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新たな命を宿す

 愛の結晶という言葉があります。それを表現したかったのです。

 里真様と私の不思議な暮らしが始まった。住まいは、かいこノ社と呼ばれる社の元糺の森で、三本鳥居が家の玄関ということになっていた。昼間何処を旅しても、夜には必ずそこへ戻って休んだ。天気の悪い日などは、何処へも行かずに森で1日中過ごしたこともたまにあった。二人で語りあって過ごすこともあれば、「ここにいれば、何があっても無事だ。」と、私を一人置いて里真様が一人で、町に出かけることもあった。目的は、この140年間に何が起こってこうなったのか、いわゆる歴史を調べる為だった様だ。それも、調べていくうちに京や日本だけに収まらず、異国のことも色々に見て回っている様だった。時が経つにつれ、他の地方や異国との関わりも強く深くなって来たからだそうだ。一人で出かけた時には必ず、その日の見聞きしたことを私に聞かせてくれた。その内容から、色々なことを教わったし、同時にそれを調べるのにかなり無理して動き回ったことも分かり、私を待たせることが労りだと知った。又、一人で出かけた時も午の刻の頃には一度戻って来て、必ずおひるは食事の世話をしてくれた。もちろん、共に出かけた時は、野草などの食べられるものを教えながら食べさせてくれた。そうするうちに、私も自分で食べることを憶えて行ったが、

 「野菊様、ヨモギは食用の他、漢方の薬としても用いますので、憶えておかれるとよいと思います。」などと教えて下さったりもした。又、里真様は、決して田畑を荒らすことはしなかった。人からは見えなくて、それでいて物を人の見えないところへ引き込むことが出来るのだから、いくらでも盗むことは出来たはず。なのに、食物を盗むことは決してしなかった。そのことを口にしたら、

 「お百姓さんが汗水流して作った物を盗むのは、人のすることじゃありませんよ。」と当たり前のことを云われた。ただ、この時代の人達は少し贅沢な様で、野菜とかでも、ただ形が悪いというだけで捨てているものがあった。それについては、捨てられたものの中から食べる分だけは頂いた。又、獣を襲って食べることもなかった。殺生せっしょうはしないと決めている様だ。

 食べ物のことと平行して調べたり、学んだ歴史については、日ごとに色々なことが分かる様になった。私がいなくなった後間もなく京の町が戦の舞台になり、やがて敗れた幕府側はまつりごとを投げ出し、日本に新たな政府が生まれ、都は京から江戸に遷され、東京と改名されたこと。京は京都という市になったこと。西洋の文化が一気に入って来て広まったことから、異国との幾つかの戦を経て、この時代に至ったことまで、多くのことを知った。ただ、私が生まれ育った家がその後どうなったかは、私が拒んだことから、一切調べたりも、知ろうともしなかった。もう思い出したくもなかったからだ。それよりも、私には、里真様がいる。それだけでよかった。

 里真様との絆も、季節が移り行くほどに深く固いものになって行き、少しづつではあるが、他人行儀な言葉遣いから、次第に夫婦の様になって行った。夏から秋、秋から冬を迎え年が変わる頃には、すっかり打ち解けていた。呼び名も、私は里真様を様付けて呼ぶ他は考えられなかったが、彼にはお願いして、「野菊」と呼んでもらう様になった。

 「里真様、寒いよお。」 その日は朝から小雪がちらつく寒い日、この時代に来てからは暑さ寒さもあまり感じなくなっていたが、その日は少し寒いと感じていた。

 「食べ物を食べてる甲斐あって、野菊も人らしくなったな。」 いつもなら出かける刻になっていたが、その日は寒がる私を案じて出かけるのは止めにしてくれたみたいだった。今日は暖かくして、ここで共に過ごそう。森の中の人に見つかりにくいところに、2人が入れるだけの穴を掘って、それまで寒さを凌いでいたのだが、その日は落ち葉をいつもよりたくさん盛って、2人で穴の中に潜り込んだ。そこで、里真様は目一杯気を高めて私を温めてくれた。彼の身体は誠に温かく、私は彼に抱かれて、まるで極楽の様だった。

 それから、更に二月ほど後の桜咲き誇るある日、2人で花見に出かけた嵐山あらしやまで、私は自分の身体の異変に気付いた。ぴくぴくと動くお腹を擦っていると、

 「腹が痛いのか?」 案じてそのお腹に手を当ててくれた。

 「分かる?何か動いてるの。」 彼の反応を知りたくて、目を見て云った。すると彼は目を丸くしながら笑顔で、

 「分かるとも。野菊の腹に、わしらの子が宿ってることを。」 今度は顔をそのお腹にくっつけて、その愛しい気持ちを表してくれた。この子は、愛されて生まれて来るのだ。

咲き誇る桜が、私達親子3人を祝ってくれている様であった。

 ご愛読、ありがとうございました。<m(__)m>

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