表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

継承

 この物語はフィクションであり、登場する人物は、実際の個人とは何ら関係ありません。

 「今までよく辛抱しましたね。」 弥勒は、里真を前にまずそう云った。里真の3メートルほど斜め後ろには、野菊がいた。しかし、野菊には弥勒の声は聞こえなかった。

 「どうか、野菊を胎内の子と共に人に戻してやれませんか?」 心の声で申し出たつもりであったが、その声は野菊の心にも届いていた。

 「貴方はどうなさいます?」

 「私は、もはや人には戻れぬ身。永きに渡って非道を尽くして来た報いを受けます。野菊と子の幸の為ならば、もはや思い残すことはございませぬ。」

 「ならば、1つだけ方法があります。」

 「如何なる方法でしょうか?」

 「別の妊婦さんの身体に宿るのです。」

 「野菊の心は如何になりますか?」

 「今、その方の命はお腹の子と共に消えかけています。私に出来るのは、その魂を阿弥陀様にお預けすることと、その魂に代わって野菊さんとお子さんにその身体と記憶を継承して頂くことです。ただし、野菊さんの記憶は、封印されます。」

 「それでお願い申し上げます。」 もはや、選択の余地がないことを悟った故の返事だった

 「分かりました。時が迫ってます。一刻の猶予もありません。」

 「ちょっと待って下さい。里真様がいなくなれば、私は生きていけません。」 野菊が叫んだ。

 「私の声が聞こえてしまったのか?」

 「はい、しっかりと。どうして、一緒に生きて行こうと云うてくれへんの?」

 「私は、野菊をさらった鬼なんだよ。」 里真の身体がまだほんの少しではあるが、人から妖魔の姿に戻りつつあった。

 「そんなん、とうに知ってました。」

 「それでも、私を信じてくれたのか?」

 「そやかて、里真様はほんまに私を愛してくれてるやない。見かけがどうなっても、私は里真様を信じます。」 野菊は、妖魔の姿に戻りかけた里真に抱き付いた。里真は、それをしっかり抱き締めて、2人は接吻した。そして、時が止まった。


 里真達が弥勒の前に3度訪れるよりほんの僅かに時を遡って、ここは東京都豊島区のとあるマンションの1室。20代と思われる夫婦がいた。妻の胎内には4カ月になろうかという子供が宿っていた。

 「又昼間からお酒飲んでたの?」 妻は日勤の仕事から帰宅したばかりだ。テーブルにはカップ酒の空き瓶が5つあった。

 「うるさい!俺がいつ酒飲もうが、俺の勝手だろうが。」 ソファに腰かけた夫が妻を睨みつける様に見上げて怒鳴った。

 「仕事はどうしたの?」

 「腹いてえから、けえって来たんだ、悪いか?」

 「お腹痛いの?医者行った?」

 「行かねえよ。家に看護婦いるのに、何で医者行くんだよ。」

 「看護婦は医者とは違うよ。お腹痛いんだったら・・」

 「うっせえなあ。もうとっくに治ったよ。それよりさっさと飯の支度しやがれ。」 そう云って、妻を突き飛ばした。妻は壁に身体を打ち付けた。

 「ちょっと、もうそういう乱暴は止めてよ。お腹に赤ちゃんいるのよ。」

 「知るか。どうせ俺の子じゃねえんだ。」

 「ひどーい、敏則としのりさん、それ承知で結婚してくれたんでしょ。」

 「あー、してやったよ。おめえみたいなあばずれ女、他に誰ももらわねえのに、してやったんだよ。」

 「今更、よくそんな酷いこと云えるね。住むとこないから、一緒に暮らそうって。」

 「だから、家賃半分出してやってるだろが。それより美佳みか、金ねえって云ってるくせに、この高価な腕時計はなんなんだよ。」 スイス製の如何にも高そうな腕時計を突き付けた。

 「入院してた社長さんが、退院の時に、よくしてくれたお礼だからって、断っても押し付けて来たからもらっといたのだって云ったでしょ。」

 「夜はたまに男のところ行きやがって。」

 「夜勤なの。仕事だから仕方ないでしょ。それとも仕事辞めていい?敏則さんが食べさせてくれる?」

 「何だよ、その口の利き方は。馬鹿にしてんのか!」 そう云って又手を出した。いわゆるDVだ。

 「ちょっと、私は当り前のこと云っただけでしょ。」

 「うるさい!何かむかつくんだよお。」 そして、又手を上げる。

 「もう、そんな暴力振るうんだったらお酒止めてって、何度云ったら・・」

 「うるさいって、云ってるだろうが。」 今度は突き飛ばした挙句、壁に当たって倒れた美佳の腹めがけて思い切り蹴った。すると、美佳は急に動かなくなった。

 「お、おい美佳、どうした?おいって、ちょっと蹴っただけだろ。冗談止めろって。おい、おい、返事しろよ。・・・・・まじかよ。死んでやがる。」 敏則は怖くなって、いっぺんに酔いが醒めた様だった。やがて、美佳の遺体を隠すことを考え始めた。このままだと大きくて隠せない。ばらばらに切断してゴミに出そうか?そんな思案を始めていた。

