挨拶回り 文化・教育 経済部門
一時間の間にパンと豆のスープで昼食を済ませた。
チキンとか食べようとしたらこれから人と会うから止めておけとアイリーンに止められた。無知って怖い。
「そこのあなた!天使を連れているということは噂の人事部門長ですか?」
約束の場所である中庭に向かうと女の文官に呼び止められた。
「そうだ。部門長との約束があるからなんかあるなら手短にな」
「まさにその部門長から案内するように命じられています。いくらあなたが神が遣わした者とはいえ失礼のないように!」
同じ部門長との対話の筈だがまるで謁見に行くかのような扱いを受ける。
これはまた癖のあるやつが出てきそうだなぁ。
やがて中庭を案内されるがままについていくと草花に囲まれた場所につく。
「人事部門長様をお連れいたしました!」
「ご苦労様ね、下がっていいわよ」
「では失礼します!」
きびきびと去っていく文官。前二つの部門より上下関係がはっきりしてそうだ。
「ワタクシが文化・教育部門の責任者でこちらの妹が経済部門の責任者をしておりますわ」
二人の部門長は豪奢なドレスに身を包み、高貴な雰囲気を感じさせる。労働者というよりもどこかの令嬢みたいだ。
「姉妹……ですか」
「はい、姉妹どちらも古くからあるこの国の王家の血を引く有力な貴族です。本人達も家の名に恥じないやり手ですね」
アイリーンの補足が入ってようやく文官の態度や格好に納得がいった。有能そうな人達だし心配は杞憂のようだ。そりゃあそうだ、研究部門長みたいな人そうそういないよな。
「聞けば私達の前には研究部門長に会ったらしいわよ?お姉様」
「あら、それは大変でしたね。あそこの狂人は必要とされてはいますが皆心の底では疎んでいます。ワタクシ達はあれとは似ても似つかない格式と教養ある者であるためリラックスしてください」
「は、はい。まだ自分の位がどういうものかわからないんでちょっとどうしたらいいかわかんないんですが」
「きっと宗教部門に妙な扱いを受けたのね、正しい知識を教えてあげるわ。彼等が言うほど神が遣わした人って偉くないの。始めは貴重だったけどだんだん増えているし力があるからって態度の大きい野蛮な人もいるっていうのが現状よ」
そいつらの気持ちは地味にわかる。そりゃ人のいるゲームで周りより強くなれたら調子にのるわな。
悲しいことに俺達は武人じゃねえ、だから高尚な精神なんてもんもねえんだ。
「それは、ええとすみません」
「あら、あなたが謝る必用はないのよ?ねえお姉様」
「ええ、少なくとも弁えられる人のようですし多少の礼儀も崩すことを許しましょう」
一見友好的でありながら根底に自分の方が上だという余裕が見え隠れしているが、不思議とそこに腹を立てずむしろ好感を抱きそうだ。これがカリスマとかロイヤルオーラなんだろうか?
「経済部門からは人員と予算のバランスには気をつけてということとあくまでも客観的に評価することを求めるわ。そうしたら私もきっと気持ちよく各所にお金を出せると思うの」
「文化・教育部門からは人材の選定に力を入れていただきたいと思います。最近は文化も教育も正しく理解した人材が少なくて困っているのです」
やべえ、どっちもこいつらの評価というかさじ加減1つだ。
評価基準が自分であることに疑い持たないのは揉めた時が面倒で嫌なんだよな
「誠心誠意職務に励むことは天使であるわたしが保証しましょう。しかし、私達はこの国の人間でないため完全は言い切れません」
アイリーンの助け船が入る。そうか!人間は上下関係に弱いが天使なら神様以外に対等以上に話せる。頑張ってくれアイリーン
「ワタクシとて伊達や家の権力で教育部門長をしていませんわ。いきなりなんて気の早いことは言いません。ゆっくりと待ってあげましょう」
「私達も始めは大変だったからいつかどうしたらいいかはわかるわよ。どこと仲良くしてたらいいとかもね?」
敵に回せない身分であるということがこいつらの最大の武器か。気がついたらこいつらの傘下なんてことがないようにしねえと……
それから暫く二人の家について長い話を聞いた。気持ちよく会話してもらわねえとこういう輩は納得しないだろう。
やがて陽が傾き中庭が暗くなり始めた頃に二人が許可を出す形で俺達は中庭を出た。
「あれが貴族ってやつか」
「そうです。相手が天使だろうが権力で普通に接してくるんです。自分のことに関しては無敵ですよ彼女達」
「でも不思議と腹は立たねえんだよな」
そう言ったとたんにガッと肩を掴まれた
「駄目です!それは気持ちであの人達をどこかおそれています。だから上から目線でも友好的に見えたら安心しちゃうんです!家柄なんてあの神様がバックにいる私達には通用しません!美貌もこんなに可愛い私がいます!ですから決して!決して呑み込まれないでくださいね」
凄い気迫だ、漫画を読みながら美少女に迫られて退くとかありえないと思っていた頃の自分に教えてやりたい。
「お、おう。わかった。なんか必死だな」
「当選ですよ、少なくともあなたが死ぬまでは一心同体も同然。私の評価にも繋がります」
「なるほどな、で、本音は?」
「あんな不敬で傲慢な奴らの傀儡なんて嫌」
言ってからはっと口許を押さえて誤魔化すようにアイリーンは笑う。素直な子だと思っておくか。
「そうかそうか、なら俺もお前のために頑張らねえとな」
軽くアイリーンに睨まれるがこういうのは口を滑らした方が悪いんだよ。
「まあやる気になってくれたら私のことはいいです。あとは常に進化を求める研究部門と過去を重んじる文化・教育部門は仲が特別悪いのも注意です」
何となくはわかってたよチクショウ。中立逸れた途端必ず反感くらうクソゲーじゃねえか
「とりあえず明日から考える。………宗教部門とは対立ねえよな?」
「文化と密接に関わるので姉の方とはむしろ仲がいいです。妹も姉に関わる部門なので悪くはおもってません」
「ん?そうか、あそこの二つの部門懇ろとかいうレベルじゃねえ。しかも片方サイフ握ってるとか使い放題じゃねえか」
「しかし、若手の育成にお金をかけることは世論は味方しますし必用なだけの予算はきちんと割り振っています。だからやり手なんですよ。不平不満が大きく出ない位で上手くやりくりしてます」
「そして評価の仕事が人事に移ったってことは」
「下手に彼女らの言いなりになればヘイトは私達に向けられますね」
友好的どころか敵対か盾かの2択とかひでえ。人を文字通り「使う」のが上にいる人間なんだな
「よし、流石に目が覚めた。屈したりしねえから安心してくれ、アイリーン」
「期待してますよ?部長」
そうして俺達の初仕事は終わった。