、棚の奥にある人形くらいならもしかしたらお小遣いで買えるような人形もあるかもしれない。

「ねぇ、私がお人形を探してきてあげようか?」

「え?」

「だって、お姉ちゃんのためにお人形を探していたんでしょう?」

 病弱なお姉ちゃんを想って人形を見ていたなんて、実に良い弟ではないか。それなら、それに見合う人形を一緒に探してあげることくらいはしてあげたい。

 なにより、お人形好きに悪い人はいないのだ。

 メユがニトに提案すると、ニトは「いいの?」と少し驚いたように目を瞬かせた。

「もちろんだよ」

「ありがとう、メユ……」

「ううん、気にしないで。私にできることならなんでも言ってよ」

「それならメユが姉ちゃんの友達になってあげてくれない、かな……?」

「私が?」

「メユが友達になってくれたら姉ちゃんもきっと喜ぶと思う」

 図々しいよね、とニトは曖昧な表情を浮かべながら恥ずかしそうに頬を掻いた。

 それはこちらからお願いしたいくらいだ。

「良いの?」

「うん」

 メユが思わずニトの手を握りながら問うと、ニトははにかんだ様な笑みを浮かべながら頷いた。

「それなら、今から会いに行っても良いかな?」

「もちろん。案内するね」


………


 病院に行き、受付で面会の手続きを済ませる。そして、ニトに案内されながら看護師に教えてもらった番号の部屋へと向かう。

「どうぞ」

「良かった、起きていたみたい」

 ニトが扉をノックすると中から涼やかな声で歓迎された。その声を聞いて、ニトは安堵したように笑って病室の扉に手を掛ける。

病室はベッドが一つあるだけの随分と閑静な部屋だった。そのベッドには長い髪の少女が身を横たえていた。

「来てくれたんだ、ニト」

「うん、今日はちょっと紹介したい人が居て」

「紹介したい人?」

「まぁ、正確に言うと人ではないんだけどね…… メユ、ちょっと来て」

「?」

 ニトに促されて彼女の前へと出る。実を言うと、初めての人と会うのは毎回少しだけ緊張した。

 精巧に作られているとはいえ、メユは人形である。人形が動力もないのに一人で勝手に動いている姿を目にした人間は例外なく驚きの表情を浮かべた。

 驚きをもって迎えられること自体は既に慣れ、メユ自身も半ば諦めてはいる。ただ、そんな不思議な体験への驚きが恐怖へと姿を変え、拒絶されてしまったことも一度や二度ではなかった。

「こんにちは」

「まぁ、素敵」

 僅かに緊張しながらもメユは努めて明るく挨拶した。けれども、相手の取った態度はそんなメユの緊張を押し殺したものとは無縁の意外なものだった。

 彼女は抑えきれない歓喜の声を漏らすと白魚のような手を伸ばし、笑みを浮かべたままメユの手を柔らかく握った。

「生きているお人形さんなのね。貴女のお名前を教えて頂けるかしら?」

「私の名前はメユ。人形専門店、ピノッキオドリームの看板娘よ」

「もしかして、本当にあのお店の看板娘?」

「知っているの?」

 相手の反応に思わずメユの声が弾む。

 すると、彼女は上品そうな笑顔を咲かせながら頷いた。

「もちろん。だって貴女はとっても有名だもの。こうして間近で会えてとっても嬉しいわ」

「本当? 私も嬉しい」

 最早メユの中に緊張はなく、自然と表情を緩ませながら添えられていた彼女の手を握り返した。

「姉ちゃん、自己紹介」

「あ、ごめんなさい。私ったら、つい嬉しくてはしゃぎすぎてしまったわ」

 二人で盛り上がっていると、ニトはそっと自身の姉に耳打ちした。彼女はうっかりしていたと恥ずかしそうに笑うと、手を放して改めてメユの方へと向き直った。

「私の名前はキリエ。気軽にキリエと呼んでもらえると嬉しいわ」

「よろしくね、キリエ」

「こちらこそよろしくね、メユ」

 こうして、人形は一人の少女と出会った。


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