 「あれ、ここは?私の名前は、佐伯さえき美佳。」 弥勒の力添えで、美佳の身体と記憶を引き継いだ野菊が目を覚ました。そこには、もう野菊としての記憶はなかった。勿論、里真のことも。


 再び、京都。3度目を使い果たし、愛する人を託し見送った里真は、目の前の懸念材料を例え1つでも消し去る為に、邪偶の前にいた。

 「青鬼、子持ちのご馳走食って、パワーアップしたのか?」 邪偶には、里真が野菊を食べたりしないことを分かっていた。本当は、青鬼を倒した後、自分が野菊を見つけ出して喰らうつもりだった。何故なら、妖魔の子を宿した女の魂は、邪偶にとって巨大な力となる栄養源だったのだ。里真は、それをも見抜いていて、打ち砕くことに命をかける覚悟だった。

 「お前を倒す。」 一言、宣戦布告して、里真は邪偶に立ち向かった。

 「今の衰弱した貴様なら、俺でも勝てる。貴様を喰らってやる。」 人の姿だった邪偶が、みるみる野獣の姿に変貌した。狼と熊を掛け合わせた様な化け物だ。

 「ぐぅわあぁ!」 無言で敵ともつれ合う野獣の様な戦いが始まった。互いの爪と牙が、身をえぐり合い、噛み付き合い、戦いは激しさを極めた。やがて、青鬼と化した里真の腕はもがれ、両脚は食い千切られ、一方的な劣勢となった。西洋魔と闇の契約を交わして強化して生き延びていた邪偶の前に、全く成すすべない状態だった。邪偶は、止めとばかり、里真の首を嚙み千切ろうと、口を目一杯開けて襲い掛かった。それは目にも止まらないほどの速攻だったが、里真はその瞬間を逆転の機会と狙っていた。邪偶の牙が里真の首を捉えそうになったその刹那、里真は僅かに頭を傾け、青鬼の右の角だけが爆発的に伸びて邪偶の喉から後頭部までを一気に貫いた。そして、その勢いのまま宵闇の京都の空に異空間の穴を開けて、そこに向かって、道ずれに飛び込んだ。果てしない闇の続く深い穴に、2体の妖魔の身体が吸い込まれ、消えて、穴は閉じた。元糺の森を囲む様に張られていた結界は、その時消えてなくなった。



 平成6年〔1994年〕11月14日、美佳は女の子を出産した。赤子は、美野里と命名された。

 そして、更に14年半後、


 修学旅行の中学生達が、人もまばらな社を訪れていた。

 「どうしたの、さえっち?」 鉄柵の向こうにある不思議な3本柱の石の鳥居を前に立ちつくし、柵の中を見ていた美野里に、舞が声をかけた。

 「何でもないよ。」 美野里が笑って答えると、

 「さえっちって、やっぱ、ちょっと不思議ちゃん入ってるよね。」 静流しずるも笑って云った。

 「だよねえ。時々驚かせてくれるしさあ。」 小恋ここも笑っていた。

 「えへへ、そんでも友達でいてくれる、ずるべえもここちも舞ちゃんもだーい好き!」 そう云って美野里は、3人を追いかけ次々にキスした。

 「うわお、やっぱ来たかあ!」 静流は嬉しそうに叫んだ。

 「こらこら、神聖な場所ではしゃぎ過ぎだよ!」 注意する舞も満面の笑みだ。

 「ねえ、ここで記念撮影しよ。」と、小恋は自撮り棒をリュックから取り出して、

 「人来ないうちに、早く映すぞ。」 その号令に4人がさっと集まり、3本鳥居をバックにパチリ!


                                     私を愛した妖魔 完

 永い間お付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。<m(__)m> この物語はこれにて閉じさせて頂きますが、続編の物語❝パワー❞へと繋がって行きます。良かったら、そちらもよろしくお願い申し上げます。<m(__)m>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