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希望と怨念の妖魔

今回これを執筆するにあたって、歴史を調べたり、出来事の詳細などを目的に検索をしました。又、気象についてはよく過去天気なるものを検索します。

 平安朝初期の貞観17年、西暦で云うと875年に私は生まれた。真の名を秦里真はださとざねといった。ただ、秦一族は渡来人であるせいか、朝廷内には偏見の目で見る者もいて、私はその名をなるべく伏せる様になった。それがよきことだったのか、私は持ち前の知性を生かし、宮中での地位を少しづつ高めつつあった。時を同じくして、宮中に誉れ高き姫の噂があった。仮の名を藤袴姫ふじばかまひめと云い、器量も知性も気品も三拍子揃っているという。私は、何とかして姫にお目通りしたいと考える様になった。そんな折、思いがけない機会に恵まれた。姫の気まぐれなのか、人目を忍んで夜桜を見に出た姫に出くわしたのだ。初めはそれが藤袴姫とは知らず、ただその美しさに見とれてしまった。それに気付いた姫の方から話しかけて来られた。その時は、まだ5けんばかり離れていた。

 「いずこより、来られたのです?」 やんわり問われた。

 「西院より、参りました。」 すると、まなこを丸くされて、

 「もしや、里真様にあらせられますか?」 少し歩み寄りて云われた。

 「何ゆえ、私めをお知りあそばされます?」 そう答えると更に歩み寄りて、1間くらいのところまで近くに来られた。

 「たいそう知恵のある美男のお方が西院にお住まいと、宮中ではもっぱらの噂になっております故。」

 「それは、身に余るお言葉。」 すると、口に手を当ててお笑いになって、

 「これは、奥ゆかしきかな。いずこやへお忍びの道すがらと思いました。」

 「いえ、左様なあてはございませぬ。私がお会いしたいお方は、お目通りもかないませぬ。」

 「それは勿体ないお話し。里真様ほどのお方にお会いせぬ姫などおりますとは、私が代わりにお相手しとうなります。」

 「貴方の様な美しき姫君が、私などと浮名が流れてもよろしいのですか?」

 「何をおっしゃられます。噂に違わぬ誉高きお方ではありませぬか?」

 「これは、益々身に余りますお言葉。」

 「いえ、誠でございますよ。それより、その勿体無い姫は何という名でございますか?」 更に近寄って来られた。

 「それはもうよいではありませんか。そんな会えない姫より、今お会いしてる貴方様の方がよろしゅうございます。」 すると、たいそう機嫌の良さそうな笑みを浮かべながら、もう肌と肌が触れんばかりに詰め寄って来られて、

 「いえ、こうなれば意地でも聞きとうございます。里真様が想い焦がれる姫の名を。」

 「それを聞いて如何になされます?」

 「並んで、いずれが美しいか、里真様に見て頂こうと思います。」

 「仕方ありませんね。その姫の名は、藤袴姫です。」

 「今何とおっしゃいました?」 それはそれは、目を大きく開きながら、飛びかかって来られそうな勢いに、私の胸も小躍りしていた。

 「藤袴姫と申しました。」

 「ああ、これは神仏のお導きに違いありませんわ。」 ついに、私の両の手をご自分の手で被せる様に握って来られた。何という巡り合わせと、私も勇んで、

 「月あかり、浴びて満ち咲く、桜さえ、背の絵となりて、なほ君眩し。」などと詠めば、

 「巡り合ひ、桜の花も、咲き乱れ、寄り添うほどに、照れて染まりし。」と、初顔合わせから何のしがらみもなく、恋仲となり、

 「我屋敷においでなさいませ。」と姫のお誘いのままに、その夜から、毎晩の様に逢瀬を重ねた。姫は、私以外の男子を「知性や品性に欠ける下心の化身。」と曰くほど酷く嫌い、ただ私だけをいつも待ってくれていた。私も又そんな姫を大事に想い、逢えない時には飼っていた伝書鳩を使い、文のやりとりをして、その愛を更に育んだ。


 やがて、表向きにも夫婦になる運びとなり、私達には幸多き行く末が約束されたかに思われた。そんな矢先思わぬ出来事から、それまでの幸が、散り逝く桜の如く落ちて行った。


 時は、宇多天皇に重用されていた菅原道真すがわらみちざね公が、醍醐天皇の即位後、藤原時平の陰謀により、九州の大宰府に左遷された頃であった。藤原氏の血を引いていない宇多天皇が、政治の実権争いに道真公を重用し、上皇になってからも右大臣に任じたが、左大臣の時平がそれを快く思わず、「道真が謀反を企てている。」と進言した。宇多上皇の子であると同時に母方が藤原氏であった醍醐天皇は、父の影響力を排除したく、それを聞き入れ、道真公を都から追放したのだ。

