忌み子
双子の方は、お気を悪くなされないで下さい。これは、大きな誤解で、かつて日本で双子が忌み嫌われていた時代のお話しです。
天保3年2月7日。
平安時代から室町時代にかけて貴族であったらしい、由緒ある商家の次女として、私は生まれた。
父と母が夫婦になって5年目でやっと授かった子の為、私が産声を上げるその時まで、待ちわびられていたらしい。ところが、母の腹の大きさにしては小さく、しわくちゃな猿の様な女児に、家族は落胆したそうな。
更に、私を産み落とした後も産気が収まらない母に、再び部屋から追い出された男衆が2つ目の産声を聞くに至り、家族は悲嘆にくれたそうな。
双子は畜生腹と云われ、その頃たいそう世間体が悪かったらしい。そんで、その矛先は私に向けられた。姉の小菊は愛され、私は忌み子とされた。それを不憫に思った母方の祖父母に預けられ、ほんの幼少の頃を下賀茂の祖父母の元で過ごした。物心ついた私が、しばしの幸せを感じた時期であったが、私が5歳の夏、祖父母が相次いで他界した。時代は大飢饉の最中、農家であった母方の田畑を含めた資産目当てに、私は実家に呼び戻されたらしい。
戸籍というものを知る由もなかったが、世間体として、姉とは年子として扱われた。一応良家の娘として、表向きには大事にされた。しかし、姉の様に愛されることはなかった。特に姉との確執は酷かった。確執と云っても、私の主張は極当たり前のことで、それも控え目なものだった。しかし、それすら姉の機嫌を損ねるらしく、一方的に好き放題云われた。しかも、それで私が庇われることもなかった。姉にしてみれば私は、親の愛を独占するのに邪魔な嫉妬の対象でしかなかったのでしょう。私が生まれてすぐに大飢饉が起こったせいか、他の兄弟姉妹はなかった。突然増えた妹は、降って湧いた目の上のたん瘤で、自分によく似ていることで更に不気味ささえ感じていたらしい。家族にとっても、世間体の煩わしさと、要らぬ口が1つ増えたくらいのものだった様だ。同居する祖父母からも、そんな物だった様に思う。母方の祖父母には可愛がられていたから、その違いに酷く傷ついたものだ。よいことなど何もない、灰色の時の繰り返しだった。いつしか、あらぬ夢ばかりを思い描く様になっていた。
年頃になると、縁談の話があった。姉には跡取り婿をと、親は方々探した様で、いくつか見合いをしたが、どれも上手くいかなかった。家の商いがあまり芳しくないのがいけないと思ったが、私のせいにされた。その私には、商いの助けになる様な縁談ばかりであったが、それも上手くいかなかった。同じ器量のはずなのに、私の器量が悪いからだと云われた。その中で、家の商いの具合が増々悪くなり、家族に不穏な動きを感じた。そして、ある日。
「あんたは、江戸の吉原に売られるのやで。」 些細な口喧嘩の挙句、姉が口を滑らせた。
「何でなん?」
「うちらは、ほんまは双子なんやて。よう似てるしおかしい思てたけど、あんたはほんまに余計やわ。」 私は、病床の母方の祖母と母の話していたのを盗み聞きしていた為、幼い頃から何となく知ってはいたことだが、姉はついこの前まで知らなかったらしい。
「双子やと、売られるの?」 いつになく、姉に詰め寄ってしもた。
「そうかて、同じ顔が家の中にも一人いたら気持ち悪いわ。」 憎々しげに見返された。
「双子やと、そんなにあかんの?」 私も負けんと見返して、睨み合いになった。
「そうや。うちはこの家の正当の娘やけど、あんたはただの疫病神やん。」 そこでもう言い返す意気地がなよなってしもた。ただただ悲しくなって、涙が溢れて止まらん様になった。
「今更泣いても、あんたの運命はもう決まってるんや。もしどうしてもその運命変えたいんやったら、元糺の森でも行って、お祈りして来たらええやん。」
「それて、下賀茂神社の森かな?」 泣きながら聞いてみた。
「さあ、又ちゃうんちゃう?」
「神さんがやはるの?」
「知らんて、どっかの神社の森とちゃうの。」
「その神社て、どこにあるん?」
「そやし、知らんて。自分で探してきいな。」 冷たく突き放されるばかりで終わった。
それからというもの、不安で眠れなくなった。吉原は、江戸にある名の知れた遊郭である。私が吉原に抱いていた印象は、女が男はんの好き放題にされることしかなかった。それも色んな男はんの遊び相手を無理やりやらされると、不安で一杯になった。そんなことになったら、もう私には何の望みもない気がした。姉の言葉が嘘とも思えなかったので、いつ売りに出されるかの不安は積もるばかりであった。そんな眠れぬ時を少し過ごした後に、あの日を迎えたのだ。
嘉永5年11月1日。その日は、奇妙な噂があった。
それは、陰陽師と呼ばれる暦を司る役職の人達より、お月さんがおてんとうさんに重なる日隠れが起こる故、怪しい出来事が起こらない様に気を付ける様、お触れがあったのだ。私は、自らの行く末に望めることがもう何もなかったから、何でも起こればいいと思った。そんな日の午の刻、家族の目を避ける様になっていた私は、いつもの様に1人蔵に籠っていた。何をする訳でもなく、ただぼうっとその静けさの中で、妙な期待をしていた。その時だ。突然私の目の前に鬼が現れた。日隠れが起こると鬼が現れて、人を喰らうという話を聞いたことがあったので、私はその恐ろしさのあまり気を失った。
今回もお付き合い頂き、ありがとうございました。<m(__)m> 尚、2つばかり補足させて頂きます。今は双子の姉妹の場合、先に生まれた方が姉ですが、昔は後に生まれた方が先に胎内に宿ったという解釈らしく姉で、先に生まれた方が妹とされていました。もう1つ、日隠れとは、日食のことです。