2 ■後ろの正面の方たち。
今、憑りついている方たちはとても良い人たちです。
何か悪さをしたりすることもありません。寧ろ、私が困っているとアドバイスをくれるときもあります。ですが、
「どんなに良い人たちでも憑りついている以上は悪霊と変わらないんだよ」
生前のお祖母ちゃんがよく聞かせてくれました。ただその表情はとても悲しげだったことを覚えています。
「今どきの女子高生がこんな早い時間に寝るかね? 普通」
今まさに眠ろうとベットに入るとすぐそばから声が聞こえてきました。
横を見ると先にベットで横になっている人がいました。澪さんです。
澪さんは私に憑りついている方たちの内の一人で、とても綺麗な女性です。
「アルバイトでくたくたですし、明日も早いんです。もう寝ます」
私はどいてくださいと澪さんに向かってシッシッとジェスチャーで伝えます。
「私は猫か」
澪さんはそう言いながらも素直にベットから降りてくれました。
「ごめんね、静かにするよ。お休み縁ちゃん」
部屋の隅から若い男性の声が聞こえてきました。武人さんです。
「はい、武人さんもお休みなさいです」
武人さんも私に憑りついている方たちの内の一人で、とてもカッコいい人です。
ただ、性格が男らしくなく、ちょっとだけウジウジしたところが玉に瑕です。そのことでよく澪さんに叱られているのを見ます。
「そうだ。光莉ちゃんは?」
私はベットから起きると部屋を見渡します。するとベットの足元のほうで小さな女の子が絵本を読んでいました。
光莉ちゃんは私に憑りついている方たちの内の最後の一人です。まだ幼稚園の年中組らしく、とても幼くて、とても可愛らしい女の子です。
「光莉ちゃん、おいでー」
光莉ちゃんは絵本から顔を上げて、ぱぁっとした笑顔で私の元に走り寄ってきました。
「なあに、ゆかりおねいちゃん」
光莉ちゃんはベットによじ登ると私の足の上に乗ってきました。流石は幽霊。重さを感じません。
私は光莉ちゃんの頭を撫でます。因みに私は幽霊に触れられますし、幽霊も生者に触れられます。
「おねいちゃんね、もう寝んねするから。光莉ちゃんはウサギさんの声でお願いね」
ウサギさんの声とは光莉ちゃんに分かりやすく伝えるための方便で、要するに小声でお願いねの意味です。
「はーい」
光莉ちゃんはウサギさんの声で返事をしてくれました。とても可愛らしいです。思わずギュッと抱きしめてしまいます。光莉ちゃんは私になされるがままのお人形みたくなっていました。
「こーら、明日早いからもう寝るんだろ」
私は澪さんの手によって光莉ちゃんを引きはがされてしまいました。もっと愛でていたかったのに。
私はジト目で澪さんを見ながら
「この悪霊め」
と悪態を付きました。
「だれが悪霊だって、まぁ悪霊っちゃ悪霊か」
と苦笑いをする澪さんです。失敗したかもしれません。澪さんに悪いことを言っちゃいました。
私がシュンとしていると不意に何かが飛んできました。それはお祖母ちゃんに買ってもらった熊のぬいぐるみでした。
「お前は光莉の代わりにこのぬいぐるみでも抱いて寝てろ」
ぬいぐるみは澪さんが投げて寄こしたみたいです。
私は熊のぬいぐるみを抱きしめながら
「ごめんなさい」
と一言呟きました。
「ばーか、気にするな」
澪さんは明るく応えてくれました。
「寧ろ、私たちの方こそごめんな……」
不意に部屋の電気が消えました。
私の部屋の蛍光灯は電気が消えた後もぼんやりと光を帯びるタイプのもので、部屋の隅を見ると武人さんが蛍光灯のスイッチを切ったのが分かりました。
「もうお休み、縁ちゃん」
「うん、お休みなさい。皆」
私は武人さんに心の中でお礼を言ってからベットで横になりました。
明日こそはいい人を見つけて、三人の内、だれか一人だけでもいいから成仏させてあげなくちゃと思いながら眠りにつきました。