 私はもとより道真公寄りであったのもあるが、私個人へと、藤袴姫との仲を妬む者がそれに乗じ、「里真は道真の隠し子だ。」という噂を広めた。名前が似ていることで、よりまことしやかに囁かれ、それにより私までも、北陸へ左遷され、藤袴姫との縁談も破談となった。

 「都より、落ちる我が身で、ある今も、ただ君の幸、祈る藤袴。」 その想いも空しく、伝書鳩も迷ったのか行方知れずとなり、間もなくして、都より訃報を聞いた。

 「天の川 文さえ流し 伏すならば いつこへ行かむ 君待つ彼方へ」という輪廻の再会を願ったかのような歌を残し、姫は自害したのだ。私からの文が途絶えたことに、望みを絶たれた末の所業だと、私は心を痛め嘆き喚いた。そして、私達を陥れ、幸を奪った者を憎悪した。すると、そんな私に、忍び寄る影が現れた。

 その者は、ある夜の丑三つ時、あばら家に一人幽閉された私の枕元に冷たい息を吹きかけた。夏だというのに、凍てつく様な気配に目を覚ました私に、漆黒の闇より現れしその者は、黒い外套を纏っていた。背丈は人とそれほど変わらない大きさだが、両の眼が閃光の如く光り、大きな耳と角が頭の左右にあり、さながら獣の様でもあった。2本の脚で立つ姿は人に近かった。闇の中なので、色までは分からなかったが、黒い肌をしていた様で、あやかしであることは間違い無さそうだった。私は慌てて起き上がって、相対した。そして、「何者?」と発するよりも早く、

 「我は敵に非ず。そなたに加担しに来た。座るがよい。」 重い声色に、私は応じて布団の上に座し、

 「この怨念に応えてくれると云うのか?」 その問に、魔物は立ったまま、

 「左様、おまえの無念は云わずと知れておるぞ。都の者に敵を討つのじゃ。」

 「その様なことをしたところで、藤袴が返る訳でもなし、何ゆえ私をたぶらかす。」

 「ならば教えてやろう。藤袴は、今より千年のうちに一度生まれ変わるのじゃ。又逢いたくば、我と絆結びて転生するがよい。人魂喰らわば、未来永劫生き永らえるのじゃ。」 藤袴に逢えるのならばと、私は人としての我が身を魔物に託し、妖魔として生まれ変わった。そして、都に向かい恨みをはらした。

 時は謀らずも、大宰府にて不遇の死を遂げた道真公の怨霊説が広まっていた。果たして、都で起こった災いが道真公のそれであるか、我の所業によるものかは人は知らぬ。だが、人々は道真公の祟りを恐れ、やがて道真公の官位や名誉を戻し、京の北野に道真公を祀る社まで建てられた。実のところ、私は、時を同じくして現れた安倍晴明という陰陽師の力により、妖力を封じられていった。死にかけの人の魂を喰らい、ぎりぎり生き永らえるだけの時が続いた。だが、それでも天は私を見放さなかった。天延3年7月1日〔西暦975年8月10日〕に都で起こった皆既日食が、私に絶大の力を与え、清明らの封印を破り、暗躍することが出来た。以後、安倍氏や末裔の土御門氏ら陰陽師との力は拮抗きっこうし、私は彼らの力の及ばないところで闇の力を振るい、人の生魂を喰らい、およそ千年もの間生き永らえながら、藤袴の再来を求め彷徨った。人の首を切り落とし、そこから魂を吸い取る私のおぞましい所業から、人々に❝首切り妖魔の青鬼❞と恐れられた。

 今回もお付き合い頂き、ありがとうございました。<m(__)m> 正直のところ、いにしえの大和言葉に苦労しましたし、果たしてこんな云いまわしであっているのか確信はありません。中国読みと云われる音読みよりは、古来からの訓読みをなるべく用いる様にしたくらいで、おおざっぱです。もし、より正しい云いまわしがあり、それを教えて頂ければ、云いまわしだけ改訂しようかとも思っております。

 追記(平成30年5月22日)ご愛読頂いてます皆さまに、以下の様に一部改訂のお知らせと、今更ながらの勝手致しますお詫びをさせて頂きます。

 藤袴姫の遺書となる「犬猫よ~」の歌を「天の川~」の歌への変更及び、それに伴う歌の説明文の変更を致しました。<m(__)m>

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